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全力の少年―ヤルキスイッチ

「おわ~h*gんcっks~☆yぎゃfんあ~っ!!!!!!」
奇声を発しながらわたしを追い抜く自転車の少年を見た。

年の頃は8歳から9歳、小学校2、3年生であろう。
前傾姿勢で真冬の北風を切り、ゆるやかな坂を駆け抜けていく姿に圧倒されるものがあった。
今を全力で楽しんでいる、そんな走りだった。
きっと、彼の中には「今、世界にはたったひとりきりのじぶん」という感覚があるに違いない。
全力の全力疾走を見せていただいた。

「危ないよー‼ちゃんと前見なさい‼」
後ろから母親でも追いかけてきていたら、そんな声が聞こえてきそうだったが、少年はたったひとりきりでただ全力で駆け抜けていった。
地元の少年は、その場所が「じぶんが風になれる場所」と知っているのだと思う。毎日、どこかで遊んできては帰り道にあの坂で「風になる」遊びをして今日を締めているのかもしれない。

子どもは本来、こんな風に溢れ出るパワーを放出しながら育っていくものだ。訳もなくぐるぐる回る子、飛び跳ねる子、2、3人が集まればすぐに追いかけっこがはじまる。
まわりを見て危険がないか判断したり、静かにするべき場所ではそうしたり、親の言うことをきちんと聞ける、それは必要だしすばらしい。だけど、危険や障害なく安心して風になれる場所というのも必要だ。

どうしてこんなに危険や障害が多いのだろう。
まっすぐ全力で駆け抜けていこうとすると、後ろから「危ないよー‼」という声が聞こえ、障害物が邪魔で進めなくなり、迷っているところに罠という危険が迫る。

「道を歩くとはそういうものだよ」と教えられ、危険や障害を避けるため、打ち勝つため、さまざまな観念で武装した体が重くて身動きが取れない。

もしかしたら、一番大事なのは
あの「風になる少年」のように、ただひたすら全力で駆け抜けてみることだったりするのかもしれない。

じぶんの限界まで必死で漕いでみること。
そのときに感じる頬をなでる風の冷たさとか、鼻先がツーンとしびれてくる感じとか、空気とじぶんとが一体になるのを感じながら今この瞬間の自由をめいっぱい楽しむこと。
そんな感覚を知っていることの方が大切なのかもしれない。
危険や障害を避け、安全な道を歩く知識や術を知っていることよりも。

たとえ駆け抜けて向かう先になにかが立ちはだかったとしても、
たとえ全力疾走のまま思いっきり転んでしまったとしても、
じぶんの力を限界まで出してぶつかってみた経験とか、転んだときの痛さ、血の味の苦さ、そこからまた立ち上がる勇気とかをじぶんの中に持っているというのは、きっと強い。

子どもたちが、「風になれる」場所をわたしはつくりたい。
なにかをあきらめる理由を探すのではなくて、やる理由を見つけたい。
せっかく入ったヤルキスイッチをオフにしてしまう大人でいたくない。
「思いっきり走ってみたらいいじゃん」と、責任を持って言える未来を。

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