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解毒!


★私がこのタイトルでいいたいことは、犠牲を払えばそれなりに回収コストがかかりますよ、という話です。

よくありがちな我慢すれば、的な発想も、結局その傷をどこかで何らかの形で膿出しが必要になりますってワケです。

ちなみに近所の友人は、我慢の人を自称している(かなり心配。。)けれど、生活リズムがガタガタです。

私は警戒心が強いので、親まで見ていることが多いんだけれど、結局家庭内で我慢強いられていると、どこかで歪みがあるのでは、と思う派だから。

私の幼馴染は、親からプレッシャーをかけられ、激しく勉強を強いられていました。良い子だけれど、学校での沸点が不明かつ怒りが想像以上なことが多々。喧嘩した友人は怒り方に困惑していました。私はその子の地雷を把握しつつも、そこはかとない闇深さを垣間見ました。

是非はともかく、結局回収コスト(粗大ゴミみたいな)がかかるし、それを惜しんでは解毒はうまくいかない、或いは中途半端に終わるのでは、と考えます。

今日はそんな、明らかに暗そうな話題を、最近嬉しかったこと、に絡めて記して中和とします。

最近、12年ぶりに幼馴染と再会しました。先程書いた勉強の子(以下A)ではなく、趣味に生きる子です。(以下B)

なんでこんなブランクが空いたか?それは趣味に生きる子だからです。趣味に生きたい反面、その子ほど器用ではない私は、色々我慢の上勉強することが最短距離なんですね、、

趣味に生きることは素晴らしいながら、その子といると(めちゃくちゃ楽しい)遊んじゃうな、と自分を律した結果、こんなに間が空きました。

正直、妬ましい層もいたと思います。
現に先述AとBは仲が良くありません。
まるで正反対の状況ながら、類似キャラだからということもあるからかな?

私が感じたことは、楽な道はないことです。
いや当たり前だが、要は最近要件が変わってきていると感じていて、
それは従前の学歴など、より実力やストレス耐性みたいな話がより大部分を占め始めたから。

10年前ならペルソナスペック相撲でABが戦えば、多分Aに勝負あり。

けれど、今はそうとも言えません。

ペルソナ的にAが仮に勉強ができてもストレスにめっぽう弱ければ、医療費もかかる、昇進評価諸々なら先のone of them に成り下がるなではないが、類似のペルソナ、要はライバルが多いなど職場環境に不利な要素もぱらぱら。

勉強が必要ながら紙飛行機時代になりつつあるなと本気で感じます。

一方、ペルソナBも手に技能があり、食い扶持にできてストレス耐性があれば、専門性生かしたonly one 人材ならば人間関係トラブル(職場ストレス主因)には巻き込まれにくいかも?という話。

要はトントン相撲ですね。

その辺りの時代の変化を鋭く捉えて、自分の生活に活かしていくこと、が私の定義する潮流読み、だと思っています。

Bさんこれがすごくて、12年前から某SNSに自分の暮らしぶりをほぼ日記録していました笑 すごい。

★ここでいいたいことは、本音を言うことは難しいことです。

特に最近は色々厳しいので、配慮が体感3倍は必要です。

その中で、ぽろっと本音を旧青い鳥が伝達してくれるなんて貴重だと思います笑

12年前はSNSはスマホ中毒になるから毒みたいな感じもありましたが、
今や活用できない、うまく付き合えない方が不器用的な世界です。

数万の投稿をまとめたら、軽い自叙伝ならぬ
文学にできるのでは?すら思います。

どうもその子曰く、フォロワーが増えると当たり障りないことしかいえない、とのこと。

なるほど、本音を言うには条件があるわけで、自分でなんとかできる点、どうしようもない点仕分けて、は前者は操縦したいものです。

わたしにとっては本音は旧青い鳥(アカウントはありますがrom専)より、このNoteで、活用しています。

さて、なぜこんな話をしたのでしょう?

現に私の投稿たちに、中学より前の話はたくさんは書いていません。
個人的に人生中学から、みたいな感覚があり、就職活動でも話題にして差し障りないのは中学からぐらいだろうと体感思います。

それは、とあるきっかけで、小学校の通知表、写真(保管してくれた母に感謝)を全て見直すことが夏にあったからです。

6-8月に2つも病気にかかり、辛い日々でした。
しかし、外に出れない分、
自己分析的な課題により本格、本質的に取り組むようになりました。

そこで普段ならちゃちゃっとすませる価値観の変遷ワークを大真面目に取り組んだ結果、というワケです。

さて通知表、当時成績がよかった私は、数値しか見ていませんでした。
しかし、今回は担任の先生からの数行コメントをメインに振り返りました。

やはりあったのは、
寡黙です、ということ。
言語化が弱いこと、でした。

このnote読者(+大学の同級生)は信じられないかもしれませんが、寡黙でしたし今も寡黙です。地は寡黙です。
給食でも周りになぜ話さないのかと言われ続けました。

1週間黙るの余裕です。
人と話すの苦手ですし、ぼっち飯が大好きです。

では、少なくともnote上でなぜこんなに身の上話をぺらぺら話すのでしょう、、?

理由は高校時代にあります。(2010年代)

★私が高3で感じたのは、寡黙は損すること。
理由は時代の潮読みで、寡黙常勝時代から、言うべきタイミングを図って言える人が強くなってきたからです。

言語化スキルつけなきゃなあと思い、数打てば当たる人海術作戦に出たワケです。

ちょうど良く、私は高校で英語を勉強していました。

…?
皮肉です。

寡黙な私には話し相手はいません。
ただ話すことは好きでも、人と話すことすら嫌い(面倒な性格)なので、あまり意味がありません。
宝の持ち腐れ、、
バッシュだけコレクションして、バスケしないようなもんです。

そこで、青い鳥では相手がいないのでログイン不要チャットで外国人とチャットしていました。
それと、写真(趣味)の投稿サイトに英語でキャプションを書いていました。

しかし、やはり生身の人間のコミュニケーションとSNSは異なります。

是非はプロコンあるのでともかく、情報量が多いのが苦手な私は、前者はすぐに怯んでしまいます。

うん、英語以前だ。
TOEIC895(高校)でも、話す偏差値は20だな。

これを機に、大学ではたくさんのアルバイトとコミュニケーションに励み、ただ時期を限定し、4年でやめようと思ったという経緯です。

黒ひげ(ゲーム)みたいなものです。
反応は刺してみないとわからない。
当然全員が好反応な訳はない。

忘れないようにしたいのが、2014近くまでは体感は寡黙常勝時代ということです。

損してまで話に行く必要はないと私は思います。そもそも明るいイメージをつけられること自体個人的に不快なので、
だったら、損は割り切りに割り切り、
4年は走り抜く、その後1年は予備時間、
寡黙な強かゲーマー私はこう考えました。

★しかし、俗に言うコミュ力をつけるためのこの経験が、皮肉にも
旧寡黙常勝国日本では、まだまだ受け身にはかなりの意味があると痛感させ、私の寡黙ぶりに拍車をかけることになります。

話がそれましたが、通知表には何年か(3.4.5)お友達から信頼されています、と書いてありました。(6年生は諸々受難で人生の分岐点でしたがその話は今度にします)

いずれにせよ、うん?友達がたくさんいた記憶はないぞ?
?が私の印象でした。

しかし、今なら明らかにわかるのですが、友人の多さが信頼度合いに比例しているわけでもありません。

私は要はドライで(人と話すのすら嫌い)、それが功を奏したと感じます。
具体的に、何かあっても人の肩を持たないで事象を見て判断する公平さ、がその信頼を勝ち得たと思い直しました。

長所と短所は表裏一体ですね。

★1.寡黙
 2.信頼
 3.ミスが少ない

これが6年間の通知表に共通項でした。
あまり嘘がないと思えた理由は、6年間先生があまり被っていないのと友達がたくさんとはどこにも書いてなかったからです。

おや…???
今と正反対だぞ、、
(多弁、特に友人から信頼はあまりない、ミス多い)

要は多弁は自分に不向きなんですね、、
先ほど日本では寡黙常勝ではないにせよ、
受動が強い話をしましたが、噛み砕くと
“能動に怯む人”は体感結構います。

そうなると、自分に興味を持った風に見えたのに実は違った、(私なら黒ひげしてるだけ)ということに必要以上に深く傷つき、もう信頼しないぞ、と拗ねこむ層が体感まだまだ多いというのが非常に濃い収穫でした。

うん、実は6年生(受難)で黒歴史認定して奥底にしまい込んでいた、小学校の思い出は、1-5まではかなり楽しかったのでは?

理由は色々ありつつも主因は私の最大の特徴の寡黙さをプラスに取ってくれているからです。

後でまた書きますが、
偶然私の周りにいた人たちの前提だが、人柄レベル、は体感大学→小学校→中高です。

当たり前ですが、偏差値には比例しないのは明らか。最高値の中高は最低帯です。(悪い人ではないけど)

★これが私の話したい、犠牲と解毒の話です。

具体的な話には触れる前に、折角なので幼馴染Bの話をしたいと思います。

さて、SNSに記録しているBの暮らしぶりは私とは全く異なるものです。

しかし、その子の話からはいかに私が自分が視野狭く、これが進むべき道なんだ!と自ら選択肢を狭めていたかを痛感しました。

こんなに悔しがる理由は、そもそも選択肢を広げるために歩んだ道が、
道中、実は精神面においては視野を狭めやすいトラップがあったことに2023年まで気付けなかったからです。

双方視野を広くできればいいのですが、
まあ私はそんなに器用ではありません。

これは、私が大学時代ハマった海外も似たことです。
海外では全く違う常識で、異なる国籍の方々が暮らしています。
日本にいたら当たり前が、当たり前ではないことに気づくことで、非常に解放感がありました。
ちょっとだけB(日本で趣味に生きる)の暮らしを聞いた時のそれに似ています。

このクセになる解放ぷりが、特に責任感が強く真面目な人の心を軽くさせ、言葉悪く言えば麻薬だと感じます。

麻薬だと思う理由は、やはり前提日本で暮らしている以上、無理なことがあるからです。

無理なことがあるのに言語の壁同等に、個人の努力で頑張ればなくせると思ってコストをかけてしまいがちなトラップが仕掛けられていることに気づかないこと、が私が定義する麻薬(悪循環)です。

一例は、仮にアジアの人に対してよく思っていない層がいたとして、嫌悪は1人の人間には払拭しやすいものではないことがあります。
更に日本の感覚(恵まれている)でいくと、多々失礼になることがあるのでは、と感じます。

これ以上深堀は避けますがともあれ、
必要なのは言語化なのにひたすら英語やその他言語の文法を頑張る(以前の私)みたいな、
ちぐはぐな頑張り方による本質に対する脆弱感が、立場を危ぶませると思っています。

兎に角、Bとの再会は、私にとって良い影響と強いインパクトを与えました。

しかし、海外の二の舞にはさせないよう、陥りやすいであろうトラップに対して鋭敏な感覚を持ちたいです。

さて、中高の部活動は責任のない職場のような人間関係でした。
★私が徹底していたのは、観察眼を鍛えて不利な状況にならないように頭を使うこと。

One of them 、要は似たような人がたくさんいる中で、うかうかしていると容易に不利、劣勢にになりうるワケです。

何というかこれをしないと生きていけない状況でした(退学者もいた)

★しかしこれ、今、役には立つ一方で、本質的な思いやりとは程遠い、我が身ファーストな構え方です。

★つまり私は、処世術ではありながら自己防衛はガチガチに鍛えた一方、人への本質的な思いやりは成長なしというのが、中高で払った犠牲です。
そしてこのことには、解毒が必要です。

その鍵になるのが小学生時代でした。こう考えたら縁であるのだなあとしみじみしてしまいます。

因みに、タイミングよく先日お寺さんの話を聞きました。
★要は、目に見えないから、無視をしない。という趣旨の話。

確かに私も、私にはそちらの交友関係はわかりません、などと把握し得ないものを切り捨てていた過去がありました。

昔の友人(-大学)に会っても、反応を考えるのがだるいなあと思い、縁を遠ざけたことも何度もありました。

解毒はどうするのでしょう?
私は2つあると思っていて、
1つは、自分が身につけたいことを受け身として体験すること、
2つ目は、膿出しそのものです。
後でも書きますが、特に2つ目は人それぞれ定義があると思います。
人に聞いてもらうことで、解毒できる人(私はこのタイプ)人に聞いてもらい、なおかつ反応もらうことで、解毒ができる人、紙に書いて解毒できる人、ブログに書いて解毒できる人、人により合う方法は様々です。

1つ目に関連して、再度、幼馴染Bたちに登場してもらいましょう。

5年前と10年前の事なのですが、現在のこのSNS時代だからこそできるとてもうれしかったことが2つあります。

1つ目は5年前のことです。2018年。
私の誕生日の近くにとある小学校が同じだった友人からFacebookで友達申請がありました。
そのこと自体もうれしかったのですが、もっと嬉しかったのは、その子のプロフィールにある投稿です。
ずっと探していたの時すごく遊んでいた。このFacebookを見つけてすごく興奮している。嬉しいと言うもの。
これは別に私に向けているわけではなく、数日前に投稿されていたもので、私はこれを見て嬉しくなりました。
なぜなら、先ほど本音は難しい、と書きましたが、そういったポロリと出る誰に向けて言ってるでもない。本音が1番嬉しいものだからです。

2つ目は更に遡り10年前のことです。2013年。
先ほども書きましたが、幼馴染Bは12年前から某SNSにずっと自分の生活を割とまめに記録しています。
その中で、小学校時代仲が良かった友達はすごく良い子達だったと言うツイートがありました。私も仲が良かったので、この誰に言ってるでもない。ポロリと出た本音ツイートにすごく嬉しくなりました。

★話を若干広げすぎかもしれませんが、思いやりとか優しさといったものの本質は2つのような出来事にあるのではないかと感じました。
また自分がそう言ってもらう立場になるというそう沢山はない機会に私はとても喜びました。

はたと振り返るのは、さて、自分はこのように言いたくなる人はいるのだろうかということです。
正直、あまりいないです。

なぜなら、先述の通り、私は思春期、つまり中学校高校は我が身ファーストで不利な状況、不利な立場にならないよう頭を使うと言うことを徹底して行ってきたからです。

同期であれ、有事にはどいてもらう、なぜなら、one of them (似たような人が集まる状況)な中で、油断するとすぐ不利になってしまうからです。

心から楽しい居心地が良い落ち着くなどと言う感覚はあまり感じることもありませんでした。なぜなら生き延びるため、常に戦々恐々としていたからです。

このことが私が解毒するべきことであり、目下偶然、鍵となったのが、先程の小学校の友人たち(含む幼馴染B)です。

★私は今まで受難だった6年生の時のことに囚われ、その前の学年前の学年、5年生までは楽しかったこともあったのに、それをほとんど忘れて悪い面に執着してしまっていました。

これは、小学生の時に限らず、今の自分にも言えるのではないかと感じています。
そして反省しています。

何かあったときに悪い面にばかり囚われ、良い面を見逃してしまう。

よくよく考えると、これは自分が大学生の時に参加したインターンシップでも、とある会社の社員さんがこの傾向を持ち上司から直すよう諭されたと言う話をされたことをふと思い出しました。

特に自分は何もなくても策に溺れる事もある位の生粋の戦略家なので、
より、純粋に感じる純粋に気持ちを出す純粋に自分の気持ちを言語化すると言うことを滅法やってこなかった方だったと思います。

それが、某SNSのピュアな本音に思わず救われた。まるでコンクリートの上で紋黄蝶を見つけた気分です。

ところで、先ほど出てきた幼馴染Bは最強になりたいんだそうです。
私は、最初??という感じでしたが、
今は大変よくわかる気がします。

その子の言語化能力は、寡黙だった私からしたら小さい頃から尊敬ものでした。
私は特に自分の気持ちを言葉にしていえないことも多く、あぁそうそれがいいたかったのと感じる場面は多々あったと思います。
みずみずしい言語化能力に憧れていました。

最強とは?
まあ本質的に無敵になる必要はありませんが、ここ数ヶ月、折角自己分析をやってきたので、これまでの人生分析から今後最強になるためのヒントをもらえるだけもらおうというのが私の考え方です。

そこで本当はもっとたくさんありますが、私が感じる大切な3点を厳選しました。

1.時代の潮の流れを読むこと。
これは幼馴染ABの話でも出てきましたが、時代はかなり変わってきていて、昔よりペルソナとして甲乙などをつけがたい部分が増えてきていると思います。これから時代がどうなるか何が有利で何が不利になっていくのか、感覚を研ぎ澄ましていく必要があると思います。

2.タイミングをとらえる力。
これは先述の寡黙常勝時代は終わった、と言うことに関連しています。
黙っていれば、安全なのではなく、
適切なタイミングで引き算を上手にするという意味で時機をとらえると言うことがとても重要だと体感するからです。

3.冷静さ。
欲を出しすぎないということにも関連していますが、最近まで寡黙常勝時代だったワケです。
そんな中、突然多弁が有利になるはずはありません。
だからこそ、全体を俯瞰して潮を読んだら
どう動くかを適切に判断する。
このことに欠かせないのが冷静さだと私は思います。

例えば失敗例は、先ほど挙げた私の小学校時代です。
6年生が受難だったからといって、すべての思い出をつまらなかったものにして闇認定してつい最近まで放り込んでしまいました。
でもこれ冷静に考えれば、もっと楽しかった時代もあったはず。自分の味方をしてくれた人もいたはず、等もっと広い視点で考えることができたはずです。

ただし、この冷静さは注意が必要で理由は必要以上に冷たい人間だと思われかねないからです。
先程の我が身可愛さの自己保身ではなく、本質的な思いやりの部分をしっかりと意識して行動する必要があると痛感します。

諸々バランスの良い人間になること、
本質的な思いやりと温かさを身に付けるのが、今後の私の目標です。


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