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連載小説「オボステルラ」 【第二章】15話「不運の星」1


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第二章の登場人物



不運の星


 ミリアは、リカルドの部屋の隣に泊まることになった。

「ミリア、いいかい? ここのキャスト達は見た目は女性として着飾っているけど、ナイフのように心も女性の人もいれば、女装が好きだけど心は男性という人もいるからね。そして何より、あの子たちに絡まれると、非常にやっかいだ。極力、関わらないようにして。ここに来るお客さんに見られるのも多少さわりがあるから、お店が営業している夜は、できるだけ部屋にいて、内鍵をしっかりかけるんだよ」

 リカルドはミリアにそう、言い聞かせる。あのうるさいキャスト達がこんな可愛らしい令嬢を見つけたら、本当にめんどくさくなるのが目に見えている…。

「僕らが部屋を訪れる際のノックの合図を決めよう。そのときは鍵を開けてね」
「秘密の合図ね」
ミリアは少し楽しそうに部屋に入って、ワクワクと中を見回している。

「少しほこりっぽいけど勘弁してね」
先に中に入って部屋を整えていたナイフとゴナン。窓を開けて風を通す。

「素敵な小部屋ね。お部屋の広さの割に、ベッドがとても大きいわ」
「ええ、ベッドだけは大きいのよ、この部屋は」

理由は話さない。リカルドは部屋の外でクスクスと笑っている。

「お城…、いえ、お家を出てから、初めてのベッドよ。うれしいわ」
「そういえば…」
リカルドは、ミリアのここまでの話を思い出していた。

「巨大鳥に乗っているときは森の中で寝ていたけど、2日前に落とされた、と言っていたね。この街では宿をとってないの?」

「ええ、お金が使えなかったから、しかたなく、お外で寝たわ」

「え!?」

リカルドとナイフが声を上げる。あの金貨を人前に出した後、野宿するとは、よく無事だったものだ…。

「お外って、どこのお外?」

「ええと、寝やすそうな場所を探して少しうろうろしていたら、どこかのお店の裏の、軒が出ている場所が見つかったから、そこで寝たの。屋根があるから落ち着けると思って」

「そうだな、屋根があれば、寝やすいな」

ミリアの供述に、ゴナンが同意する。そういえば彼も、この街に来たときには同じように軒下で野宿をしていた…。

「田舎者と王女様の価値観が妙なところで合ってる……」
ナイフが少し呆れたように呟く。世間知らずとは、怖いものだ。

「金貨はね、この街に両替屋があるから、明日にでもそこに行って細かいお金に換えてもらいなさい。そのときには1枚だけ持っていくのよ。全部持っていってはだめよ」
「1枚で足りるのかしら」
「十分すぎるから!」
アステール金貨は、1枚で大体10万アストほどに交換される。この街で働く人の年収の三分の一くらいの額だ。これでも持ち歩くには十分大金だし、注意深くいなければならない。

「ミリア、今夜はゴナンと一緒に、外にご飯を食べに出かけよう。おいしいお店を知っているんだ。こういう街中の食堂に行くのは、初めてだろう?」

「…ええ!うれしい! ずっと憧れだったわ」

深緑色の瞳を輝かせるミリア。少し部屋で休憩してから行くことにして、一旦それぞれの部屋に分かれた。


 部屋に戻るなり、ふう、とベッドにうつぶせに倒れ込むリカルド。

(…うーん、ついついこちらに引き込んでしまったけど、おそらく、あれは本当に、本物の王女様だぞ、大丈夫か。本当によかったのか…?)

今更ながら、不安にさいなまれるリカルド。
と、その横にゴナンが静かに腰掛けてきた。

「…ゴナン、さっきから、いつにも増してしゃべらないじゃないか? どうかしたの?」

「え、そうかな? いや…」

少し伏し目がちになるゴナン。

「…俺の今までの世界って、すごく狭かったんだなあって、村のこと思い出してた…」

「……帰りたくなった?」

「そんなことない! 帰らないよ!」

そう声を荒げるゴナン。リカルドはゴメンゴメン、と笑った。

「急に王女様とか出てきてびっくりしたのかもしれないけど、まあ流石にそれは僕も驚いたけど、世の中の人はみんな、自分1人が抱えられる世界はそこまで広いものじゃないよ。僕もだし、ミリアもね」

「…ミリアも? 王女様なのに?」

「だって、お城から出られないから外の世界を知らなくて、街に出てきてもお金も使えなくて、軒下に寝泊まりして、街の食堂でご飯食べるのも初めてで、故郷には帰りたくないと大声で叫んで。ゴナンとまるで一緒じゃないか」
そういってクスクス笑う。

「…一緒かな?」

「一緒だよ。少なくとも今の僕らは、彼女に対してそう思ってていいと思うよ。何せ、『実は王女の影武者である普通のミリア』だからね」

「うん」

「それにね、ゴナン。自分1人が抱えられる世界が狭いといっても、それをどれだけ広げられるか、もしくは広げたいかは、自分次第だよ」

そう言って、おっと、とリカルドは自分の口を押さえる。

「つい説教臭くなっちゃうな。これだから学者はよくないね」

「いいよ、分かってる。おじさんって説教臭くなるものだって、アドルフ兄ぃに習ったから…」

「……」
(僕はまだ、29歳なんだけど……)

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 さて、夜。
可愛らしい令嬢と、化粧をしなくなったゴナンに絡もうとするキャスト達を振り切り、3人は食事へと出かけた。ミリアはキョロキョロと街を見回している。


「この時間でも活気があって人通りが多いのね」
「まあ、宿場町でもあるし、飲食店街が遅くまでやっているからね。旅先では羽目を外したくもなるものだしね」

お目当ての食堂までは10分程の距離だ。その手前の宿屋街を歩いていると、ミリアはふと、一軒の宿の前で足を止めた。

「ミリア、どうした?」

ゴナンが気がつき、声をかける。

「いえ、こちら、昨日、お金が使えないって宿泊を断られたお宿なんだけど…」

 何やら中で、店主がワイワイ騒いでいる。少し焦げ臭さもあるようだ。リカルドが中を覗いてみた。

「ご主人、何かあったの?」

「いえね、うちの発光石が一気に壊れちまって、暗い中で調理をしようとしたら火の付け所を間違って、厨房で爆発が起こっちまってね…。けが人はなかったんだかが、真っ暗だしすすくさいしで、とてもお客様を泊められねえ状態になっちまってね。機械士を呼ぶにも、明日にならなきゃ無理だし…。悪いけど今日は泊まれないよ」

「そうか…、それは、大変な時に失礼…」

リカルドは少し考え事をしながら、宿から出てきた。

「何だった? リカルドさん」
「…あ、ああ。何でもないよ、機械の故障だって」

そう言ってチラリとミリアを見る。何か、思うところがある様子だ。

「…ま、気にせず食堂に行こう」


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