見出し画像

美術館に行ったことがなかった僕がアートの魅力に目覚めた話

駅の改札口を出たところで友達を待っていた。待ち合わせまで10分ほどある。僕は読みかけの本を取り出した。

10分後、友達が到着して心配そうにたずねた。
「どうしたの? 何かあった?」
僕は首を横に振り答えた。
「ごめん、なんでもない。ただ、この本が感動的過ぎて」
僕の目は真っ赤に染まり、涙がとめどなく流れていたのだ。

僕がそのとき読んでいた本は原田マハの「楽園のカンヴァス」だった。職場の人と美術館の話になり、僕が「美術館って何が楽しいのか全然わからない」と発言したところ
「これ読むと、絶対、美術館に行きたくなるよ!」と言われ読み始めたのがこの本だった。

いや、まさか、本一冊でアートに全く興味のない僕が美術館に行きたくなるわけないじゃん。

そう思っていた。読み始めてみると、アートを心から愛する二人の男女が語る情熱と、一つの絵を巡る壮大なミステリーに魅了されていく。その絵を描いたのはアンリ・ルソーという100年ほど前の画家だ。名前は聞いたことがあったが、どんな人かは全く知らなかった。

物語の中盤から、現在の話と、過去つまりルソーの話が交互に繰り広げられる。

現在と過去を行ったり来たりするたびに少しずつ謎が深まっていく。それとは逆にどんどん物語に引き込まれていく。

そして散りばめられていた謎が一気に一つに集約していく。ドラマチックな展開。

このあたりを僕は友人との待ち合わせで読んでいたのだ。

友人と食事を済ませたあとはまた、電車の中で続きを読んだ。また、泣けた。ルソーのまっすぐな情熱と、100年後にルソーの絵を守ろうとする二人の主人公に胸を打たれる。

そして、痛快なラストと、その後の展開を予感させるエピローグ。完璧な小説だった。それだけでも素晴らしい本だ。でも、それだけでは終わらなかった。

読み終えたあと、僕は衝撃の事実に気付く。

見たい、アンリ・ルソーの絵が見たい。表紙や小説の中にもルソーの絵は載っていた。でも、僕は直接見たいと思った。直接見て、もっとルソーを知りたいと思った。
この気持ちはなんだろう。その人の存在を知り、興味が湧き、知りたくて知りたくてしょうがなくなる。

恋だ。僕はアンリ・ルソーに恋をしていた。寝ても覚めてもルソーのことが頭から離れなかった。そして、僕はルソーの絵が展示されている美術館を探し始めた。ルソーは生前にあまり評価されていなかった。そのため、描いた絵は安く売られほとんど後世に残らなかった。それでも、いろいろな美術館にルソーの絵は展示されていた。僕は毎週、都内の美術館に行くのが楽しみになっていた。

多くの美術館で、アンリ・ルソーの絵を見た。少しずつルソーのことがわかってきた。それはとても素晴らしい体験だった。しかし、美術館を巡りながら僕はとても罪深いことをしてしまう。いや、実際に罪を犯したわけではない。僕はもう立派な大人だ。37歳だ。そんな大人が不道徳な行動を取ることはない。でも、心の暴走は止められなかった。もちろん、ルソーは大好きだ。愛していると言っても良い。でも、クロード・モネの絵は僕の一途な心を破壊した。

そう、浮気だ。ごめんルソー。だってモネ、すごいんだもん。上野の国立西洋美術館で見た、モネの巨大な睡蓮の絵は僕の心を、いや、全身を包み込んだ。間近で見ると、荒々しい筆の跡が残り、雑な印象を受けた。しかし、一歩、また一歩と遠ざかるたびに、池が光に包まれそこに浮かぶ睡蓮の花が眩いばかりに輝いて見える。
どうやって描いたんだ? めっちゃ遠くから長い筆で描いたのか? いや、そんなわけない。でも、そうとしか思えないくらいに、間近の印象と、離れたときの印象が違う。

モネは生前から評価が、高く、多くの美術館に絵が展示してあった。「光の画家」と称されるモネの絵は、本当に絵自体が発光してるのでは? と錯覚するほど僕の、脳内に光を届けてくれる。

美術館巡りをするたびに、僕はクロード・モネを求めている自分に気付いた。そして、モネをもっと知ろうとして、原田マハの「ジヴェルニーの食卓」を読んだ。ジヴェルニーとは、モネが晩年を過ごした土地の名前で、そこに自作の池を作り、睡蓮を育てた。モネの睡蓮の絵は数多くあるが、ほとんどがその地で描かれたものだ。

「ジヴェルニーの食卓」を読めば、もっとモネが好きになる。そんな期待で読み始めた。

しかし、その期待は鮮やかに裏切られる。

「ジヴェルニーの食卓」は本としては、短編集で、その中に収録されている一つのタイトルがジヴェルニーの食卓だった。他にも3つの話が収録されていた。そこに出てくる画家達がこれまた魅力的なんだなこれは。
色彩の魔術師と言われたアンリ・マティス。
狂気とも言える情熱で絵や彫刻を制作したエドガー・ドガ。
様々な画家の影響を受けつつ、独自の技法を開発し後世に多大な影響を残した、近代絵画の父、ポール・セザンヌ。
モネをもっと好きになろうと思って読んだのに。結果、他の画家に、さらに浮気してしまう。そして、最後のジヴェルニーの食卓の主人公、クロード・モネもとても魅力的に書かれている。

これじゃ、一途どころか一夫多妻制じゃないか。

いや、まぁ、上記の画家が好きな人は世界中に何億っているんだろうから別に良いか。
というわけで、楽園のカンヴァスとアンリ・ルソーに導かれ、アートの魅力にどっぷりとはまってしまったのです。

これからも、アートの魅力を自分なりに探求し続けていこうと思っていています!



この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?