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コメントを書くのが苦手なひとへ 『三島由紀夫 レター教室』

紙とペンを取り出して手紙を書く機会の少なくなった今日この頃ですが、誰かのことを想い、言葉を届けるという意味で現代のお手紙に代わる存在が、noteのコメント欄ではないでしょうか。


note記事に対する的確な理解、小気味良い軽快な読み口、ユーモアある返答、そこはかとなく漂ってくる知識と経験、そして相手を思いやる自然な気持ちが伝わってくる、そんな素敵なコメントのやり取りがnoteには多いなと感じます。

記事の内容がさらに深まる新たな視点、鋭い問いかけ、エスプリ溢れる丁々発止のやりとり。記事を読むだけでなく、含蓄豊かなコメント欄でのやり取りを読むと刺激を受けます。また良い塩梅の気遣いを感じるコメントも多く、世の中にはこんなにも思いやりのある、大人の礼節を身につけた人たちがいるのだなあと心温まるのもnoteの楽しみのひとつです。

しかし、そんな素晴らしいコメントのやり取りを見ていると、なかなかコメントを書く勇気が湧きません。見当違いなことを書いてしまわないかとか、感動を伝えるつもりがウッカリ失礼なメッセージや上から目線なコメントになってしまわないかとか、勝手な自分語りになってしまわないかとか、ありきたりな感想しか言えないしなとか、そんなことばっかり浮かんでしまいます。


noteの記事を書くのは自分勝手な独白だからともかく、コメントを書くのはおよび腰。なぜってコメント欄では勝手気ままな独白記事よりも一層、自分がどんな人間であるかがバレてしまうからです。

頭の回転が遅く、機知に欠け、サービス精神が足りていないことが露わになってしまうことを恐れ、またはシャイだからとか、そんな自意識過剰が邪魔をして、記事に心を動かされてもコメントをするのは苦手、スキ!ボタンを押してそっと去っていく。

という人は、きっと私だけではないはず。


そんな人にオススメしたいのがこちら、『三島由紀夫 レター教室』


年齢も性別も趣味嗜好も異なる5人の登場人物が互いに送り合う手紙だけで構成された、三島由紀夫による異色の手紙小説。
一枚の手紙それぞれがひとつの完結した物語として面白く、さらに送り合う手紙が重なり合ってひとつの小説となっていく。どの手紙もユーモアと皮肉に溢れていて、読むものを引き込む手紙の書き方のお手本にもなっているという、ちょっと風変わりで魅力的な一冊です。


三島由紀夫のユーモアが炸裂していて、声を出して笑っていると、本書を買ったその日のうちに読み終えてしまいました。
どの手紙もチャーミングでいてときに知的。こんな手紙のやりとりできるってどの登場人物もすごく魅力的でペン・フレンドになりたくなります。

『金閣寺』みたいな濃密で凝縮された高濃度の小説とは異なり、『レター教室』は洒脱で気楽で肩の力を抜いて読める作品で、だけど核心をついた言葉が出できてふむふむ。こういう、笑いの中にグッと心を掴む部分のある小説って好きです。

当たり前ですがそれぞれの人物の書き分けも、上手い!の一言。
サラリと書かれたように見える物語ですが、女性・男性、若者・中年、どの人物の視点や思考にも、なるほどと思える部分があり、思わずメモしたくなる名言が幾度も出てくるのは、それだけ著者の人間観察力が優れていたということでしょう。

地の文のない手紙だけで構成された小説ですが、手紙の文章からそれぞれの個性が立ち上がり、人物像がはっきりと目に浮かびます。ちょっと誇張したキャラクター達とも言えますが、それは話し言葉とは違う、手紙という文章を綴るときにこそ見え隠れする人間のごくごくプライベートな部分が現れているからなのだと感じました。

特に45歳、英語教師の氷ママ子さんは三島由紀夫が書いているとは想像できない、生き生きとした女性。彼女の手紙を読んでいるうちに、この人、知っている気がするなあと思ったら、段々と桐島洋子さんに見えてきました。自分に自信があり、ちょっとイケズで、でも特段に知性のある魅力的な女性です。

決して手紙を書くための実用的な本ではないですが、テクニックでない普遍的かつ本質的な部分を感じられて勉強になります。
いや、テクニックと言えば、英語で手紙を書くコツを綴った章は笑いあり、かつとても実用的で実践的です。英語で手紙を書くのに困っている方はぜひ。チャーミングな手紙の例文、とっても素敵です。


最後の章は三島由紀夫本人から読者への手紙で締めくくり。
三島由紀夫のところへよく届くタイプのファンレターへの、著者からのツッコミは必読です。鋭くて笑える、だけどこんな手紙、私も書いてしまいそうだとヒヤッとします。


さて、いきいきとした、そしてひとの心を揺さぶるような手紙を書くにはどうしたら良いのでしょうか?

三島由紀夫流、手紙を書く上での第一要件はズバリ、 ”あて名を間違えないこと”。そして一番大切なことは ”相手はまったくこちらに関心がない、という前提で書くこと” 。


なんとも簡潔かつ非常に有用なアドバイスです。手紙を書くときだけでなく、noteにコメントを残すときにも、そして人生においても教訓となる金言ではないでしょうか。

相手は自分にまったく関心がないということを理解してこそ、自分語りに終始しない、相手への関心を込めた言葉を伝えることができるし、だからこそ相手も読んでくれる。相手は自分にまったく関心がないと知っていて初めて思いやりも込められるし、ユーモアも浮かんでくるのでしょう。
とにかく面白いことが書けなくても、この二点さえしっかり身に染みておれば、最低限、礼儀に失しないコメントを書けるのではないか、と思いました。

そしてただ礼儀正しいだけではない、笑いあり含蓄あり、読むひとを楽しませ、心を惹きつけるようなお手紙、もといコメントのやりとりをしたいという方は、ぜひ『三島由紀夫 レター教室』、手に取ってみてくださいませ。

三島由紀夫って張り詰めた知性と美意識の塊というイメージだったけれど、こんなに面白いひとだったんだなあと、人間・三島由紀夫の新たな魅力に出会った気分です。笑いのツボが最高なとても良い本でした。


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