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人国記


NHKの「100分で名著」で、司馬遼太郎『覇王の家』を、作家の阿部龍之介さんが解説していた。

『覇王の家』とは、徳川家康のことを書いた小説だが、その中で阿部さんは、「司馬さんは三河人の家康のキャラクターを描く部分で、『人国記』を引用しているんですね」と言っていた。

そんなおもしろそうな本があったのか! と思い、早速検索。

『人国記』とは、室町時代から江戸時代の初め頃に書かれたという作家不明の書物で、各地の人々のお国柄(人々の性格・気質)をまとめたもの。
一応、鎌倉幕府5代執権・北条時頼(ほうじょう ときより)が、出家後に全国を漫遊してまとめたもの、といわれているが、真偽の程は定かではない。(そもそも鎌倉時代の人が書いたものが、なぜ室町から戦国時代に成立したとされているのか?)

さっそく現物を読んでみたいと思ったが、古書は全国の何箇所かの図書館にあったが、家の近くの図書館には無いようだった。

また1980年代に『人国記・新人国記』として、岩波文庫からも出版されていたことがわかったが、手に入れたくてもどこも在庫切れ…。

いうことで、岐阜県図書館のデジタルアーカイブと、歴史ポータルサイトの『Japaaan』さまの記事を元に、ご紹介させて頂く。




青森県・岩手県・宮城県・福島県(陸奥国)

陸奥は日本のドン詰まりだから、人々も気詰まりで重苦しいというか、まるで岩の絶壁と話しているような気分になる。話をしていても理解力が乏しいのか頑固なのか、喩えるならゴミが溜まった小川のようにもどかしい。
54郡あり、文化や習慣は大きく2~3系統に分けられるが、だいたい同じなので気にしなくてもいい。
人々の振る舞いや言葉遣いは野卑だが、勇敢さにかけては日本中のどこにも劣らないだろう。
女性は色白で髪も長く、美しいが、その仕草や言葉遣いは取り立てて褒めるほどでもなく、むしろ下品である。
この国における上臈(じょうろう・身分の高い女性)は、上方(京都付近)の下臈(げろう・身分の低い女性)にも及ばないが、心根は優しく気立てもよいので、上方の男よりははるかにマシである。
総じて思慮分別に欠ける粗忽者が多く、1000に900人くらいはそのような感じである。

秋田県・山形県(出羽国)

だいたい陸奥国と変わりがないが、陸奥よりは可愛げがあり、知恵も働く。武士は主君や親に対する真心があり、上は下をいたわり、下は上を敬うことをわきまえている。
庶民は地頭に従順で、安心して統治できる。というのも、出羽国の者たちは自分たちが恥ずかしい田舎者だと理解し、身の程をわきまえているからである。そんな心映えが顔や体つきに表れているため、四民(士農工商)ともに好感が持てる。

群馬県(上野国)

碓氷、吾妻、利根の人は信州(長野県)人に似ている。勢田、佐波、新田、片岡の四郡は信州以上である。しかしここ一番では信州よりも臆病である。
例えば信州人なら戦に負けてもいじけるような事はなく、次こそ勝とうと頑張るが、上野国の人々は2、3度負けると屁理屈をこねて戦うのをやめてしまう。
邑楽、群馬、甘楽、多胡、緑野、那波、山田などの人々はとかく流されやすく、一人が奮い立てば皆で気勢を上げるが、一人が怖気づくとみんな逃げ出してしまう。気分がコロコロと変わり過ぎるのは、どうにかならないのだろうか。

栃木県(下野国)

下野の人たちは清濁併せ吞んでいるつもりで、濁に呑まれてしまったのか、傍若無人な性格をしている。普段から辻斬りや強盗をはたらいてもそれを恥じることもない。強欲で冷たく、過ちを認めず、直そうとしない。
しかし勇敢さにかけては、上方の五ヶ国、七ヶ国を合わせたよりも優れている。
恥を知らず、道理を知らないために不法行為が多く、特に芳賀、寒川、塩屋、那須、真壁の連中はひどすぎる。

茨城県(常陸国)

盗賊が多く、夜討ち押込み(強盗)辻斬りを好み、罪を咎められてもそれを恥とも思わない。どれだけ図太い神経で生まれてきたのだろうか。
武士もだいたいそのような感じで、道理を知っていても自制がきかないため、我欲を押し通すための方便に使うばかりである。
まったくロクな人間がいないが、仲間を裏切るような卑怯者は1000人に1人もいない。

東京都・埼玉県(武蔵国)

武蔵国の人々はとても明るく朗らかで、例えば大事にしている皿を誰かが割っても、怒るどころかその人に怪我がないか、いたわる程である。
サッパリした気風で、たとえ戦に敗れても次の勝利を目指して前向きに臨み、また勝っても驕らず、目先のことに一喜一憂しない余裕を持っている。ただし、その大らかさが時として傲慢に見えることもある。

千葉県(安房国・上総国・下総国)

【安房国】
安房の人々はナイフのように尖った性格で人と仲良くせず、立ち居振る舞いも武骨で垢抜けない。男女共に死を恐れない勇敢さを持つが、思い込みが激しく、無鉄砲に突っ走りがちである。
しかし言葉は卑しいが真正直なところもあり、武士としては上等の素質を持ち、庶民たちも武士に劣らぬ資質を備えている。善悪はともかく、一度こうと決めたら最後までやり遂げる意志の強さを持っている。

【上総国】
この国の人々はだいたい安房国と違いがないが、安房国より偏屈である。
庶民はいつも夜討ちや山賊稼業で生活して行こうと考えており、まっとうに働こうと考える者は百人に十人もいない。
武勇においては関東随一を誇るが、すぐカッとして実力行使に突っ走るので危なっかしい。

【下総国】
上総国と同じだが、結城郡の人々はこの国には珍しく律儀な性格である。

神奈川県(相模国)

この国の人々は伊豆国(静岡県伊豆半島)と似ているが、とにかく節操のないことで有名である。
羽振りのいい人に媚びへつらったかと思えば、永年の親交を結んだ人であっても、時を得ずに蟄居でも命じられようものなら、たちまち疎遠になってしまう。
権力者の顔色をうかがい、その嫌う者にはあることないこと誹謗中傷する一方で、権力者のお気に入りであれば全力で媚びへつらう。
いつも派手好きでグルメ志向、酒と女に溺れること十中八九、悪知恵ばかり働き、道義を知っていながらあえてこれを冒涜する、実にろくでもない連中である。

山梨県(甲斐国)

この国の人々は気性が荒く頑固で、傍若無人に振る舞う者が多い。
そのため、為政者は庶民を苦しめ、庶民は為政者をバカにし、それに怒った為政者は、重箱の隅をつつくように弾圧を強化する。この為政者にして、この庶民ありである。
しかし剛勇で死を恐れず、戦において親が討たれれば、子はその屍を乗り越えて死ぬまで戦い、子が討たれれば親もまた同様に戦う。
威厳と公正さを備えた人物が統治すれば、もしかしたら連中の野蛮さも改まるかも知れない。

長野県(信濃国)

信濃人の武士道精神(武士の風)は天下一である。百姓や町人も義理堅く勇敢で、100人いれば90人は律儀である。
冗談でも泣き言を口にはせず、臆病者は誰からも相手にされなくなるほどで、誰もが知恵と才能にあふれている。
しかし田舎のため、頑固で偏屈なこともある。

新潟県(越後国・佐渡国)

【越後国】
この国の人々はとかく負けず嫌いで、痛くても「かゆい」と強がるほどであるが、幼少の頃から、そうした教育が行き過ぎていて、謙虚さを失っている。
道理をわきまえる分別さえ備われば、偉人を輩出できるだろうに残念だ。

【佐渡国】
この国の人々は越後国に似てのびやかさに欠け、意地っ張りで愚かである。

富山県(越中国)

性格が暗いが、知恵と勇気は備えている。
非常に疑り深い性格で、たとえ親子の間柄でも約束ごとは口先でなく、きちんと証拠を残すほどである。
いざとなれば死をも恐れないのは、けわしい勇気ゆえである。

石川県(加賀国・能登国)

【加賀国】
身分の上下を問わず陰険だが、江沼郡は特にひどい。その一方で、石川と川北の二郡はちょっと違い、のびのびしている。
武士たちの気性は軟弱で武道を軽んじ、畳の上の詞儀(おべっか使い)で出世しようと目論む者が多く、具体的には100人いれば50人がそのような感じである。
まして他国に攻め込むなどは盗賊まがいの所業と見下し、諸国を知らぬくせに我が国こそ一番と思い込んでいる、浅猿(あさま)しい連中である。

【能登国】
この国の人々は特に視野が狭く、ちょっと他国へ行くのも命がけとばかりに恐れて引きこもっているが、武士としての心構えは出来たもので、他国へ出るほど意欲のある者は、概して優秀である。
しかし、偏屈で頑固で道理を知らず、傲慢である。

岐阜県(美濃国・飛騨国)

【美濃国】
人々は水晶のようにきれいな心を持っている。しかし磨かなければ光り輝くことはない。
西美濃の人々は柔和で言葉遣いも洗練されている一方、東美濃は木地のように粗削りである。
日本の中でもトップ5に入るのではないかと思うほど、素晴らしいが、いかんせん純粋すぎて不調法なこともしばしばである。
何でもかんでも真っすぐならいいってものではなく、人間の手足も適切に曲がるからこそ、役に立つという道理を知るべきだ。

【飛騨国】
律儀だけど愚鈍で、井の中の蛙なのは、山深い田舎者だからだろう。
性格は石や鉄のように武骨。

静岡県(遠江国・駿河国)

【遠江国】
勇敢で、ここ一番という時は打算ぬきで命を懸けられる人々である。
隣の三河人と違って他力本願なところはあるが、節操なくコロコロ寝返ったりはしない。
智恵と機転を備えた性格のよさは、東へ行くほど強まる傾向が見られる。

【駿河国】
遠江とは打って変わって心が狭く、不実な性格で成長せず、ちょっと嫌なことがあると鬱っぽくなって立ち直れない。
何かと言えばケチをつけ、互いに貶し合うしょうもない人々である。

【伊豆国】
良くも悪くも気が強く、生まれつき純朴であるが移り気で、ちょっと気に入らないとすぐに裏切る。
彼らを統治するには、裏切ったらどうなるかを、よく脅しておく必要がある。

愛知県(尾張国・三河国)

【尾張国】
この国は良くも悪くも「突っ走る」者が多く、ずる賢さとワガママさゆえに善よりも悪に染まりやすい。
無駄な騒々しさとフットワークの軽さが特徴で、浮わついてはいるが勇敢で、隣の三重県(伊賀国・伊勢国・志摩国)3か国が束になっても敵わないほどである。
そのため昔から謀叛や一揆が多く、戦乱の中で英雄も輩出されるが、下民たちは頑固で困る。まぁ、中の風俗の国といふべし。

【三河国】
この国の人々は、言葉遣いこそ汚いが誠実な者が多く、約束をすれば必ず果たし、もし果たせない時は事情を丁寧に説明する律義さを持っている。
親しき仲に礼儀を忘れず、噓偽りは言わないが、正直すぎて自分を許せず、自裁してしまう者もしばしばである。北部の者は特にその傾向がある。

三重県(伊賀国・伊勢国・志摩国)

【伊賀国】
この国の連中はどいつもこいつも誠実さなど欠片もなく、強欲なので、地頭は百姓から搾取し、百姓はいかに脱税するかばかり考えており、義理なんて言葉は寝言でも口にしないので、武士も使い物にならない。

【伊勢国】
伊勢国の人々は南北で大きく違う。南の人々は土の器に漆を塗って金銀を散りばめたように見た目がよく、京の都と同然だが、その中身は強欲で、親子でさえも互いに騙し合うほど意地汚い。
武士は下人を情け容赦なくこき使い、下人は下人で今の主人などしょせん「腰掛け」に過ぎないとバカにしている。この主君にしてこの家来あり、まったく当てにならない連中である。
一方で、北の連中は南伊勢と違っていいところも多く、木の器を漆で塗ったような艶と上品さがある。と言ってもしょせんは伊勢人、南の連中よりはマシというだけである。
ひとたび世が乱れれば昨日の味方も今日は敵、主従も親子の絆なんてものはありはしない。その辺りは、南伊勢と同じだが、裏切りを恥とするくらいの良心は残されている。
ちなみに、女性の美しさは近畿地方で京都と伊勢が最もよい。

【志摩国】
だいたい伊賀・伊勢の両国と同じで、武士たちは使いこなせもしない武器をコレクションして見せびらかし、その家来も意地汚い者ばかり。わざわざ記録する価値もない。

福井県(若狭国・越前国)

【若狭国】
この国の連中はとかく協調性がなく、作法も自己流の者ばかりで垢ぬけない。友達ヅラしながら陰で「友」の悪口を言いふらす。
謙虚さに乏しく、自分が指摘されると他人に責任をなすりつけ、自らを省みない卑劣な連中である。

【越前国】
この国は(悪い意味で)日本一の知恵者ぞろい。口先の巧さは尾張国にも劣るまい。傲慢で底意地悪く、期待させておいて裏切るからタチが悪い。
例えるなら、旅人を船に乗せて川の真ん中で法外な渡し賃を要求するとか、旅の修行僧に宿を貸さないほどの罰当たりぶり。100人に40〜50人はこんな感じである。

滋賀県(近江国)

この国は賢さとズルさを兼ね備えた者が多いが、ズルさの方が圧倒的多数である。
うわべを取り繕うのが本当に上手で、心にもないキレイゴトで他国よりすぐれて見えるが、これはカネ(金属)のようなものである。
一口にカネと言っても、黄金があれば白銀もあり、他にも銅、鉛、錫、鉄など幅広く存在する。そこでこいつらは、カネと言って黄金を連想させておきながら、いざ取引になれば鉛とか錫とか鉄を寄越すような連中だから、騙されてはいけない。
とにかくこいつらはズル賢いから、うわべだけの人柄に騙されることなく、ただ交わした契約内容だけをしっかりと見極めるドライな関係に徹するべきである。

京都府(山城国・丹波国・丹後国)

【山城国】
さすが京の都。流れる水のように洗練されて雅やかで、女性たちは美しいが、しかし武士たちは公家たちがもてあそぶ管弦などに毒されてしまったのか、軟弱な気風が残念である。
商人たちは遠国や離島にまで出かけていっては、巧みな話術を駆使して暴利を貪り、ごく稀に誠実な商売人がいても、やがて悪しき風習に染まってしまう。
全体的にロクでもない連中ばかりで、武士たちに勇気や道徳を説いても聞く耳持たず、チャラ男ばかりの困った国である。

【丹波国】
この国の連中は傲慢で他人を褒めることをせず、どいつもこいつも女人のような心根である。
百姓どもは本分である農作を疎かにして、ラクして儲けようと商売に手を染める。私腹を肥やすことばかり考えて媚びへつらうことに長け、最も哀れな連中であることは是非に及ばない。
腰抜けばかりなので、天下が乱れた際に侵略すれば5日以内に従わせることができるだろう。

【丹後国】
この国の連中を1000人、いや一万人集めても、まともな人物は一人もいないだろう。軟弱で不誠実なくせに悪知恵ばかり働くのでちっとも役に立たない。この国でまともなのは鷹と隼だけだ。

大阪府(河内国・和泉国)

【河内国】
この国の人々は柳の枝みたいにしなやかでしたたか、実に世渡り上手が多い。ただし出世すると傲慢になって人を見下す傾向がある。
河内国を治めるなら、抑えつけると何かと反抗してめんどくさい(しかも面と向かってでなく、陰でさぼるので始末が悪い)ので、規制はゆるめに、自由裁量を与えると協力的になってくれる。

【和泉国】
この国は河内国と紀伊国(和歌山県)の余った土地を寄せ集めて作った間に合わせの国と聞く。
人々はしばしば他人を誑(たら)かし(誘惑して本心を失わせる)、僧侶でさえも他人の財産を狙うほどである。財産を奪い取る手口は、関東人のような強盗殺人ではなく、最初はフレンドリーに近づいて、油断したところを一気に全財産をはぎ取るような悪どさである。
かと言って有能かと言えばそうでもなく、喩えるなら刃のない剃刀みたいなもので、人材として使い道がない。
もし千人に一人の逸材が生まれたとしても、生まれ持ったお国柄が、垢のごとく全身にこびりついているため、結局堕落してしまう。
ところでこの国は疱瘡人(天然痘によるあばた面の者)が多く、篠田明神には野狐も多い。狐はよく人を化かすと言うが……そうか、だから和泉国の連中は人を誑かす、要するにこいつらは、狐が服を着て歩いているようなものなのだ。
こいつらを征服するには五日も要らない。威厳と武力で脅してやれば、数日だって抵抗できまいよ。

兵庫県(摂津国・但馬国・播磨国・淡路国)

【摂津国】
この国の連中は京の都に似ていて気に入らない。
武士は本業を疎かにして町人や百姓の仕事をまねてみたがり、逆に町人は武士をまねて分不相応な武具甲冑を収集し、偉そうに武士の批判などに興じている。
また、オリジナリティを出したいのか大金をはたいて中二病デザインの刀剣を特注してドヤ顔している一方で、本業を疎かにしているのだから笑えない。
とかく見栄っ張りで百貫の収入があれば千貫あるかの如く大盤振舞いに及び、そのツケで周囲に迷惑ばかりかけている。
まぁ、和泉国に比べればはるかにマシだが、百人いれば九十人は欲が深く、ハッタリ自慢の軟弱者ばかりなので、武士としての素質はない。

【但馬国】
この国の連中は京都よりマシ。出石、気多、城崎、二方など数郡は誠実で頼もしいが、朝来、養父郡の連中は意地汚く盗人のような奴が多い。

【播磨国】
こいつらは悪知恵ばかりで道義を知らず、主君に仕えても奉公そっちのけで私腹を肥やす盗賊みたいなヤツばかりで武士の風上にも置けない。
太古の昔から、こいつらが善行に目覚めたことは一瞬だってなかった。

【淡路国】
多少は誠実だがダラダラとしまりのない退屈な連中ばかりで、まともな人物が輩出されることはないだろう。

奈良県(大和国)

大和国の人間は、だいたい山城国と似ているけれど、ちょっとぶっきらぼうで京都に近いほど欲深く、離れるほど陰鬱な性格の傾向がある。
口先だけで出世したがり、二枚舌を使うのも当たり前な連中だけど、芳野(吉野山地)だけは別で、あそこは近畿地方でも特に心の清らかな人々が住んでいる。
しかし彼らは教養がなく、知性も低い。欲がないから清らかに見えるけど、向上心に欠ける者が多い。

和歌山県(紀伊国)

この国の連中は義理を知らない上にとんでもなくガサツで、主君は家臣や領民を搾取し、家臣や領民はそんな主君をバカにするなど、言語道断である。牟婁(むろ)、日高、在田郡の連中は特にワガママだが、意外にヘタレなところもあり、リーダーなしで一揆を企てたり、めいめい勝手にお山の大将を気取ったり、もうグダグダである。
とかく考えなしの勢いだけで行動し、ちょっと上手くいかなくなると弱気になってしまうところは、治承の乱(源平合戦)の頃から変わらない。
伊都、名草、那賀、海部郡の連中は南部地域と比べてこれと言った性格の難はなく、理非の分別もあるが、欲深さにかけては日本一だろう。

鳥取県(因幡国・伯耆国)

【因幡国】
八上、智頭、邑美郡の人々は誠実で勇敢、約束を破らない。一方で、高草、気多、法味、巨濃郡の連中は性格がねじ曲がってずる賢く、丹波国に似ている。
一つの国でこんなに性格が違うのは、天がどんなに公正でも直せなかったためだろう。

【伯耆国】
こいつらの言うことはすべて話半分に聞くべし。偉人にあえばすぐ触発されて善行に努めるも三日で飽きて、と言って悪行に走ろうにも、これまた三日で飽きてしまう中途半端な連中である。このまま一生迷い続けるのであろう。
世に三日坊主という諺があるが、こいつらがその起源と言われている。

島根県(出雲国・石見国・隠岐国)

【出雲国】
この国では何でも誠実さを第一に心がけているようでいて、何でも神頼みにして善悪を考えない傾向がある。我が身の悪を顧みず、盲目的に信心したところで何のご利益があるだろうか。神仏を尊重するのは日本人の常識だけど、この国の連中はどいつもこいつも神を拝むパフォーマンスばかりだ。

【石見国】
石見国は丹後国と同じで、よいのは鷹や隼ばかり、人間はロクなのがいない。誠実な者は千人に一人いるかどうかで、なまじ知恵がある者は悪だくみばかり。どうしようもない。

【隠岐国】
全体的に軟弱で勝手気ままな連中ばかり。知夫利郡の者は例外的に誠実で頼もしいが、海部、周吉、穏地郡の連中は風になびく草のように、善にも悪にもただ流されるだけ。
辺鄙な離島だが、まぁ石見国よりははるかにマシである。

岡山県(美作国・備前国・備中国・備後国)

【美作国】
100人いれば90人は万事において卑劣で欲深く、人から借りたものを返さずゴネ得したことをドヤ顔で自慢する連中である。
どいつもこいつも頑固で人の意見を聞き容れないが、武士が10人いれば、そのうち3、4人はマシな人材がいる辺り、石見国よりはマシである。

【備前国】
何でも利益優先なので、言ってることとやってることが違うなんてザラ(10のうち5、6)である。
虚栄心が強く、使いこなせもしない武器や、理解していない兵書など並べ立て、さも達人のような顔をしているが、しょせん武士道など出世の道具くらいにしか思っていない。まぁ、それでも何もしないよりははるかにマシではあるが。
もし優れた指導者が現れ、50年ほど教育し直せば、少しは更生できるかも知れない。

【備中国】
武士はもちろん百姓にいたるまで義理堅く、意志の強い者が多い。しかし怖い者知らずでついカッとなって兄弟同士で殺し合うなど、道を外れることも多い。
備前との国境から半分はロクなのがいない。

【備後国】
この国の人々は生まれつき誠実で約束を破るようなことは少ないが、愚かなために無邪気に非礼を働くこともある。だいたい備中と同じような血の気の多さである。

広島県(安芸国)

ひたすらマイペースで他人の善悪に興味がなく、嘲笑されても気にしない。武士は特にその傾向が強く、頼りないようだけどこれも純粋さゆえであり、好感が持てる。
特に佐伯、沼田、加茂郡の人々は心身健やかで二心など抱かない。

山口県(周防国・長門国)

【周防国】
周防国の人々はおおむね律儀だが、吉敷、佐波、都野三郡の者は節操がなく、昨日まで肩を並べ親しくしていた相手でも、出世すればすかさず取り入る調子の良さである。
大島、玖珂、熊毛三郡の者は多少マシだが、結局はポリシーがなく、悪事も善行も少ない。要するにだらけている。

【長門国】
この国の人々はこれと言った特徴もないが、じっくり考えてから答えるためか会話のテンポが悪い。物事に対しては熱しやすく冷めやすく、利口だが根性がないため、武士としての資質に欠ける。

徳島県(阿波国)

おおむね心身健やかで、10人いれば7〜8人は知性があって気配りもできる。
しかし、頭が良すぎて奇抜な振る舞いに及ぶこともある。それでも強盗などを働くような卑しさはなく、武士も高潔で胆力がある。
三好、麻植、名東、名西郡の者たちは一流だが、勝浦、那賀、板野、阿波、美馬郡の者たちは少し頼りない。

香川県(讃岐国)

惰弱な性格で、100人いれば半分は悪賢い。とりわけ武士たちは諂(へつら)い者が多く、おべっかで取り入って出世しようと企むのは、噂通りである。

愛媛県(伊予国)

昔から海賊がのさばっており、海上交通に支障を来している様子は噂通り。今でも徒党を組んで海賊稼業で身を立てる輩が多く、関東の強盗に並ぶ名物?となっている。
武士たちは凶暴で手ごわいが、武士道精神はなく、思慮分別に欠けるため暴走の挙げ句、自滅しがち。

高知県(土佐国)

土佐の人々は一本気で素直な性格。土佐、長岡、吾川郡は特にその傾向が顕著である。
性格の良さは土地柄ゆえなのか、鳥獣にいたるまで性格がよく、猿も芸を仕込みやすい。

福岡県(筑前国・筑後国)

【筑前国】
九州には珍しくチャラ男の多い国で、勇気がない訳でもないけど、ここ一番の根性もないので大成しない。
千人いれば700〜800人が酒や女を好み、総じて然るべからざること甚だしい。

【筑後国】
筑前と違って10人に8人くらいの割合で誠実な者がいるが、下賤の者は身分相応に卑しい振る舞いが多い。


佐賀県・長崎県(肥前国・壱岐・対馬国)

【肥前国】
肥前は勇猛な気風の国で、義のためなら何者にも怯まず、100人いれば99人はそうである。臆病者を見かけるのは非常に珍しく、武士ともなれば尚更である。
君主は家臣や領民をいたわり、家臣や領民は主君を敬愛し、忠義のためなら命を惜しむことはない。
でも、言葉遣いは汚らしく、知性も劣っている。このような感じで信州に似ているが、一致団結すれば信州でも敵うまい。

【壱岐・対馬国】
どちらも遠島だが、大隅・薩摩の両国よりはるかに華やかである。ただし、人々は気弱な性格でだらけがち。

熊本県(肥後国)

だいたい肥前国に似ているが、勇気にかけては肥前国の1/100程度である。武士たちも肥前に比べて軟弱、でも筑前や豊前よりは上である。
知性はあるがそれゆえに理屈っぽく、思い思いに行動するので団結することを知らない。

宮崎県(日向国)

この国の連中は気が荒くて乱暴狼藉ばかり働き、事の善悪を考えもせず、口論になればすぐにカッとして相手を殺す野蛮人ぶりにはうんざりである。
命を捨てることがカッコいいと思い込む過激思想が蔓延している。あぁ恐るべし恐るべし。

鹿児島県(薩摩国・大隅国)

薩摩も大隅も大した違いはなく、どいつもこいつも「男が畳の上で死ぬなど恥、戦場での討死こそがカッコいい」と思い込み、神も仏も蹴散らす勢いで暴れ回って、無駄死にする様は論ずるに値しない。
また、平時においては主君が姿勢を正していても、家臣は足を投げ出したり、あるいは立て膝で臨席することも多く、主従関係もへったくれもない無礼者ばかりである。




武田信玄も愛読し、他国に侵略する際の参考にしていたという『人国記』。

歯に衣着せぬ毒舌ぶりにも驚くが、室町時代から戦国時代にかけて、これだけ諸国の様子に詳しいのだから、ひとりで書いたものではないのかもしれない。

だが、横浜市や神戸市の人について、ハイカラとかおしゃれとかいうイメージがあるのは、幕末にいち早く開港した港町だからだと思っていたが、戦国時代にすでに、

「いつも派手好きでグルメ志向、酒と女に溺れること十中八九」(相模国)

とか、

「オリジナリティを出したいのか大金をはたいて中二病デザインの刀剣を特注してドヤ顔している一方で、本業を疎かにしているのだから笑えない。」(摂津国)

と評されていたことに驚いた。すでに片鱗が伺えると思う。

また金沢市についても、今も伝統文化を重んじるプライドの高いところで、金沢が世界一だと思っているところがあると思うが、それは江戸時代に前田家が藩主になり、加賀百万石として栄えたからだと思っていた。しかし戦国時代にすでに、

「まして他国に攻め込むなどは盗賊まがいの所業と見下し、諸国を知らぬくせに我が国こそ一番と思い込んでいる、浅猿(あさま)しい連中である。」(加賀藩)

と書かれていることにも驚いた。
確かに動乱の幕末期をみても、加賀藩は倒幕運動にも積極的ではなく、かといって佐幕派としてもたいした活躍はしていない。

県民性というものは、港ができて海外に開かれたり、前田のお殿様が入城してその土地を治めたくらいで、変わるものではなかったのだと思った。









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