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問いを設定する構想、答えを生むプロセス 【M+香港 ビジュアルアート部門リードキュレーター講演から】

(ご指摘をいただきタイトルを一部修正いたしました。失礼いたしました。)

近年、美術やデザインの力で、東アジア、特に中国、台湾、韓国の存在感を、日本でも強く感じることが増えてきた。10年以上前から、アジア各国に訪れるとビジネスの勢いやサービスを強く感じることは当然だったし、経済/ビジネスメディアを通じてその力を感じることは少なくなかった。しかし、この数年は日本の、それもデザインアワードの展覧会などでも、漢字やハングルを美しく活用したタイポグラフィーに出会ったり、街角で日本以外でアジアの建築家が作った建築を発見するなど、テクノロジーやビジネスとダイレクトに関連しない領域でも、アジアのアートやデザインの面白さを感じることが増えてきた。

それはデザインジャーナリズムを始めとするいわばキュレーションのパワーも同様に盛り上がっているように感じる。ものすごく個人的な例だが、とても小さな、それもポップアップショップのプロジェクトを一応自分のウェブサイトに竣工写真だけを載せていたことがあった。それを香港の編集者が目ざとく見つけ、中国の出版社が出す書籍に掲載したいと言われて慌てて設計意図などをまとめて送った記憶がある。有名デザイナーの仕事ならいざ知らず、月のアクセス数も大したことがないサイトの、解説もないプロジェクトに対してオファーをもらえたのは感動に近い思いがあった。

前置きが長くなったが、表題のM+香港は、そんな東アジアのパワーを感じさせる象徴的な美術館のプロジェクトだ。ビジュアルアート部門のリードキュレーターのポーリン・J・ヤオ氏の講義を聞く機会があったので、そこから見られる中国を中心とした新しい動きをまとめてみたい。
(本講義は東京藝術大学の大学院の特別講義として一般にも開かれたものだった。このような素晴らしい講義が一般でもしかも無料で聴けるというのは本当にありがたい。)

2020年に開館が予定されている M+香港 は、現在最も注目を集める大型プロジェクトである。香港の西九龍文化区にヘルツォーク&ド・ムーロンの設計による6万平米以上の延床面積を持つ巨大美術館をつくる計画であり、1950年以降の美術だけでなく、建築、デザイン、映画、大衆文化などを含む広範な視覚文化を扱うことが特徴とされている。
(講義サイトからの抜粋)

どちらかというと建築プロジェクトとしての話題性が先行するM+香港。しかし、香港の西九龍文化区という、香港政府が大型の投資を行う場所にできること。同時にヨーロッパとアメリカという2つのアートとビジネスの中心に対する、アジアの中心を作ろうとする流れ。視点でみると非常に興味深い。そして、美術館として世界最大級の床面積、収集作品を擁しようとしている中で、「今日的な美術館の役割」を模索しようとしている姿にも刺激を受ける。

このレポートは、ポーリン・J・ヤオ氏の講演から、下記の3つのキーワードを取り出し、その点について触れていきたい。

1、目指す”TRANS NATIONAL”な美術館
2、収蔵品、展示物としての”ビジュアルカルチャー”

3、建築としての特徴、ハードとしての発信機能


1、 目指す TRANS NATIONAL な美術館

↑M+コレクションの出身地

まずとても重要なのは、M+が掲げるキーワード”TRANS NATIONAL”である、連携する同地域の美術館(東京国立近代美術館、ソウルの国立現代美術館、シンガポール国立美術館、台中の国立台湾美術館)と違って、名称に”NATIONAL”と入らないことだ。どこまでピュアな運営ができるかはわからないところだが、香港政府のダイレクトな指示を受けないように資本関係と体制面も通常のそれとは変えているとのことだった。

保持する収蔵品も寄贈されたもの以外では、中国大陸に止まらない多彩な国籍の作家の作品だ。最新のコレクションはデュシャンの貴重なものだそうで、ヤオ氏はこれを手に入れたことをM+は非常に喜んでいると話していた。ここからは想像だが、デュシャンの思想や作品は、様々な作品と合わせることでTRANS NATIONALな価値観や文脈を提示することに非常に有効な作品で、だからこそM+はそれを手に入れる必要があったのではないだろうか。

↑M+のデュシャンコレクション

そのTRANS NATIONALな側面はウェブサイトを見てもよくわかる。http://www.mplusmatters.hk/
サイトデザイン、その展示の内容などは”NATIONAL”を感じさせないし、同時に横断的であろうとしていることがよくわかる。

2、収蔵品、展示物としてのビジュアルカルチャー
展示物をあえてざっくりと「20世紀から21世紀のビジュアルカルチャー」とカテゴライズしていることもM+の興味深い特徴だ。先述のデュシャンのコレクションに関連するアート作品から、近代の墨絵、アラン・チャンがデザインしたCDジャケット、建築、プロダクトデザインなどまでをコレクションにしている。

↑M+コレクションの分類図

先日ニュースなどでも話題になったのだが、倉俣史郎がインテリアデザインを手がけた寿司店を丸ごとM+がコレクションにしたことも触れていた。実際に寿司店のインテリアを再現するらしい。収蔵品として一つの店舗丸ごとのインテリアデザインを収蔵/展示することは非常に象徴的である。つまり何でも収蔵しうるし、そのレベルが集積される全体像はまるで想像がつかないほどだ。

ビジュアルカルチャーという言葉は、ある意味でとても便利な言葉で、見えるもの全てがその対象になるのだろうと想像がつく。同時にそれはとても今日的なそれぞれの横断的なつながりや文脈を構成しやすいコンセプトだ。映画や映像によって空間やインテリアに、ファッションから家具への影響を捉えることができうるフラットな規定だと考えることができる。

3、建築としての特徴、ハードとしての発信機能

実は個人的にはこの部分の話を聞けるのではないかということに惹かれて講演会に足を運んだのだが、そこまで突っ込んだ話は聞くことができなかった。

このWest Kowloon Cultural Districtの公式動画がとてもよくまとまっているし、この講演会で語られたことは、かいつまんだクライアント側の視点、ということくらいのレベルでしかなかったが、建築家の視点とキュレーターの視点が重なることが、ある意味で美術館の本質を突くものなのかもしれない。

ヤオ氏の口から語られた建築としての話は大きくまとめると下記の3点に集約されるように思った。

・コンペ勝利のポイントは、敷地の地下トンネルを使った空間
・ファサードの2つの素材。陶器のタイル、そしてLED
・エントランスは、四方に設置され、多くのレクチャールームやワークショップスペースが存在する

それぞれについて簡単にまとめていきたい。
・コンペ勝利のポイントは、敷地の地下トンネルを使った空間

M+のコンペの振り返りとしてまずあったのは、建築家の提案で美術館側に一番評価され、コンペ勝利のポイントになったのは、敷地の地下を通るトンネルを使った空間であったことだ。

他の建築家との差として説明されたのが、M+敷地の地下を通る空港からの鉄道のトンネルを使って、大きな吹き抜けと、それをトンネルの構造が横断する個性的でダイナミックな巨大な空間が生まれており。実施にあたって建築家と数回のワークショップを行なったそうだが、この空間はどうやら変わらず実現される様子である。


・ファサードの2つの素材陶器のタイル、そしてLEDであること。

ファサードは竹のようなルーバー状の緑のタイルが使われるようである。まるで竹を縦に割ったのような形で、陶器という素材と相まって中国らしさを表現するものとして考えられているようだった。そしてもう一つはLED。湾に面したファサードにLEDが仕込まれ、ファサードで様々な“ビジュアル”を映し出す予定だそうだ。ヤオ氏も映像をファサードに出すこと自体はそこまで新しい仕組みではないものだとわかっていつつ、ビジュアルカルチャーをテーマとした美術館として何を映し出し、何を伝えるかが一番の問題だと考えているそうだ。ビジュアルの使い方、あるいはどんなメッセージを映し出すか、単なるディスプレイ広告になってしまうか、美術館ならではのアプローチが生まれるかは非常に興味深い。

・建築のエントランスは、四方に設置され、多くのレクチャールームやワークショップスペースが存在すること。

個人的にはここがとても面白かった。モデレーターを務められていた住友文彦氏も「美術館で鑑賞する人が作る人にもなりうる点」について質問をされていたが、 M+はレクチャールームやワークショップスペースが、それもエントランス付近に多く設置されるそうだ。それらを活用するプログラムを数多く実施していく予定で、ここが収蔵や展示を中心機能とするこれまでの美術館とどの程度変化していくかが、そのままM+の新しいポテンシャルを示すことになるはずだ。もちろん、他の美術館でもワークショップは開催されているので、まずはそれとは圧倒的に異なる量が既にハードによって規定されている。美術館が展示するものが、作品だけではなく、その共有方法やプロセス自体になるというのはとてもワクワクする。美術館のコア機能の大きな変化を志向していると感じられた。

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ともするとチャイナマネーと連動する巨大な美術館という誤解を招きそうなM+だが、むしろプログラムから未来の美術館を志向しており、人々の巻き込み方、アートの可能性に一つの答えが示されることをとても期待している。オープンする2020年末にどんな答えを出すか、現地で確かめることを心に決めつつ、同時にM+が提示した美術館としての問いに対して自分はどんな答えを出すかは大きなテーマになりうると感じた。


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