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自分探しの旅

 自分探しのために会社を辞めた。上長に辞める事伝えた時、なんで辞めようって思うのって聞かれたから、私は素直に自分探しがしたいからって答えた。したら上長は鼻で笑って自分探しなんて今時流行らないよなんて言ってきた。私はその上長の言葉を聞いてカチンとして、どカチンじゃなくてハンマーで頭カチ割ってやろうとカバンを探ったけど、すぐに冷静になって別に流行りとかじゃないですからと言い返すだけに留めた。

 その通り。私の自分探しは流行り廃れの問題じゃなくてより実存的な問題だ。自分を知るって事は私のいるこの世界を知る事だ。何故なら人は結局自分の目でしかこの世界を見れないからだ。

 自分とはいったい何者だろう。私は自我に目覚めた頃からずっとそれを考えていた。私は自分とは何かを知るためにまずは人類の歴史を調べ尽くし、自分とは何かを知るために動物園に行って私たち人間の祖先である猿を観察して自分とは何かを究明しようとした。だけど全くダメだった。

 やっぱり自分を知るには直接自分のルーツを尋ねなきゃいけない。私は自分のルーツを知るために早速遺伝子検査サービスに登録し、綿棒で取った口腔の粘膜をアメリカにあるセンターに送った。その三週間後に検査結果を知らせる通知がきた。検査結果は通知の中のURLで確認できるらしい。

 私は早速検査結果を確かめようと通知のURLをクリックした。するとGoogle Earthみたいな画面が出てくるではないか。私はいよいよ自分のルーツが明かされる喜びと、そして激しい緊張感を持って見守った。

 その結果は全く私の想像を全く裏切るものだった。私は当たり前だが自分を純度100%。蒸留水よりも純粋な日本人だと思っていた。親はいつも弁当はご飯に梅干しってぐらいこだわりを持つ人だった。だから私も素直に純度の高すぎる日本人だと思っていたのだ。だがGoogle  Earthのパチモンの中の私のDNAの図形は日本を遥かに超えて世界中に広がっていった。私の日本人度は純度100%どころじゃなくてわずか20%しかなかった。その他のDNAは世界中の至る所に撒き散らされていたのだ。私のDNAは日本を始め朝鮮半島や中国。それからシルクーロードを超えてヨーロッパ全域。さらには太平洋を渡り南北アメリカを突き抜けて、挙げ句の果てには南太平洋の諸国家まで世界のほとんどすべての地域をカバーしていたのだ。

 この事実を知ったらもう会社なんてどうでも良くなった。自分のルーツを知って本当の自分が知りたい。そんな思いが募りすぎて爆発しそうになってしまった。だから私は会社を辞めて自分探すために世界へと旅立ったのだ。

 私は世界に旅立つ前に赤ちゃんの頃から就職するまでのすっぴんの写真を集めた。メイクの写真は私じゃないように思えたからだ。そうして集め終わって一つのアルバムにまとめてから最後にカメラで今のありのままの私を撮った。すっぴんの私はあまり見栄えがしないけど、これが本当の私だから。

 まずはお隣の韓国だった。本当は北朝鮮にも行きたかったが、入るためには特別の手続きが必要らしくてそれで断念した。私はソウルに着くと早速あたりを歩いている現地の人に私の写真を見せてこの人を知らないかと尋ねまくった。だけどみんな写真に写ってるの全部あなたじゃないですかなんて返してくる。ああ!もう違うのよ!私が探しているのは私じゃなくて本当の私なんだから!

 次は中国だった。本当はチベットやウイグルにも行きたかったけど、行ったら命が危ないので辞めた。私は北京に着くと早速あたりを歩いている現地人に私の写真を見せてこの人を知らないかと尋ねた。だけどみんな写真に写っているの全部あなただって返してくるじゃないか!なんで韓国と同じなのよ!あなたたちふざけてるの?私は真剣に自分を探しているのよ!私が天安門で現地人をキツく叱り飛ばしているとお巡りさんがやってきた。誰かが私をスパイだと通報したらしい。私はすぐに拘束されて取調を受けたが、私が涙ながらに自分を探しに北京に来たことを話すと、お巡りさんは私を憐れんですぐに私を釈放してくれた。なんていいお巡りさんなの!私の自分探しを理解してくれるなんて!独裁国家にも人間らしい人はちゃんといるんだわ!

 三カ国目はインドだった。インドはすべての生命の源であるガンジスの川が流れる場所。ここだったら本当の私に会えるそう思ってきた。ニューデリーに着くと私は早速あたりを歩いている現地人に私の写真を見せてこの人を知らないかと尋ねた。するとその現地人はガンジスに行けば会えるだろうと教えてくれた。私は早速ガンジスに行ってそこの現地人に私を知らないかと尋ねた。するとその現地人は笑いながら川を指差してあそこにいると言った。私はついに私を見つけたと喜んで川を見たが、そこに流れているのは死体じゃなくてなんとダッチワイフだった。私は頭に来てそいつをガンジスに放り込んでやった。


 それからも私の自分探しは続いた。私の旅は世界を股にかけ、さらに時さえも超えた。私は西部開拓時代のカウボーイに私の消息を尋ね。三国志の孔明にも同じように尋ねた。だけどみんなそれはお前じゃないかと決めつけた。ああ!一体本当の私はどこにいるのか!私はさらに時を超えて私を探した。ホモサピエンス、ネアンデダール人、猿、恐竜、爬虫類、両生類、魚。だけど誰に聞いても本当の私の行方はわからなかった。私はこの事実に激しく絶望した。ああ!あのDNAの検査結果は嘘だったの?本当の私は世界中に広まっているんじゃなかったの?私はたまらずシダを歯を引きちぎって絶叫した。動物のいなそうな地上に私の絶叫だけが虚しくこだまする。しかしその時突然天から本当の私の声が聞こえてきた。

「本当の私はここにいるよ」

 本当の私の声と同時に空に指が浮かんできた。私は喜んでその指の指し示す方へと全速力で駆けた。

 指は小さな茂みの中央を指差していた。しかしそこを見ても誰もいなかった。私は天を仰いで本当の私にあなたはどこにいるのと叫んだ。すると指が地面近くまで降りてきてこことばかりに強く指差した。私は恐る恐る地面を見た。

 地面に一匹のゴキブリが這っていた。まさかこれが本当の私?こんなゴキブリがこの私?あまりにも悍ましくて涙ぐみながら指を睨みつけたが、指はなんとその私に向かって上機嫌にグーサインをしやがった。私はその自信満々なグーサインに頭に来て指にゴキブリを投げつけて叫んだ

「お前ふざけんな!本当の私がこんなんであるはずねえだろ!」

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