見出し画像

旅立ちへ向けて

 これからもし、私が死んでしまうとして、何が残せるだろう。

 なんてことを考えてみたけれど、私が残せるものなんて、何ひとつとしてなかった。

 とりあえず、遺書でも書いてみるか、と思い立ってペンを握ったものの、浮かんでくるものもない。はて、どうしたものか。

 それでも、占いを信じるならば、私は十二時間後に死んでしまうらしい。どうやって死ぬのかは結局教えてくれはしなかったけれど、死んでしまう、ということだけを繰り返し、伝えてくれていた。

 今から十二時間後だと、朝方、ということになる。それだと、眠っているときに何か起こるのか。それとも、強盗にでも入られるのか。いやいや、そんなことより、そう。遺書だ。

 そのとき、ふいに、たとえ書いたところで、これを読むものもいない、ということに気がつく。

 せいぜい、大家か警察くらいなものだろう。

 はて、どうしたものか。

 ……そうだ、この家で死体を産み出してしまうのだ、迷惑をかけることになる。一筆、書いておかねばならない。それを遺書ということにしよう。礼儀作法であろう、死にゆくものの。

 そうして、ペンを取って書き連ねる。

「私はこれから旅立ちます。身体は置いていきますので、お手数ではありますがあとのことはよろしく願いたいです。ご迷惑おかけします。たいしたものは残っていませんが、要り用なものがあればお待ちください、他はすべて処分願います。独り身なもので、供養等は構いません。旅に出るだけですので。それでは、ひと足先に向かわせていただきます。ごきげんよう、さようなら」

 さらさら、書き終えると、テーブルにおいて重石代わりに本を置く。

 さて、あと何時間であろう。

 とりあえず疲れたから、もう眠ってしまおうか。

 そうしよう。そうして、目覚めたなら、旅立ちのときであろう。

 それまで、ゆっくり休んで、英気を養おう。

 そうしよう、そうしようーー


           *


 企画に添えているかわかりませんが、認めてみました。エッセイでもなく、小説風。

 以前にもそういう小説を書きましたけれど、遺書の内容となると、私にはなかなか難しいようです。

 よければ、こちらもどうぞ。

いつも、ありがとうございます。 何か少しでも、感じるものがありましたら幸いです。