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短編小説 『二人の出会いは網棚の前で』


「私達が出会ったのは、電車の網棚の前でした」

参列者はマイクを持つ新郎に目を向けた。

「私達が初めて出会ったのは、忘れもしない4年前の秋の日のことです。私はその日出張帰りで、大きな荷物を沢山持って電車に乗っていました。そろそろ帰宅ラッシュに差し掛かる...という時間でしたので、座席の前に立つしかなく、両手を塞ぐ大きな紙袋がひどく邪魔で、辟易していました。網棚に荷物を上げれば...という声が聞こえてきそうですが、皆さまご承知の通り、私はあまり、というか全然身長が高くありません。普段は網棚に上げるということをしない私なのですが、その日は流石に周囲の乗客の邪魔になってしまう...と考え、両手の紙袋を網棚の上に上げようとしました。ですがもちろん網棚に手は届かず、周りの人は背の小さい私がそんな苦労をしているなんてことに気づいてすらいなかったと思います。そんな中、彼女が横からさっと僕の荷物を網棚に上げてくれたのでした。僕のことなんか彼女の身長からしたら視界にすら入っていなかったはずなのに、です。小さなことにも目を向けて気遣うことができる。私はそんな彼女の、大きいけれど細やかな気遣いができるところに惹かれていったのでした。」

新婦がすっくと立ち上がる。
新郎の身長は新婦の胸ほどしかない。

「新婦のマミでございます。ここからは、私からお話をさせて頂きます。彼の荷物を網棚に乗せた時、丁寧に御礼を言ってくれたことを今でもよく覚えています。そしてそのあとしばらく隣同士で立ちながら電車に揺られていたのですが、彼は急に慌てて私の方に向き直り、声を潜めて話しかけてきたのです。私は全く気づいていなかったのですが、その時履いていたスカートがどこかに引っかかってひどく破れてしまっていたのでした。彼は私にこっそりとスカートが破けていることを伝えると、そのまま何の迷いもなく着ていたスーツのジャケットを脱ぎ、私の腰元にかぶせ、破けたところをさっと隠してくれたのでした。私のことを一番に考えた大胆な姿に、私は頰が熱くなるのを感じました。身体は小さいのに、自分が必要と思うことのためならばいくらでも大胆になれる。私は、そんな彼の器の大きいところにすっかり虜にされてしまったのでした。」

司会の女性がマイクを持つ。

「マコトさん、マミさん、心温まる馴れ初めをご披露頂きありがとうございました。身長差40cmの素敵なカップルに、今一度大きな祝福をお願い致します!」


披露宴会場は万雷の拍手に包まれた。
二人は深々と頭を垂れた。


マミがウェディングドレスのスカートの中で密かに膝を折り曲げていたことと、
マコトが新婦の腰にそっと腕を回してそれを支えていたことは、

大きいけれど細やかで、小さいけれど大胆な夫婦二人だけの秘密である。



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