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《連載小説》おじいちゃんはパンクロッカー 第二十一回:対面

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 露都はそう言うと椅子を蹴って立ち上がった。サーチ&デストロイのメンバーや家時は驚いて露都を見上げた。彼らは顰めっ面の露都を見て戸惑っていた。しばらくの沈黙の後でイギーが露都を宥めた。

「まあまあ、そんなに肩を怒らせんなよ。この話は垂蔵も交えて話すつもりだったんだぜ。なのに来てみたらアイツが寝ているからよ。看護師によると早朝に垂蔵の奴が痛みがひでえって喚きだしたんでモルヒネ打ったらしいんだ。おい、坊主お前知ってるか?ヘロインってのはそのモルヒネから作られるんだぜ。つまりアイツはここでヘロインの元を打ってもらっているんだ」

 このどうしようもない不謹慎極まる冗談に露都は頭に来て思いっきりイギーを睨みつけ声を荒げて言った。

「とにかく俺と一緒に垂蔵のところ来てくれ。こっちはアンタのくだらん冗談に付き合ってる暇はないんだ」

「だけど垂蔵がまだ寝ていたらどうするんだ。起きてたってモルヒネ打ってるんだからまともに喋れないかもしれないぞ」

「寝ていたら起きるまで待つし、意識が混濁しているのならハッキリするまで待つよ。とにかく俺は垂蔵と話がしたいんだ」

 そう言うと露都はまっすぐ垂蔵の病室へと歩いた。イギーとその仲間たちはその彼を早足で追った。

「おい、さっきの俺の話のことはどうなってんだよ。答えろ」

「だから垂蔵に全部話すって言ってるじゃないか」

 露都はそう言い放つと彼の後を追ってきたイギーたちを無視してそのまま垂蔵の病室に入った。彼は病室に入った瞬間、部屋が奇妙にシンとしているのに驚いた。それもそのはずだった。垂蔵の他に入院していたはずの患者のベッドが皆空になっていたのだ。ベッドのカーテンはすっかり開けられ、シーツは窓から陽に照れされて眩しいぐらいに真っ白だった。そこにはこの間まで人がいた痕跡がまるで残っていなかった。露都はそれを見て不安になって垂蔵のベッドを見た。

「おう、久しぶりじゃねえか」

 目があった瞬間垂蔵が声をかけてきた。露都は垂蔵が普通に起きているのに驚いて呆然としてしまった。

「なんだそんなびっくりした顔しやがって。死んだと思ったのに生き返ってびっくりしたか?」

 露都は思わず垂蔵から目を逸らして空のベッドを見た。

「なんだお前、オヤジを無視すんじゃねえよ。それともここにいた死にかけのジジイどもがみんないなくなってんのに驚いてんのか?」

 垂蔵の言葉を聞いて露都はあんたもあの人たちとおんなじジジイだろと突っ込んでやりたくなった。しかし垂蔵にはそんな自覚はないようで部屋を去った患者をせせら笑うかのように笑ってこう続けた。

「へへへ笑えるぜ。たった三日間で俺しかいなくなっちまったんだから。まず向かいの手前にいたやつは三日前に無事退院。萎れたババアとブサイクな娘夫婦に連れられて出て行ったぜ。その隣の窓際にいたやつは一昨日めでたく個室行き。後は死ぬのを待つばかりって感じだ。それでこの部屋には俺と隣の半ボケジジイが残ったんだが、コイツが昨日の朝に心臓が止まったとかで看護婦のねぇちゃんとか医者たちがみんなして処置していたぜ。だけど治んなくてそれで救急治療室行きさ。半ボケが治療室にベッドごと運ばれてから半日してからベッドだけ戻って来たけどな、ベッド運んできた時看護婦の姉ちゃん超暗え顔していたぜ。あのジジイ死んじまったかもな、ヒヒヒ!いずれにせよ、しばらくは俺一人だぜ。気楽にやれるってもんだ。まぁ、俺もいずれ個室に移動になるだろうけどな」

 垂蔵この同室の患者に対する笑えない話を終えた時ふと寂しげに露都を見た。露都は今まで見たことのないそんな垂蔵の姿を見て彼が最後に言った言葉と、入院してから一週間も経っていないのにげっそり痩せ切った体に死という現実を見せられてゾッとした。

「ところで……ってか、お前らもいたのか?」と垂蔵は露都に話しかけたところで彼の後ろにいたサーチ&デストロイのメンバーを見とめて声をかけた。

「そういやお前ら昨日話したこともうコイツに言ったか?」

 するとイギーが前に出て来て答えた。

「ああ、さっきお前の寝ている間に休憩ルームで坊主に話しといたぜ。したら坊主お前に直接話すからって言いやがってよ……」

「ほう、そうかい」垂蔵はイギーの言葉を聞くとしばらく黙り込んだ。そして露都をじっと見てこう言った。

「じゃあ答えてくれよ露都さんよ。お前外出許可にサインしてくれるんだよな?」

「サインなんてするわけないだろ」

 露都の無表情の顔から放たれたこの言葉を聞いてサーチ&デストロイのメンバーは目を剥いて彼を見た。しかし垂蔵は息子の言葉に驚かず彼を見て笑った。

「アンタ自分の病状わかってんのか?今のアンタにライブなんか満足に出来るわけないだろ。アンタは普段通りの生活さえ送れていねえんだぞ。いいか?今アンタに必要なのは安静なんだよ。ここでゆっくり静養して少しでも長く生きることを考えるんだな」

「あ~あ、やっぱりそう言うと思ったよ。お前はそういう奴だ。大体お前は俺が大嫌いだもんなぁ。そんな大嫌いなオヤジに騒ぎ起こされてもし世間に俺と親子だってバレたらもう官僚さまじゃいられなくなっちまうもんなぁ。だけど俺はそれでも演るよ。お前がサインしなかろうが、病院の連中が俺を羽交い絞めにしようが、お前が官僚を首になろうが、こっから出てライブ演るよ。別にライブで死んだっていいさ。どうせ死ぬんだからな」

「いい年こいてバカなこと言ってんじゃねえよ!」

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