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【全文無料公開】 『会社を使い倒せ!』 #4 会社を使って、やりたいことを実現する。

■STAGE2■
会社を使って、やりたいことを実現する。


 大学で建築を学び、僕は縁あって博報堂という広告会社に入社しました。
 クリエイティブなことがしたい、という思いはずっとありましたが、それがどんなものなのか僕自身もわからず、僕のやりたいことは、とてもぼんやりしていました。
 そこから、社外の広告賞に応募したり、コピーライターに転属したり、社外活動でデザインスタジオを立ち上げて作品を発表したり……。たくさんの紆余曲折を経て、ようやく自分のめざすものを見つけたのです。

 「博報堂でモノづくりをする」

 これが僕のやりたいことでした。
 ただ、言うまでもありませんが、博報堂はモノづくりの会社ではなく、広告会社です。やりたいです、と言って、すんなり受け入れられるものではありません。

 しかし、最終的に「monom」(モノム)というチームが生まれ、僕は博報堂でモノづくりをすることを実現させることになります。
 そして、実際に商品を「発売元:(株)博報堂」として世に送り出すこともできました。

 普通に考えたらありえない、広告会社がモノづくりをするという試みが、どうして実現できたのか。
 ポイントは大きく3つあると思っています。

  〇 会社に徹底的に向き合う。
  〇 リスクをとる覚悟を決める。
  〇 世の中を味方につける。

では、僕がどのようにして、自分のやりたいことを会社のなかで実現させていったのか、紹介していきたいと思います。


第4章
なぜ広告会社がモノづくりをするのか。


半歩先の、未来の風景をつくる。

 会社でやりたいことを実現するために、僕が何をしたのか。
 それを具体的にお話しする前に、ここで、僕が現在プロジェクトリーダーを務めているプロダクト・イノベーション・チーム「monom」(モノム)について、説明したいと思います。

 広告会社の博報堂がモノづくりをする。それを担うのがmonomです。
 モノづくりをしたいといっても、どんなものでもいいわけではない、と僕は考えていました。
 モノづくりをしている会社は、世の中にたくさんあります。他の会社と、同じようなものをつくっても仕方がありません。
 では、どんなものをつくるべきなのか。

 そのひとつのキーワードとして掲げたのが、「半歩先の、未来の風景をつくる」でした。「一歩先」ではなく「半歩先」というのがポイントです。
 例えば、漫画家の手塚治虫さんが『鉄腕アトム』で、藤子・F・不二雄さんが『ドラえもん』で描いたような未来は、一足飛びにやってくるわけではありません。
 一歩ずつ一歩ずつ、それこそ何歩も歩みを重ねながら、少しずつ近づいていくものだと僕は思っています。
 しかし、その一歩すら簡単じゃない。
 だから、最先端の領域で研究をしたり、新しい技術開発をしたりと、その「一歩」にしのぎを削っているモノづくりの会社がたくさんあります。
 ですが、僕たちはモノづくりの会社ではなく、広告会社なので、そうした新しい技術を生み出すノウハウもリソースもありません。
 そこで決めたのが、「一歩先」ではなく「半歩先」という考え方でした。
 「半歩先」というのは、簡単に言うと、まだ世にない技術や普及していない技術は使わないという意思表示です。
 一方で、世の中には、まだ誰も気づいていないアイデアの種がたくさん眠っています。日々、広告の仕事をするなかでそう感じていた僕は、そうしたアイデアの種と、すでに一般化している技術を掛け合わせて、まだ世にない新しい機能や体験を生み出せるのではないかと考えました。
 ただ、いくら一般に普及している技術を使っていたとしても、人はまったく新しい機能や体験を受け入れるのには時間がかかるものです。新しいもの好きの人であれば飛びつくかもしれませんが、世の中の大半の人はそうではありません。機能や体験が新しすぎると簡単には受け入れられない。そこで、新しすぎる「一歩先」のアイデアではなく、新しいけど受け入れやすい「半歩先」のアイデアを提示することが重要だと考えたのです。

 ボタン型スピーカー「Pechat」(ペチャット)が、まさにそのひとつでした。
 のちほど詳しく書きますが、monomでは、いくつかのチームで、それぞれに商品を生み出していく仕組みにしています。
 そのひとつのチームに、子育て中の人がいて、「親子」というテーマが出てきました。
 折しも、僕も母の故郷の徳島で、姪と遊ぶ機会がありました。
 当時、3歳。それまでに何度か会っていて仲良く遊んでいたのですが、久しぶりに会ったら、まったく目を合わせてくれません。そればかりか、僕の顔を見て泣き出してしまったのです。
 そのとき、ふと目に入ったのが、そばにあったぬいぐるみでした。そのぬいぐるみを通して姪に話しかけたら、次第に打ち解けて笑顔を見せてくれたのです。
 その瞬間、「Pechat」のアイデアが降ってきました。
 子どもはぬいぐるみが大好きです。そして、ぬいぐるみを使って大人が子どもをあやしたり、子どもがごっこ遊びをしたりという風景は昔から変わらずあります。この風景を「半歩先」に進められないかと考えたのです。
 すでに世の中には「しゃべるぬいぐるみ」はたくさん販売されています。でも、普通のぬいぐるみが、ある日突然しゃべりだしたらどうだろうか。
 自分がずっと大切にしていたぬいぐるみとおしゃべりができたら、子どもには夢のような体験になる。しゃべるぬいぐるみと遊ぶのと、お気に入りのぬいぐるみがしゃべりだすのとでは、意味がまったく違う。

 こうして「Pechat」のコンセプトが生まれたのでした。
 思いついたのが、2016年1月のことです。
 3月にアメリカのイベントで発表して大きな反響を得たのち、その年の12月に発売となりました。「発売元:(株)博報堂」と銘打たれた、初めてのデジタル製品です。
 これが大きな話題になり、テレビやインターネットなど、たくさんのメディアで紹介されました。
 日経新聞では、2分の1ページものスペースで紹介され、会社の広報室から驚かれました。広告会社であり、本来、黒子であるはずの博報堂の取り組みが、そんなふうに新聞に大きく取り上げられることなど、なかなかなかったからです。

「Pechat」(2016)
博報堂初のデジタル製品「Pechat」。専用のスマホアプリと連動することで、ぬいぐるみを通しておしゃべりができるボタン型のスピーカー。

新しい視点を見つける。

 monomの考え方をもうひとつ、先に紹介させてください。
 それは、「新しい視点を見つける」ということです。
 その具体例として、現在開発を推し進めている「ELI」(エリ)についてお話しします。
 名前はEnglish Learning Intelligenceの略で、かたちとしては、USBメモリくらいのサイズのICレコーダーのようなものを思い浮かべていただけたらと思います。本体にはクリップがついていて、シャツの襟元に留めることができます。
 「ELI」にはマイクが内蔵されていて、日常生活で自分が話した内容が録音されていきます。その録音データを専用のスマホアプリと連動させて、英会話学習に活かします。
 簡単に言えば、自分が日常的にしゃべっている内容に合わせて、最適な英会話レッスンを自動生成してくれる英会話学習デバイスです。
 これは、あるmonomのメンバーが常々思っていた英語学習における疑問から生まれました。
 よくある英語教材では、「ケンがレストランに行った」とか「メアリーがペンを買った」といった例文が使われますが、これに違和感を覚える、と言うのです。こうしたいわゆる教科書的な例文は、実際の生活ではそのまま使うことはないんじゃないかと。
 そこで、自分が日常的にしゃべっているような内容で学ぶことができれば、より効率的だし、もっと英語を学ぶモチベーションにつながるのではないか、と考えました。
 実際、英語学習の大きな課題として、モチベーションの継続と、効率性が挙げられます。このふたつの課題を解決する方法を提示できるのではないか。それが、「ELI」開発のスタートラインでした。
 そもそものきっかけは、グーグルが主催するアイデアコンペでした。
 Androidのスマホ端末と連携した新しい商品やイノベーションのアイデアを考えるというもので、このアイデアコンペに応募しないか、というお誘いがあったのです。
 要するに、グーグルの持っている技術を使って新しいハードウェアのアイデアをつくる、ということ。グーグルにはいろんな技術がありますが、そのなかの音声認識と翻訳機能を使って、この「ELI」のアイデアを出したところ、グランプリを取ることができました。
 現在は、英語の教材をつくっている会社と組んで、商品化に向けて開発を進めているところです。

 このように、monomでアイデアを考えるときには、まだ誰も気づいていないけれど、誰もが共感できる「新しい視点」を大事にしています。
 「ELI」で言えば、英会話を学ぶ人のゴールは、受験のときのような正しい英語を身につけることではなく、自分が伝えたいことを英語で伝えられるようになること。そして、本当に必要なのは、教科書に載っているケンやメアリーの会話例ではなく、自分がいつも日本語で話している内容から英語を学ぶことだという視点です。

 このような「新しい視点」を持って「半歩先の、未来の風景をつくる」のが、僕たちのプロジェクト「monom」です。
 このプロジェクトを、いかにして立ち上げ、どうやって進めていったのかを、これからお話ししていきたいと思います。

「ELI」(2018年現在、商品化に向けて開発中)
洋服の襟につける小型マイクデバイス。専用のスマホアプリと連動して、ユーザーが日常で話す内容を記録・解析し、最適な英会話レッスンを生成する。

人と話すことで、思考は深まる。

 僕がYOYで得たプロダクトデザインの職能と博報堂で得たコピーライティングやマーケティングなどの職能を掛け合わせて、博報堂でモノづくりをする。
 このアイデアが浮かんだ後、僕が真っ先にしたのは、とにかく人に会いに行くことでした。いろんな人に会いました。
 社内で面白い仕事をしていると僕が感じていた人はもちろん、博報堂をすでに辞めた先輩、同世代で起業をしている友人……。
 彼らに「こんなことをしたいと思っているんです」と伝えて、フィードバックをもらいながら、僕は自分のなかの思いを固めていきました。
 実際、自分一人でパソコンに向かって考えていると、視野が狭くなったり、行き詰まったりするものです。だから、人と話すことに意味がある。話すことで、思考はどんどん深まっていきます。

 ここで活きたのが、普段から人とのつながりを大切にしてきたことです。
 それは、もしかしたらドイツ時代に、コミュニケーションがとれなくて孤独を感じた経験の反動だったのかもしれません。
 僕は特に社交的なわけではありませんが、会社の同期に「いろんな人たちが来るけど」などと誘われたりすると、できるだけ行くようにしていました。
 社外の人でも、そんなふうにして何度か会う機会があったりすると、お互いを覚えていたりするものです。
 また、社内では、昔から「社内パトロール」をするクセがありました。
 僕は自分のデスクに座って仕事をする、というのができないタイプなのです。打ち合わせはできるのですが、何かの作業を会社のデスクでするのがとても苦手でした。
 それこそ企画などは、電車のなかで考えたりすることもよくあります。企画書をまとめる作業も、会社のデスクに座って行うのがとても苦手で、空いている会議室を使ったり、社内のフリースペースでやったりしていました。
 デスクに座ってやるのは、経費精算くらいかもしれません。どうにも、落ち着かないのです。
 そして時間ができると、よく社内をうろうろしていました。とにかく、いろんな人としゃべる。コピーライターやデザイナーなどのクリエイティブ職は、ある程度フロアにまとまっているので、ふらふらと話しかけに行くのです。
 決めていたのは、1日に1回、誰でもいいので、まったく関係のない人と話す、ということでした。幸いにも社内には、面白いな、と思える人がたくさんいました。何かのアワードを受賞した人がいたりすると、声をかけたりする。
 そんなふうにして、社内の面白い人たちとも、つながりができるようになっていきました。
 ですから、monomを立ち上げることを思いついたとき、社内も社外も、博報堂のOBにもどんどん会いに行って、話を聞きました。

 いろんな声がありました。
 「そんなことを考えているんだ、面白いね」とすぐに応援してくれた人もいます。
 一方で、「モノづくりをビジネスにするのは難しいんじゃないの。甘くないよ」と言ってくれた人もいます。
 コンサルティング会社に勤めていた友人からは、「数字をちゃんと見られるの?」という鋭い指摘ももらいました。
 「面白いね、たしかにいいんじゃない」という声も少なくなかったのですが、多かったのは、「それで何をつくるの?」という声でした。
 それから、「YOYでやればいいんじゃない」「どうして、会社を辞めてYOYをやらないの?」という声もありました。
 このとき、他の人からすると、博報堂でモノづくりをするということとYOYでやっていることが、同じように見えるのかもしれない、と気がつきました。
 僕のなかではふたつはまったく違うものでした。
YOYはあくまで内発的な表現活動です。一方、博報堂では、もっと世の中に向き合った新しい機能や体験を生み出すモノづくりがしたいと考えていました。
また、YOYは利益追求を目的としておらず、自分たちのペースで作品を生み出していくというスタイルだったのもあり、博報堂のビジネスにするという考えはまったくありませんでした。
 こうして、会社に話すときに何を語らないといけないか、何に注意しないといけないのかが、だんだんと整理されていったのです。
4月にミラノから帰国して、5月はまだ仕事に余裕がありました。その時間を使い、1日に何人にも会いにいき、短期間で20~30人には話を聞いたと思います。そして、自分の考えを資料にまとめていく作業を何週にもわたって行っていきました。
 資料ができると、また人に会って、それを見せてぶつけていく。意見をもらって、こうじゃない、ああじゃない、とディスカッションしていく。そうやって、方向性を少しずつ、はっきりと定めていきました。

会社に徹底的に向き合う。

 考えを整理しながら資料をまとめるとき、僕が常に意識していたのは、なぜ博報堂がモノづくりをするのか、という問いに答えることでした。
 自分がやりたいことを会社のなかでやるためには、会社がなぜそれをやるべきなのか、徹底的に会社のメリットについて考える必要があると感じていたからです。

 すると、ちょうど博報堂でモノづくりをするというアイデアを思いついたその春に、博報堂と博報堂DYメディアパートナーズが中長期ビジョンを発表しました。
 それは「未来を発明する会社へ。 Inventing the future with sei-katsu-sha」というものでした。「生活者とともに未来をつくる」存在になるという意思表示なのですが、「発明」という言葉を使っていたのが印象的でした。
 これは、僕がやりたいと思っている「博報堂でモノづくりをする」ということを後押ししてくれるビジョンなのではないか、と感じました。
 さらに、会社の方針に関していうと、博報堂は「世界一級のマーケティング・カンパニー」をめざすと謳っています。
 マーケティングというと、4Pという言葉が有名です。つまり、PRICE(価格)、PLACE(流通)、PROMOTION(プロモーション)、そしてPRODUCT(製品)。
しかし、マーケティングを語る割には、博報堂が実際にやっているのはほとんどがプロモーションじゃないか。そう常々感じていたこともあり、この「世界一級のマーケティング・カンパニー」という言い方には妙なひっかかりを覚えていました。
 とはいえ、博報堂も昔からクライアントの商品開発のサポートをやっています。ただ、それは主に企画やコンセプトづくりが中心で、実際の開発やそれ以後の商品化、事業化については、クライアントにお任せになっていたのです。
 「世界一級のマーケティング・カンパニー」というからには、モノづくり全体にコミットするべきなのではないか?
 これまでは、そこはブラックボックスでした。博報堂はあくまで広告会社だから、とタッチしてこなかったところだったのです。
 しかし、本当は広告会社だからできるモノづくりというものがあるのではないか、ということを会社に伝えていくべきだと思いました。
 例えば、アップルのiPodが世の中に出てきたとき、あの白いイヤホンが印象に残っている人は多いと思います。
 それまではイヤホンといえば、黒でした。iPodという新しい存在が出てきたときに、白いイヤホンがその象徴となり、それ自体が象徴として広告塔になっていったのです。
 これは言ってみれば、「プロダクトと広告の間」の仕事だと僕は捉えていました。
 ちょうどその頃は、3Dプリンターが一般に普及し、誰でもモノづくりができる時代がくると言われはじめたタイミングで、世界中でハードウェアのスタートアップが生まれはじめたタイミングでもありました。企画と資金さえあれば、モノをつくることはいくらでもできる時代なのだと感じていました。
 だから、メーカーとは異なるアプローチでプロダクトをつくり、さらには、つくるだけではなく、売って、成長させていく事業全体にコミットする。そこまで含めてやるのが、本当のマーケティングなのではないか、と僕は考えたのでした。

 最終的には、博報堂がクライアントと一緒に、プロダクトを起点とした事業を生みだしていく、そんなことを目標に考えました。そして、博報堂が持っているクリエイティビティを活用して、広告とは違う稼ぎ方ができれば、博報堂という会社はもっと面白くなるはずだ、と。
 モノづくりは古い産業なのかもしれませんが、今はIoTのように、車や家電、家などすべてのものがインターネットにつながり、AIなどと組み合わせることで、新しい価値が生まれようとしています。
 かつて、インターネットが普及し、IT産業が一気に花開いたとき、広告会社は出遅れました。インターネット広告の分野で、既存の広告会社は先人にはなれなかったのです。ならば、そのときの反省を活かして、この変化のタイミングに、博報堂として何ができるか、チャレンジすべきなのではないか。そんなふうに、博報堂がモノづくりをする意義を見出していきました。

会社の武器を活かす。

 「博報堂でモノづくりをする」という僕がやりたいことと会社のビジョンに接点があると実感し、また、世の中の流れも新しいモノづくりに向かっていると感じていた僕は、次に、モノづくりをするにあたっての博報堂の強みは何なのか、ということを考えはじめました。

 まず考えたのが、広告をつくるときに何をしているか、ということでした。
 それは、簡単に言うと、クライアントの商品がある生活シーンを描いて、生活者に伝え、共感してもらって、買ってもらう、ということです。
 それが1行の言葉なのか、15秒のCMなのか、ポスターなのか、ウェブなのか、という違いはありますが、要はその商品やサービスの価値を生活者にいかに感じさせるか、ということです。
 例えば、「これを使うと美人になりますよ」という伝え方もあれば、「これを使うとモテますよ」という伝え方もあり、いろんな伝え方があります。そのなかから、ターゲットとなる生活者にいちばん共感してもらえるものを見つけることが重要なのです。
 このように、広告会社の人間は、生活者にいかに共感してもらうかを常に考え、それを広告というかたちでアウトプットし続けています。
 強い共感をつくるためには「新しい視点」の発見が重要です。あたりまえのことや、よく言われていることを言っても強い共感は生まれません。
英会話学習デバイス「ELI」で紹介したように、まだ顕在化していない「新しい視点」を見つけて、強い共感を生みだしていく。これこそ博報堂のモノづくりにおいて武器になると考えました。

 そして、次に強みになると思ったのは、未来の風景を具体化する力です。
 博報堂には、未来がどうなるかを予測するためのたくさんのデータがあります。また、さまざまなクライアントと一緒に、未来を考えるワークショップや未来に向けたビジョンづくりをすることも多くあります。
 未来を描き、そしてその未来の風景をコピーライティングで言語化したり、一枚絵や映像でビジュアル化したりする。この能力は、もうひとつの武器になると思いました。
 ただ、博報堂はテクノロジーを得意とする企業ではありません。だから、まだ世にない技術や普及していない技術を使うのではなく、すでに一般化している技術を使ってモノづくりをするというのが近道だと考えました。
 つまり、遠い先の未来だけではなく、いま実現可能な半歩先の未来を描くことが重要だと考えたのです。

 先に少し紹介した、ぬいぐるみをおしゃべりにするボタン型スピーカー「Pechat」にしても、僕のなかでは、「ドラえもんをつくる」くらいのイメージを持っていました。
 もちろん、ドラえもんは今すぐにはできません。もっともっと先の未来にあります。
 でも、僕たちはドラえもんはつくれないけれど、「Pechat」はつくれる。
 それは、2112年に本当にドラえもんが実現するとしたら、今自分たちに何ができるか、を考えることなのかもしれません。
 ぬいぐるみがしゃべる、という「Pechat」の機能が、遠い未来に実現するドラえもんにつながっていく、ということは十分あり得ることだと思うのです。
 こうして、「半歩先の、未来の風景をつくる」というキーワードが生まれました。その半歩先は、一歩先、そしてその先の未来につながっています。
 会社で自分のやりたいことを実現するために、会社の武器をどう活かすか。それを考えることが、結果的にプロジェクトのめざす方向につながっていったのです。

前例がないから、可能性がある。

 それでもなお、何もわざわざ広告会社でやる必要はないじゃないか、という声もありました。特に上層部のおじさんたちからです。そもそも広告会社がモノづくりをするなどという前例がなかった。
 でも、前例がないことのほうが、僕にとってはとても魅力的でした。
 例えば、賞をとって、大きな仕事をして実績をつくって独立するというのは、たくさん前例があった。天の邪鬼な性格もあってか、僕は独立するというのが「普通すぎる」ことだと感じていました。だからこそ、何か違う道はないか、と考えたのです。
 
 前例があるということは、すでにある道を行くということです。
 先に同じ道を進んでいる人がたくさんいるわけで、後から追いかけることになる。それは本当に魅力的なことなのか。
 それなら、まだ誰もやっていないことをやる。
 まだ世の中にないポジションをつくる。
 会社に残って、会社の資産と、会社がやってこなかったモノづくりを掛け合わせるというチャレンジのほうが、自分にとってはワクワクするし、会社にとっても、広告業界にとっても、モノづくり業界にとっても、世の中にとっても、面白いことが起こる気がした。何か新しいものが生まれるのではないか、と思ったのです。

 何か目標を持ったとき、すでに同じ道を行っている人や、ロールモデルとなる人がいれば、それを指針にできます。
 でも僕の場合、ロールモデルはいませんでした。
 だから、自分で切り開くしかない、そう思いました。
 誰かの真似をするのではなく、先人になる。
 そのために、自分がやりたいことをやれる環境を整えていけばいいのだ、と。
 会社も同じではないでしょうか? 他の会社の後を追うのではなく、新しい領域を切り開くほうが面白いし、リターンも大きい。
 もちろんリスクも大きいですが、可能性があるのにリスクを恐れてやらないのがいちばんつまらないし、それこそがリスクです。
 前例がないからこそ、人と違うからこそ面白いことができる。そんなふうに僕は考えたのでした。


第5章につづく

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