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『欲の涙』(③)

店内

 「お帰りなさいませ、お客様」だなんて言ってくるものだから、調子が狂う。一見だぞ?初めましてからだろ、と言葉の揚げ足を内心では、とっていた。

 こんな店には長居したくない。ヒビキが在籍しているか、確認するだけだ。それ以外の用はない。

 テーラードジャケット服を着た人間がコンカフェにいるのも場違いだ。ましてやオレは30代。周りの客は大体10代後半から20代前半だ。

 内装はゴシック模様。中世のゴシックだろうな、意識しているのは。よく「ゴス」◯◯って耳にするだろう?和製用語のさ。

 そのゴスの要素も散りばめられている。洋のゴシックを取り入れ、日本特有の「ゴス」文化を融合させている感が伝わる。

 古典的な文化と特異な文化を合体させ、新たな文化をつくりだし、発信するーー。この新陳代謝に追いつけるヤツが異常に思えるのは、オレだけか?

 疑問しか抱かないんだ。この店に、溶け込むなんてどだいムリな話だ。早く出たい。内心では違和感しかないワケだ。それなのに、無理やり新たな文化に惹かれたフリをする。

 多少の演技・演出は必要なのは、職業柄十分に分かっている。とはいえ、冷静に考えるとオレは、趣味のおかしなオッさんにしかみえないだろう。内心ではモジモジしながら平然を装うのは、堪(こた)える。

 店内ではかなりテンポの速い音楽が流れていた。BPMは148以上でオートチューンのテクノみたいな音楽――。この手の音楽ジャンルをヴォーカロイドというらしい。後日、ホストモンに教わった。

 音楽も心地悪い。オレはもっとゆったりとした音楽が好きなのだから。さっさと店を出たかった。そう思った矢先に、ポスターが目に入った――ヒビキがメインキャストを務める、ライブイベントが3日後に開催されるのだ。

 ――チケットはまだ残っていますか?とポスターに指を差し、オレは長広く開かれたスカートを履いた、一人のキャストに訊ねた。ガリガリで髪は緑色。

 どうなっちまっているんだ?若い連中は。

 甲高い声で、もちろんです!と返してきた。

 やせ細れるのを越えて、皮膚と骨が一体化しているような、見たところ18歳ほどの娘は、どこからそのエネルギーを発しているのか、気になった。病的なやせ方だ。見ているオレが恐怖を覚えたさ。

――お待たせしました!会場はココ、ミズミです!
 ――ああ、ありがとう・・・1枚頼むよ
――ヒビキちゃんがメインのイベントにようこそ!
 と、異常なテンションに驚がくしながら――金額は1万円と高かったがーー前売り券を買うことにした。もしかしたら、そのイベントがある日にカオリさんが来る可能性もあるのだから。

 店にいても特になにもすることはない。むやみやたらにコンカフェ嬢に声をかけるオッさんがいた。なかなか悪趣味だな、と思えた。一方で、それくらいグイグイ、若い娘に迫るくらいが客としては「普通」なのだろう。

さっきも言っただろう?オレは同じようにはなれない。異常にしか思えないって。

 それにしても寒い。冷房が効きすぎている。長くいても耐えられない。ギンギンに冷房が効いた部屋から出、心地がいい。同時に少し、心寂しさを覚えもする。

 店を出たのは、夕方の五時だった。コンカフェの店員も同じタイミングで、裏のドアから退勤していた。

 何かヒントがあるかもしれない――。野生的なカンを頼りに、オレはその娘を尾行した。その娘は、歌舞伎町の職安通り沿いの、目立たないマンションに入っていった。

 30分ほど何か手がかりはないかと、隠れながらマンションの住人の動きを確かめた。まさか、と息を呑むような光景を目の当たりにした――。60代のオッサンとコスプレをした娘が、手をつないで部屋から出てきた。
おそらく売春宿。

 オッサンに詰め寄りたい気持ちはあったものの、衝動的な動きは機会ロスにつながる。その日は、「ヒビキ、ミズミ、売春宿」。この三つを収穫した。ただ、確信のカオリさんには迫れていない。まずは周辺をとことん調べ上げることに決めた。

残暑の雨上がり

 なにかが手からこぼれていったような喪失感。

 期待が詰め込まれた、気球がしぼんだ感覚だ。オレも長野と同じように疲労が、ドッと押し寄せてきた。37歳、バツイチの男がみっともないことに、歌舞伎町の路上でタバコをフカした。

 「許してくれ」ーー。と街に申し訳なく思いながら、タバコに火を点けた。その矢先だ。ストライキをしている団体の姿が目に映ったのは。その中に長野もいた。

  <オイオイ、いくらなんでも切り替えるのが早すぎるだろう>

 左派寄りの衆院議員。来年の選挙に向けて、労働組合と距離を縮め、活動にも参加しながら娘の不祥事はもみ消す――。本人はさぞ複雑な感情が渦巻いているだろう。

 賃金は上がらず、不正行為がまかり通る日本社会――。この国が機能不全になっていった。ストライキの数を受け、デモに懲罰金を課す政策を施行した。

 逆効果になった。失敗に終わった国策の負の遺産を、清算するには増・課税しかなかった。

「未来人への投資」と銘打った、「子ども手当」の拡充を施工した。ところが、出生率は過去最低の水準で推移。1.05~1.10%と、臨界値の1をギリギリ保っている。バラマキ政策とも批判された。

 国策を推し進めた結果、アドバイザリーボードが、有名企業と癒着していることが明るみになった。広告代理店、コールンターや特定NPO(非営利組織)などとの癒着といった不正が、国民の怒りを買った。

 バラマキに癒着――。

 特に前者のバラマキ分を回収するには、増税と課税しかなかった。10%台まで低下した、内閣支持率も持ち直すには景気刺激策での人気集めしかなかった。

 対策の一環として、「万博計画」を来年に実行しようとしている。

 雇用が増えると喧伝する。日本の各産業界の技術力を見せるショーということで、国民は喜びに沸いた。一時的に。

 会場建設は癒着が疑われていた。それが国民の反感を買った。ただでさえ、貧困にあえぐ日本人が増えている時代だ。国家主導のプロジェクトで、特定の有名企業が大もうけするなど、一般人の怒りの火に油を注ぐようなものだ。

 デベロッパーに広告代理店、人材派遣会社などが揃って談合したと、報道がされていた。もちろん独禁法に抵触する。ところが、この国家プロジェクトをけん引した、税務官は不審死を遂げた。

もちろん自死説が濃厚だ。

 国会審議に問われても「所轄は違う」の一点張りで、何も前進しない。見たことあるだろう?要領をえない、くだらない答弁の言葉尻を取る質疑応答。あんな様子が毎日、ニュースに流れていたわけさ。

 依頼人の長野は、プロジェクトの解明を、一貫して与党に追及した。談合に死亡事件――与党はこれらを上手く交わした。死人に口なし、与党のみが全てを知る事件となった。

国民の生活は圧迫され、真実が闇に覆われる、異常な時代。

 追い討ちをかけるかのように、日本政府は、愚策のかぎりを押し通した。軍事費の積み増しを実行に移した。背景にあるのが、集団的自衛権の先制行使。アジア諸国が、先んじて攻撃するのは認めることに。

21世紀の新冷戦期――。

 依頼人の長野は、国会答弁では猛反発。「軍事大国日本」と揶揄(やゆ)していた。首相は、煙たがっていた。当たり前かもな。「ジャマ」されたって、内心かなりイラ立ってだろうよ。

 議員っていい仕事に思えるよな。

 席に座っているだけで、給料をもらえもするわけだ。ところが、長野は真逆だ。身を削っているように映った。主張が正しい,間違いなんてどうでもいい。とにかく表にたてるかどうかだけ。

 ジャマ者は「消される」だけだ。

 政治って難しいようでカンタンだよ。気に食わなきゃ、あらゆる手で首相の定義する、反対勢力たちをやっつける。

 体力の衰えを感じる。20代の時は、ホストモンと同じく、この街の「更新」に追いつき、先取りできただろう。変則的に感じられる時の感覚にも、耐えられたハズだ。

 ところがしんどさを感じている。今日の時間の動きは、長く早くと、リズミカルだった。そのリズムに徐々に乗っかれなくなるのが、年を重ねた証拠なのかもしれない。

 そうだ。長野と話を進めた時は、時間が長く感じられた。たった1時間なのにな。

 ところが、歌舞伎町にいると時間は倍速のように、早く、目まぐるしく感じられる。この街の代謝に追いつこうとしても、追いつけない。

 生まれてこのかた、一度もコスプレした女性のいる、喫茶店に行ったことはなかった。というか行こうとも思わない。まさか、依頼を受けてヒントを探る先が、コンカフェになると考えたことすらなかった。

 なんだかみっともなく思えるんだ。

 それにしてもだ。長野の体力に驚きを隠せない。

 娘の失踪依頼で、疲労困憊なはずなのにデモでは、先陣を切っている。議員には体力も求められるのだろうな。「ムリ」と分かっていようが、ポーズは見せなければ務まらない仕事だとしたら、オレには向いていない。

 いや、オレも「ムリ」なのかどうかは、賭けでその時の運に左右されている。パフォーマンスはしない――。演出以外は、根本的に長野と同じなのもしれない。


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