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全身女優モエコ 第二部 第十一回:破滅への前奏曲

 全国演劇大会の地区大会でのモエコの演技は非常に評判になり、翌日の地方新聞の文化欄に県大会出場校の一覧とともに、モエコの高校だけ特別に審査員の評が載せられ、さらに地区大会を観劇した記者の感想まで書かれていた。数ある出場校の中でモエコの高校だけこのような扱いをする事はかなり異例の事であった。それだけモエコの演技は会場にいた人間に衝撃を与えたのである。

 モエコの高校でも当然そのことは話題になった。みんながモエコを凄いと褒めそやした。しかし家で新聞を取っていないモエコは記事が読むことが出来なかったので、みんなに向かってどんなことが書いてあるの?としつこく聞き回った。それで誰かがモエコを褒めた記事を見せたのだが、読んだ途端急に不機嫌になって怒り出した。

「何よこれ!記事だけで私の写真がないじゃない!許せない!人をバカにしてホントに許せない!」

「あの、モエコちゃん。これってホント凄いんだよ。普通演劇の地区大会でこんなに扱われるなんて凄い事なんだよ。大半の記事なんて普通に県大会への出場校並べて終わりさ。だけど俺たちの高校だけ審査員の評と新聞記者の感想がついてるんだ。これって普通ありえないんだよ。モエコちゃんわかったかい?」

 と部長が世間知らずにも程があるモエコに向かってこの新聞記事がどれだけ凄いかを丁寧に説明したが、彼女は納得せずまた喚き出した。

「アンタたち、こんなちっぽけな記事で満足するの?こんな審査員と新聞記者の感想だけで写真すらない載せてない記事に喜んでるなんて呆れるわ!」

 そしてモエコは何故かわからないが一人で納得したように何度もうなずくと部員たちに向かって大声で言った。

「私はこんな記事絶対に認めない!必ず全国大会に行って審査員と新聞記者共に写真撮らせてくださいって土下座させてやる!だからいい?今すぐ稽古よ!死ぬほど稽古して全国大会でぶっちぎりで最優秀賞をぶんどってやるのよ!わかった?」

 部員たちはそのモエコの気迫に恐れをなして頷くしかなかった。


 そんなわけでモエコたち演劇部は全国大会の最優秀賞を取るためにまずは県大会をとひたすら稽古に励んでいた。モエコは目標が出来たことで異様に発奮し、ホセ役の生徒を両腕を使って振り回しながら情熱のカルメンを演じていた。今文字通りモエコに振り回されているホセ役の生徒は、なんで自分がこんなことになるんだと、運命の不条理に苦しんだ。しかしこれも全国大会を制覇するためにこの苦行に耐えなければならない。部員一同はモエコの力強い宣言に感化されたのか、全員異様なハイテンションで稽古を行っていた。

 お友達たちの中でも教頭は現時点で唯一モエコとの接触を許される立場の人間だった。彼は教師という特権を使って演劇部を応援すると称して度々モエコのところに来た。教頭はどうにかモエコの気を引こうと必死だった。毎日モエコのところに来ては稽古を見学すると称してモエコを見張り、そして大げさに彼女の演技を褒めた。部員たちからどうして毎日稽古を見学しに来るんですかと質問されると彼はそれだけ君たちが注目されているからだと言ってごまかした。

 教頭は実は今でも心の奥底でモエコに演劇などやめさせたいと思っていた。彼は彼女の処女の体に他人の手が触れることに耐えられなかったのだ。だから彼は今まで演劇部にはあまり足を運ばなかったのだが、しかしモエコに自分の他にお友達がいる事が発覚し、しかもそれが自分より若くてハンサムでしかも金を持っている男だったので、放っておいたらモエコを奪われてしまうという危機感を感じたのだ。だから教頭はモエコが他の生徒に触られるのを見なければならないのを我慢してまで演劇部に足を運んでいた。

 彼は目の前で必死に稽古するモエコを見ながら彼女との近い将来を妄想していた。ああ!自分は彼女のあしながおじさんになるのだ。今は自分の気持ちを押し殺してこの少女を支える事だけ考えるのだ。そうすれば彼女はいずれ私の善意に感謝して胸に飛び込んでくるだろう。その時私とモエコは一つになるだろう。そしてその時は近い。


 そうしてモエコたちが県大会に向けて毎日稽古を続けていたある日の事だった。稽古が終わりモエコたちがが下校しようとした時、一つの事件が起きた。モエコたち演劇部員と彼女たちを見送るため顧問と教頭が校門に近づいた時、校門の前に一匹の豚、いや人間が立っているのが見えた。するとモエコが男を見るなり駆け出して「何やってんのよ!こんなとこまで来るんじゃないわよ!家どころか学校にまで押しかけて来て!」と叫んだのだ。そのモエコの叫びを聞いて教頭を先頭に他の人間も駆けつけて大丈夫かと彼女に聞き、そして男に向かってなんの用だと問いただしたが、男はブヒー!と喚いて豚みたいに鼻を鳴らして車で逃げてしまった。顧問は彼女を心配し、あの変質者を訴えようかと言っていたが、教頭の方はモエコと男のやりとりに何か腑に落ちないものを感じ、目の前の彼女を問いただすように見た。顧問はもう一度モエコに言った。

「モエコ、あれは明らかに変質者だぜ。警察に訴えた方がいいんじゃないか?」

「大丈夫よ。実は彼とはちょっとした知り合いなの。お世話になってるしいい人なんだけど、ちょっと変わってる人なのね」

 お世話になっている?教頭はこのモエコの言葉を聞いて愕然とした。ああ!まさかモエコの奴はあんな豚とまでお友達関係を結んでいるのか!彼の中で一気にモエコのイメージが汚れていった。御曹司だけじゃなくてまさかあんな豚とも自分と同じように一緒にテレビを観て金をもらっていたのか。ああ!モエコは金のためだったらあんな豚とでも一緒にテレビを観るのか!この淫売娘め!破廉恥娘め!無意識の売春婦め!お前みたいなのは座敷にでも閉じ込めて徹底的に躾てやらなきゃならんのだ!彼はモエコに向かって叫んだ。

「桧山君!君は明日から演劇大会が終わるまでずっとウチの寮に入るんだ!これは君が演劇のために邪念を追い払うために必要なんだ!いいかね!君は全国大会に行きたいのだろう!だが全国大会に行くためには君は毎日ぶっ続けで血のにじむような稽古をなければならないのだ!これから大会中は寮に入って一日中演劇に取り組み給え!早速私が校長に言って許可を取るから、うちに帰ったらすぐに荷造りしたまえ!」

 モエコは勿論、その場にいた者たち教頭がこう怒号に近い調子でがなりたてたのでビックリした。モエコ思わず教頭を見つめてハッとした。彼女はそこに一人の熱血教師を見たのだ。ああ!そうだわ!この人の言う通りだわ!全国大会で最優秀賞を取るためにはぶっ続けで稽古しなくちゃダメなのよ!ああ!彼女はこの男に初めて尊敬の念を覚えた。今まで土下座することしか脳のない男だと思っていたのに。モエコはすっかり感激して教頭のそばによると目を潤ませながらその手をとった。

「ああ!先生ありがとう!私明日から寮で合宿するわ!いいえ、私だけじゃない!演劇部のみんなも合宿するわ!みんな、全国大会の最優秀賞目指して明日からもう特訓よ!」

 教頭はこのモエコの言葉に心底感動してしまった。よく考えればあんな高級車を乗り回しているデブと御曹司に比べると自分ははるかに貧乏だ。それでもモエコが自分のそばにいてくれるということはやはり自分を一番大事な人だと思っているに違いない。彼はモエコの手を固く握って頑張るのだと声をかけた。

 演劇部の面々はモエコの言葉を聞いて顔を見合わせた。なんで俺ら私らまでと思ったが、モエコがあんまりにも一人で盛り上がっているので逆らうわけにもいかず同意せざるを得なかった。


 モエコはその後自宅に戻ったがどうやら地主のバカ息子は来ていないようだった。さっき車に乗ってそのまま自宅に帰ったようだ。彼女は家に入ると早速両親に明日から学校に泊まるからと言ったが、両親はちゃぶ台に広げた地主から借りた土地に建てる予定の店のものらしい設計図に夢中になっていて、モエコの話をろくに聞かず、めんどくさそうに空返事をするだけだった。

 彼女は部屋に入るとすぐに合宿のためにパジャマやら着替えやらをバッグに詰め込んだ。そして押し入れを覗いていつもお友達から貰ったお金を入れているアルミの大きい箱からお友達から貰った金を全て取り出そうとしたが、彼女は合宿に多額の金額など必要ないと思い直し少しだけ持ってゆくことにした。両親にはうんざりするぐらい金を渡しているし、しかも今では地主のバカ息子からももらっているのだ。わざわざ自分の押し入れを漁って金を持っていく事はないだろうとモエコが考えたのである。

 彼女その時アルミの箱に札束と一緒に入れてあるお友達からお金を貰う度につけている家計簿みたいなノートを見て感慨に耽った。小学校から今までよくやってこれたものだ。しかしこの小遣い稼ぎももうじき終わりになるだろう。しかしそれでお友達との縁が切れるわけではない。私たちの絆は未来永劫続いてゆくだろう。彼女は押し入れを締めるといつものように壁のシンデレラの衣装と絵本に祈りを捧げた。


 財閥の御曹司の画家は先にも説明した通り世界中を放浪した後、九州地方の火山地帯にあるこの辺鄙な地方都市に辿り着いた。彼が何故この地に来たのかは今のところわかってはいない。だが彼と近しい人の話によれば、彼はよくこう言っていたらしい。「東京の少女には神秘性ってもんがないんだな。あんな淫売みたいなガキ共をモデルにしたってろくな絵は描けねえよ。俺の描きたい少女ってのは田舎のウブで純粋でだけど妙に背徳的で、そうバルテュスの描く少女みたいなものさ」

 そんな彼がモエコに出会った時どれだけ歓喜したか想像にかたくはない。彼は町の駅前でテレビが見たいと誘ってきたモエコを見た瞬間これぞ自分が探していた少女だと思った。だが不思議なことに彼は今までモエコをモデルに絵を描いた事は一枚もなかった。しかしその理由は呆れる単純である。単純にモエコがじっとしてるなんて嫌だと断り続けたからである。御曹司は今アパートでモエコの事を思い浮かべ、やっぱりあの時交換条件としてヌードを描くことをモエコに約束させてよかったと思った。彼は今この時を逃したらこの青春の果実を二度と描くことも、そして頬張ることも出来ないと思ったのだ。彼には演劇大会などどうでもよかった。むしろモエコたちが県大会で落ちてくれる事を祈った。そうすれば予定より早くこの青春の果実を食べられるからだ。


 地主のバカ息子はいつものようにモエコに会いに来たが、両親から彼女が演劇大会のために合宿に行っていると聞かされ怒り狂った。モエコちゃんが僕ちんを避けてるブヒ!と喚き散らした。モエコの両親はそんな彼を宥めるためにモエコの部屋に泊まらないかと言った。すると彼は急に上機嫌になり、ブヒ!これから僕ちんこれからモエコの部屋の警備員になるブヒ!と言ってしばらくモエコの部屋で寝泊まりするとモエコの両親に言った。

 彼はモエコの部屋に入った途端シンデレラの衣装と絵本に飛びついて舌なめずりをした。そして次に押し入れを開け布団に飛びついてモエコの匂いをかごうと鼻を開いて思いっきり吸い込んだ。地主の息子はふと押し入れの中に大きいアルミの箱を見つけた。彼はその箱の大きさからそこにモエコのおもちゃの人形があると思った。地主の息子はモエコちゃんどんなお人形持ってるんだろうと涎を垂らしながらパカっと開けた。


 稽古中のモエコのところに顧問がやってきて、例の男が校門にずっと立っているんだがどうしたらいいと聞いてきた。しかしモエコは県大会まで近づいているし地主のバカ息子にあっている暇などないので帰ってもらえと顧問に言った。それで顧問は校門にいる地主の息子にモエコは今忙しいと伝えたが、彼は無表情のまま何も答えず大人しく帰って行った。




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