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【短編】『22』

「吉井君さぁ..これ、誰にも言った事無いんだけど、最後だからさ」

深夜2時40分。
客は僕1人だけのコンビニのレジの中で、門馬さんは、極めて真剣な表情で語りだした。

「俺さぁ、何か決める時、周りを見て、22って数字があったら、それに決める事にしてんだ」

僕が新聞奨学生として勤める販売所のすぐ側にある、こじんまりとしたマイナーなコンビニで働く30過ぎの男性、門馬さんは、とても愛想のいい人だった。

「えっ、どういう事ですか?」

販売所に配達用の朝刊が届くのは、いつも3時過ぎなので、僕は少し前にここに来て、眠気覚ましの珈琲とパンを買っている。そしてレジで門馬さんと他愛もない会話をするのが、仕事前の日課となっていた。

「だから、何か大事な事、決めなきゃいけない時ってあるでしょ?」

「えっと、例えば、どういう?」

門馬さんは、少し顔を引き締めて答えた。

「直近の話ではね..今度の映画の話だけどさ」

「あっ、はい」

門馬さんは、若い頃から演劇等の俳優をしていて、今も続けている。
僕も何度か舞台を観に行ったが、小さな劇場とはいえ、スポットライトを浴びている門馬さんはコンビニで見る時とは違い、カッコ良かった。
その映画のオーディションに合格した、と教えてくれた時の門馬さんは本当に嬉しそうで、子供の様な笑顔を僕に見せた。

「あれ、オーディションが2つ重なっちゃったんだよ...片方は小規模でライバルも少ない。もう1つは、注目の新人監督の2作目で、結構いい役。どう?普通、受かりそうな方に行くか、チャレンジするか悩むじゃない?」

「まぁ、そうですね」

「でも、俺は悩まなかったよ。なんでだと思う?」

「なんで..ちょっと解らないです」

「その新人監督の映画のオーディションを知らせる事務所からのメールが、14時22分に来たから」

「..あぁ..はい」

イマイチ、ピンと来ない話だった。
それが伝わった様で、門馬さんはこう続けた。

「ピンと来ない?そっちのほうが受かる確率は遥かに低かったんだよ。もう一つの方は知り合いの紹介だったから、多分、受かったと思うよ」

「ああ..で、難しい方に合格した..と」

「そう、俺のキャリアからすると、考えられない様な役でさ!」

門馬さんは、2週間後にクランクインするという、その映画の為に、収入源の一つである、このコンビニを今日で辞めて役づくりに入るらしい。
それだけ、その映画に賭けているのだろう。
1年以上の付き合いの僕としては寂しい限りだったが..

時計を見ると、3時を過ぎている。
僕は、門馬さんに言った。

「じゃあ、配達してきます。終わったら、挨拶にきますね」

門馬さんは、笑顔で答えてくれた。

「おう、頑張って!」

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僕は、新聞を配りながら、さっきの門馬さんの話を思い返してみた。

門馬さん、なんか、変な団体に入ってたりして..
そんな事無いか、あの人、そんな感じ全然無いもんなぁ..

そう思いながらも、僕の胸には何か引っ掛かるものがあった。

6時過ぎに新聞を全て配り終えて、僕は7時まで勤務の門馬さんに挨拶に行った。
コンビニは何人か客が入っている。
僕は、他の客の邪魔にならない様に、門馬さんに声をかけた。

「門馬さん、どうもお世話になりました。映画観に行きます。頑張って下さい!」

僕の言葉に、門馬さんは引き締まった顔で答えた。

「おう!ありがとう!吉井君も頑張ってな!」

「はい!有難うございます!舞台ある時とか連絡下さい」

門馬さんは、ガッツポーズをして言った。

「了解!..あっ、吉井君、さっきの話だけどさ、俺、本当はもう少しやってくれって言われたんだけど、無理矢理、今日迄にしてもらったんだよ。22が俺を導いてくれると思って」

?..一瞬、何の話か解らなかったが、すぐに今日が22日だと気づいた。
そこまで、拘ってるのか..
ちょっと、笑いそうになってしまったが、役者さんのゲン担ぎみたいなものだろう。

「きっと導いてくれますよ!じゃあ、又、お会いしましょう!」

そう言って、僕は深くお辞儀して、店を出ていった。

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翌日の土曜日、深夜2時35分。
僕はコンビニに行こうとして、もう門馬さんはいない事に気付き、足を止めた。
恐らく、不機嫌な店長がいるはずだ。
あのコンビニに行く事も少なくなるだろう。

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6時過ぎに配達し終わった僕は、専門学校が休みの為、昼まで寝ていた。

起きて、ご飯を食べようと近所の定食屋に向かう為、コンビニの前を通ると、店の前にテレビカメラが数台並んでいる。

何事かと思い、付近にいた人に話を聞くと、
「なんか、夜中、店長が強盗に殴られちゃって、結構ひどいケガしたらしいよ」
と教えてくれた。

強盗..
聞いた途端、門馬さんの【 22 】の話が蘇ってきた。

門馬さんが22日で辞めてなかったら..
顔に傷でも作って、せっかくのチャンスが無くなってたかも..

数字に守られるなんて..

そんな事もあるのかなぁ..

まさか、門馬さんが変装して、嫌みな店長に復讐したとか

自分で考えて、自分で笑ってしまった。
そんなセコい人じゃないか門馬さんは..


僕は、定食屋まで歩きながら、これからの門馬さんの活躍を祈った。

【了】


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