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処女懐胎

 突然マリアが見知らぬ赤ん坊を抱いて現れた時、母子を見た家族や村人達はびっくり仰天してマリアを取り囲んだ。そして彼らはこの突然の事態に慌てふためき、彼女に向かってこの子供はなんだと問い詰めたのである。マリアはそんな家族や村人達に向かって胸に抱いている赤ん坊のシワだらけの顔を撫でながら言った。
「やめてみんな、私はそんなふしだらな事はしていないわ。だって私は今も処女なんですもの。この子はある日突然私のお腹に降りてきたの。昨日お腹が痛いって馬小屋でずっと寝ていたでしょ。あの時にこの子が生まれたの。きっとこの子は神様が私に授けてくれたのよ。この子は神様の子供なんだわ!」
 しかしこんな彼女の戯言をそのまま信じる村人達ではなかった。彼らは彼女が最近よそ者のイアニスに迫られていたことを思い出した。そして村人達はマリアの胸の中の赤ん坊がイアニスの子供であり、イアニスの奴が純粋な彼女に無理やり乱暴して孕ませたのだと確信した。マリアはその事実を認めることが出来ずに、自分は神の子供を生んだと信じ込もうとしているのだ。村の男達はマリアをズタズタにしたイアニスへの怒りに駆られ、いつものように村の道中で女を口説いていたイアニスを森の中に連れ込んで撲殺してしまった。マリアはその事を知ると顔を青ざめさせなぜそんな事をと、イアニスのために深く嘆き悲しんだ。村人達はそんな彼女に、こんなおぞましい罪の子どもなどこの世に生かしてはおけないと子供を差し出すように言った。しかし彼女は彼らのこの理不尽な要求に耐えられずこう言い放ち、そして村を出ていった。
「あなた達は畜生にも劣る!一人の罪なき人間を惨殺しただけでは飽き足らず、この神の子まで殺せというのですか!ああ!今までこんな悪魔どもとよくも暮らせたものだ!私はこの村を出ます!さようなら皆さん!二度とあなた方の顔を見る事はないでしょう!」

 それから十年たったある日の事であった。村から出て行ったマリアが一人で忽然と帰ってきたのである。村人達は喜んでマリアに声をかけようと思ったが、彼女が彼らも水に放心したかのように歩いているのをみて声をかけるのをためらった。マリアは両親の住む家の前まで着くと玄関に飛び込み両親の前で泣きながら言った。
「ああ!あの子は……あの子は人間ではなかったのです!」
 両親と、マリアを追って家に入った村人達はやはりあの色魔のイアニスの子ども、カエルの子はおたまじゃくしでもカエルと彼女を哀れんだ。それで彼女に子供はどこにいると尋ねた。すると彼女は涙ながらに十年前の出来事の真相を語り出した。
「ああ!あの日私は馬小屋馬の世話をしていました。しかし突然痛みに襲われて気を失ったのです。しばらくして目覚めると、なんと私の胸にシワだらけの顔をした赤ん坊が寝ていたのです。私は昔の伝説を思い浮かべて、奇跡が私に訪れたのだと神様に感謝し、そして神にこの赤ん坊を母として育てる事を誓ったのです。だけど……」
「だけどどうしたんだ!マリア全てを話すんだ!」
 両親がマリアにそう言った時だった。突然外からウキー!と猿が吠えたのが聞こえた。それを聞いた村人の一人が叫んだ。
「あっ、あの猿また来たな!畜生!いつも人の野菜を食い散らかしやがって!」
 その猿の鳴き声を聞い途端マリアは号泣して叫んだ。
「ああ!その猿があの赤ん坊なのです!私はあの赤ん坊を人間の子供、シワだらけの神の子だと育ててきたのです!しかし成長するにつれ、あれが人間ではないことがわかってしまったのです!毛だらけでウキー!と叫び、言葉を何一つ覚えず、ただ一日中ウキー!と叫んで家を暴れ回るだけ!それだけだったらまだいいのですが、とうとう近所の家から野菜や果物、さらに家畜まで襲うようになりました!私はあれが人間でなく猿とわかってからも、それでも飼い主としてあれの面倒を一生みようと決意して育ててきました。だけどもう限界です!これ以上あの猿を飼い続けたら、いずれ私は食い殺されます!皆さん、助けてください!あの猿から私を救ってください!」
 そのとき戸をドンドン叩く音がした。そしてウキー!と鳴き声が聞こえ、それからさらに戸を無茶苦茶に叩く音が鳴り響いた。
「ああ!あれは私に餌をねだっているんですよ!餌を開けないとウキー!と叫んで、人の顔をめちゃくちゃに引っ掻くんです!もう耐えられない!お願い!二度と私の前に現れないで!」


 

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