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そのときの印象で

 風が過ぎ去ったかと思ったら、こちらを振り向いて会釈をしていた。帽子まで取って、なかなかに紳士的だと思う。反射的に私も会釈をすると、にかっ、と笑い、

「今日も寒い日ではありますが、少し暖かさも感じられると思いますよ」

 と言うと、忽然と姿を消した。まさに風の如く、というより、風である。

 そっかぁ、暖かくなっていくのか。

 私は空を眺めながらそんなに昨日と大差ないように思える空気に違いを見出せず、とりあえずその言葉だけは信じることにした。

 季節を移ろう、さまざまなものを運び、流し、循環させるために忙しなく動いている風ではあるが、こんなふうにして声をかけてくれる余裕を見せられると、その器の広さに感嘆する。

 この前現れた地震なんかは ぎらぎら した目をしながら何にも話すことなく去っていったというのに。もちろん、みんながみんな、そうではないけれど。近々にそんな違いを見せられたら、嫌でも比較してしまう。

 …‥そんなことを言いつつ、私だって余裕がないとき、あるときで全然対応が違うのだから、何にも言えない。

 それだけで人間全体が そうだ なんて思われたらたまらない。

 みんな、みんな、それぞれ、違うのだから。

 私は大きく伸びをすると「いてぇっ」とその伸ばした腕に風が当たる。

「あっぶねぇな! 気をつけろい!」

 いつぞやの誰かのように ぎらぎら した目をしながらそう吐き捨てると ぷい 風はそのまま消えてしまう。

 あー、やっぱり。

 私は妙な安心を覚えながら、ごめんなさい! と消え去った風に向かって言う。そうして、そうならないようにしないといけないなぁ、無理をして余裕をなくしてはいけないなぁ、と切に感じたのだ。

いつも、ありがとうございます。 何か少しでも、感じるものがありましたら幸いです。