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たおやかに       

たおやかに                    (OBエッセイ入選)

「芽が出ている」
 一月半ば、ベランダの小さな植木鉢をのぞき込んでつぶやいた。秋に突然たずねてきた母が置いて行った鉢植えだ。何が植えられているかは聞いていない。
「植えただけでは育たないから時々水をやってね」
 言われたものの、興味がなかったので雨ざらしにしていた。それでも寒くなると気になって母に連絡すると、
「秋植えの球根は寒さにあてないと花を咲かせないから、そのままでいい」
とのこと。それをいいことに相変わらずベランダに放置していた。
 それまでは土だけだったので放っておけたのだが、顔を出した小さな芽を見ると、これからますます寒くなってゆくのに大丈夫なのだろうかと心配になった。小さな鉢植え一つで何度も母に相談するのも大人気ないと思い、近隣の花壇や鉢植えなどを注意して観察すると、霜柱の中でも元気に若い芽が育っていた。そう言えばこの季節、郷里の庭では母の植えたチューリップやクロッカスが芽を出したり、パンジーやプリムラが花を咲かせたりしていた。
 実家では、学校や友達付き合いなどであまり家にいつかなかったので庭仕事を手伝ったことはなかったが、庭や野に咲く花の名前は母に聞いて知っていた。
「うちで採れたトマトよ、採れたてだからおいしいわよ」
 家庭菜園で採れたトマトやキュウリが食卓に並んだ。庭を通りぬけるとフリージアや百合の香りが漂い、季節を感じた。うまく花や実をつけることもあったが、虫や病気で枯れてしまい、母を落胆させた植物もあったようだった。
 鉢植えの小さな芽は、雨にもみぞれにも雪にも負けずにじっくりと芽を伸ばし、葉を広げ、二月半ばに小さな蕾をつけた。そうなると楽しみになり、朝な夕なに観察していると、蕾を見つけてから一週間後に真っ白な三枚の花びらを開いた。
 濃い緑の葉、たおやかな茎、控えめな下向き加減の花。
 希望という花言葉をもつスノウドロップ。
ふきすさぶ風にその身をまかせながら、静かに日の光を浴びている。

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