洗濯機とカップラーメン

洗濯機の音が聞こえる。
「こんな夜中に誰だよ、近所迷惑じゃないか」
ってセルフツッコミを入れながら、3分待てなかったカップラーメンをすする。飯を食うのも、洗濯機のスイッチを押すのも深夜だからしたくなるんじゃないか。
時刻は26時。テレビの通販番組を見ながら寝落ちしたかったけど、出来そうもなかった。それならいっそのこと、一生起きていたいと思う。
生きるためには、食事と洗濯が必要だ。腹が減っては戦ができぬ。服を着なきゃ外には出られぬ。令和の時代を生き抜くために必要なのは、電子レンジと洗濯機とカップラーメンだ。

適当なことを言ってみた。にしても我は生き急いでないか。
もはや今日という名の明日は、予定なんかない。なのに、カップラーメンを2分で食べ始める。誰にも会わないのに、洗濯してる。毎日同じ服でも誰も気がつかないし、異臭がしても自分だったら気が付かない。
なんで生きる予定もないのに、生きるために生きてるのか。生きる理由もないのに、なんで食ってるんだろう。なんで洗濯してるのだろう。

洗濯機の音がうるさい。
最近の洗濯機は、性能がよくなって音が全くしないと聞いたことがある。お金持ちになれば、一秒で洗濯が終わる洗濯機が買えるようになるって聞いた。あ、お金持ちは、同じ服を二度と着ないのか。じゃあ、一秒洗濯機の噂はガセだ。騙そうなんて気がない噂ほど、よく広がる。悪意がないということほど暴力的なことはない。誰も罪を認めないからだ。この世の中の出来事はほとんど他人事になってしまった。『VR他人の人生』っていうゲームが流行ったおかげだ。他人の人生に簡単に関わることができるうえに、責任を負えるようになった。それは自分の人生を他人に簡単に預けることが出来るようになったことでもあるから、簡単に他人のせいにするようになった。
無責任に無自覚であることは、結局世界を破滅することになるだろう。よく考えればデマだと分かるはずなのに、ぽんぽんとリツイートされていく。
「私がやりました」の一言は、いずれ世界を救う言葉として広まるだろう。(こんな煩わしい文章はリツイートされない。)

あっという間に、ラーメンを食べ終えた。
消してたテレビをつける。この時間は通販番組だ。
別に何とも思わない。洗濯機の音だけ聞こえる。
数年前までは、眠れない夜はラジオを聴いていた。その当時のラジオは、テレビと違ってゆるい雰囲気だった。オーバーリアクションしなくてもいいし、共演者と競う必要もないから、普段あったオチのない話をひたすら話して笑っている時間だった。パーソナリティの皆様、「オチのない話」って言ってすみません。でも「オチがない」ってことが重要なのです。「オチ」がないってことは、普遍的な話であるってこと。普通であるってこと。我々の生活は、普通とか当たり前のもとで成り立っているわけだから、強調されても面白くないのである。
…と思うかもしれないが、本来面白くないはずのことを面白く思わせる技術とモノの見方は、親近感というエンタメとして昇華されていくのだ。それが好きだった。

でもそんな時代は終わった。厳しい日常を、同じように厳しく生きていこうってムードが大衆の間に流れ始めた。
「日常で生計立てようとしてんじゃねえ」って空気だ。
そう主張する人は、こっちはしんどいのに何でお前は楽しそうなんだよ、って思っているらしい。
しんどい日常に楽しみを分け与えてくれている人に向かって、そんなこと考えたことなかった。なんで全員で幸せになろうとするんじゃなくて、不幸になりにいくのか。いや、幸せになる希望が見いだせないんだ。幸せとい概念がこの世からなくなってしまったのかもしれない。そしたら、悪いのは何だ?
というわけで、顔や名前を晒したうえでのエンタメは、どんどん淘汰されていった。顔も本名も表向きに出さなくても、簡単に特定される時代も追い風となった。ドラマとか映画とかのフィクションは生き残れると思ったけど、「嘘話作ってお気楽だな」っていう世論に敗れた。
自分たちで自分たちの首を絞めたことに気づかないまま、日常は進んでいく。そこに希望なんてない。

食うだけ、洗濯するだけの毎日が過ぎていく。これが我が日常である。
そこに希望なんてない。希望じみたことをいうなら、食事と洗濯には終わりがあることだ。正しくは「終わり」じゃなくて「区切り」だ。1回1回に終わりがあることが唯一の希望だ。そこにある飯を食いつくせば終わりだし、洗濯機もスイッチを押して待って干せば終わりだ。終わりが見えるから始めることができる。我々は、すべての出来事に終わりがあることを、感覚的にしか理解できていない。人間なんて所詮、終わりが見えないと始められない生き物なのだ。始まり終わりを何年も何十年も繰り返していって、やっと本当の終わりがくる。さて、我はあと何回の飯を食い、何着の服を洗わないといけないのだろうか。

洗濯機の合図がなる。通販番組の音が聞こえる。
洗濯が終わったら干す。ただそれだけだ。
干したら仕方ないから寝る。飯を食って洗濯さえ出来れば生きていける。
明日の飯のこと考えてたら、たぶん寝落ちする。
起きたら明日がやってきている。


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