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NARUKAMI Notes 006 『点と線』

松本清張
『点と線』
新潮文庫, 1971.5

ミステリーは好きなのだが、どういうわけか松本清張はこの年になるまで読んでいなかった。社会派作品ということで敷居が高く感じられ、何となく敬遠してしまっていたからなのだが、手始めに『点と線』を読んでみたところ、時間だけはあった学生時代に清張作品を読み初めておけばよかったと後悔することになった。松本清張の膨大な数の作品群は山脈に例えられるが、今から登り初めて果たして踏破できるだろうか。

それにしても令和の今からすると、作品の舞台となる昭和30年代は異世界かと思えるほど隔世の感がある。
移動手段などは最たるもので、福岡や北海道へ行くためには夜行列車で一晩かけなくてはならない。東海道新幹線の開通は昭和39年開通なのでこの作品の時代には存在せず、今では九州や北海道へ行くメジャーな手段である飛行機も主人公の刑事がその存在になかなか気づかず、アリバイトリックにすらなるほど特別なものだったようだ。そもそも中央省庁の部長クラスすら北海道出張するのは電車と青函連絡船なのだ。官庁の管理職の労務費より高級だったのだろうか。
大変だったんだなと思うと同時に、寝台列車でゆっくり移動できた時代はうらやましくもある。食堂車での食事などに憧れすらある。便利な一方で日本国内主要都市なら出張は日帰りでやれと言われてしまう今と、果たしてどちらがよいのやらである。

通信手段についても今とは大きく異なっている。LINEもeメールもない代わりに、作中では電報が大活躍している。今では冠婚葬祭くらいにしか使われていない電報であるが、昭和30年代は現役の通信インフラだったのだ。
アリバイトリックにもこの電報というギミックは大いに貢献している。電話との使い分けとしては今ならeメールのような感じになるのだろうが、コンピュータープログラムのeメールと違い電報は人の手を介するので本人が打ったもの、偽装は困難という固定観念を崩すことができず、主人公の刑事も苦労することになる。

かつて存在した世界。スマホやインターネットなど今ならあってしかるべきものがない世の中。当時の人からすれば現在のテクノロジーは鉄腕アトムよりも想像できないことなのかもしれないが、それを当然としている私たちからするとそれのない世界を想像するのは大変でもあったりする。

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