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『欲の涙』(①)


逆転

 暑い日のことだ。「歴史的」猛暑の東京都。気になるよな、歴史っていつから遡ったモンなのかさ。

 オレの事務所でホストモン二人と野球賭博をしていた。二人とも、色白だ。

 酒を受け付けない体質なのに、飲めないのに飲め、と圧がつねにかかっているように、青白く映った。ウンザリしているのだろう。気が休まらないのかもな。

 笑顔は絶やさないがしんどそうな様子。コイツらの真の姿は、憂うつなのかもしれない。明るい世界は「ガマン」によって支えられているのかもしれない。

 ーーそこで逆張りですか?
 ーーああ、時に「負け予想」をするのが賭けのテクニックみでもあるからな
ーー珍しいですね。基本は順張りなのに、ともう一人のホスト者。
 ーー順張りしすぎもつまんねえよ

 それから3時間が経った。オレたち三人は野球.見入っていた。打つたびに大声を上げては、ゴロだとホスト者はブチ切れる。賭けにむいていないな、コイツたちは。


 ところが、今日はオレだった。予想を外して、内心では気を取り乱していたのは。

 逆転ホームランで、ホスト者が順張りで賭けてた球団が、勝ちやがった。決勝戦。オッズのレートは高めに設定した。

 オレはマイナス15万円。ホスト者は、7.5万円ずついただきます、と。

 チクショウ

 といっても、博打ばっかやっていると、この額が手痛いのか、軽傷なのか分からなくなる。鈍るんだよ。

 ーーったく、と舌打ちしながら言い放って、オレは外に出た。相場感は別として、負けたことに腹を立てていたからな。

 気分転換だ。出てすぐに目を疑ったよ。

 10代の娘が、どこの馬か分からないホストにブン殴られて、倒れていた。

 ーーやりすぎだろ、兄ちゃん
 ーー掛け金バックれるほうが悪いですよ
 そう言い残して、どこかへと消えた。どこだかは分からない。別の女を見つけては、ボコボコにして掛け金を回収するのだろう。

 女の顔は晴れていた。病院行くか?と声をかけても、保険証ないからムリ、と。
 ーー近くの公園で休んでいきなよ。手当てキット、持ってくるから待っててな
 と、オレは事務所に戻ってから、その娘に渡そうとした。

 が、いない。消えたのか、また別のホストにーー知らないところでーーブン殴られているかの二択だな。

 見慣れたよ

 違和感のない光景に同期していると思える、オレが正気なのか、それとも狂気に染まっているのか、確かめたくなる時がある。

 映画・アニメで、よくあるだろう?つねって現実か確かめるワンシーン。つねって、痛いのなら正気。違うなら、イカレている。

 分かりやすい判断材料があれば、楽なのに。

 感覚が世の中のそれと違って、鈍るんだよ。こんなことはしょっちゅうなんだ。非日常が日常だ。

 よくあるハナシ、この街じゃ。

日常の狂気

 マヒしちまう。対外的にあえて見せないようになっている、見ないようにしているだけで、耳を塞ぎたくなるような事件は、毎日のように、この街じゃあるんだ。ここまで来ると正常な判断ができない。

 というか、善悪の判断とは何か――。といった具合に、そもそも論に回帰するのがオチだ。

 極悪なのは、悪事を働いているガキどもなのか、クリーンなフリをした大人たちなのか。もしくは、異常性に支えられていないと、この街は回らないのか。

 考えたらキリがないだろう?

 オレが見ているのは、パッと見では分からない、特有な世界の絵図だ。

 その絵図の一コマは事務所だ。話すが、身バレは伏せたい。

 最小限のことだけになるが許してくれ。都内某所。日の当たらない、安っぽいマンションの一室。

 ここがオレの事務所だ。この地域で利便性が良ければ、普通なら10万円以上の家賃でもおかしくない。というか、それくらいが妥当だ。

 ところがオレは、その半値で借りられた。奇跡かって?そんなわけない。「ワケあり」な物件だ。とはいえオレにとって、いや、この稼業にとってはありがたい「ワケあり」だった。

 窓がない――。

 正確には元々あった窓を、前に住んでいたヤクザモンが取っ払って、日曜大工で外の光を遮断し、人に見られないよう、ひと仕事したみたいだ。

 そのヤクザモンは事務所として使おうとしていたらしい。

 韓国人女性の大家は、このウルトラC級なDIYにブチギレた。おかしいと気づいて、大家は通報。その組員は生活保護の不正受給をしていたのが明るみになった。

 にしても、だ。

 ここの大家は、アウトローだろうとお構いなしにキレるモンだから、話を聞いただけでもヒヤヒヤする。うまくやっていけるかがネックだった。

 この業界では「肝っ玉大家」と呼ばれている。それだけ不正や、曲がったことが許せないタイプ。だが、オレには妙に優しくしてくれた。

 探偵なんてオブラートに包んでいるが、実態は非弁行為――弁護士資格がないと違法な業務など――に抵触することなんてしょっちゅうさ。

 じゃないと事件は解決しない。

 詳しくは追って話す。そんな探偵業を営むヤツに、真っ当な大家なら、事務所なんて貸してくれるハズがないだろう?例外を除いては。

 肩身も狭い業界さ。非弁行為をカマすのは探偵だけではなく、意外とホストだったりもする。もちろんヤクザモンも。細かく挙げたらキリがない。

 おおまかに、オレら探偵のような「介入」商売と水商売、はみ出しモンの間で流通されている、物件貸し手の名簿がある。

 そこに載っていたのが「肝っ玉大家」ってことだ。マンション全体は、ホスト用の寮となっている。右、左隣もホストの住み込みだ。おかげでホストモンとは仲良くなれた。

 物件の話はここまででいいだろう?

 オレの事務所に来る依頼人は基本、誰かに紹介される人が大半だ。個人間のトラブルだったり、公になったら困るトラブルだったり、火消しを目的としたり・・・と。

 要は表だった探偵事務所で解決できない事件を引き受けるワケだ。

 賭けには負けたが、仕事の勝率はすこぶるいい。

 こういう時こそ気を引き締めなきゃいけないのは重々承知だが。今日は火曜日だ。

 残暑を感じさせる、9月の風が心地いい。天気の良さも相まって、やや有頂天になりつつある自分がいる。

 このことに気づけるかがネックなんだ。

 とある有名な議員からの依頼。――消えた娘を見つけ出してほしい。報酬は140万円だ。

 手付金が異例の40万円で、成功報酬で100万円。条件のいいハナシだった。当たりくじを引いた気分だった。

 ところが、だよ。この依頼が泥沼化するなんて、微塵(みじん)も思っていなかった。そんな経緯(いきさつ)をまとめた。

 そうしないと正気を保てない気がしてな。たまにいるんだよ。色んなトラブルに巻き込まれて、ブッ壊れるヤツが。

 ようこそ、よくあるハナシへ。

             (1)了

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