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迷子の迷子の…

迷子の迷子の       産経新聞 『朝晴れエッセイ』に掲載

 あたりを散策していると、一匹の中型犬が飛びついてきた。リードを引きずっていたのですぐに飼い主が来るものと思い待っていたが、二十分待っても誰も来ない。仕方なく、人通りの多い駅前に行き、涙のご対面を待つことにした。
「お、シェットランドシープドッグじゃん」
 まず声をかけてきたのは二十代と思えるお兄さん。
「この子、見覚えありませんか。今、出会ったんですけど」
「知らないなあ。けど、いい犬だよ」
「そうなんですか… 犬には詳しくなくて…」
 スーパーにも入れず、うろうろしていると、
「かわいい」
「名前、なあに」
と、小学生に囲まれてしまった。
「迷子なんだけど、どこの子か知らない?」
「知らなあい」
 小学生達はひとしきりなでると元気に帰って行った。行き交う人が頭や背中をなでてくれシモの世話までしてくれたが、お知り合いにはたどりつかない。途方にくれていると、年配のおじ様。
「交番につれてゆくといいよ」
「あ、犬のおまわりさんですね」
 交番に行くと電話番号と氏名を聞かれた。
犬に別れをつげ買い物をして帰ると、既に日暮れだった。
 
 十時過ぎになって飼い主から電話がかかってきた。
「ありがとうございます。おととい引っ越してきたばかりで、マリリンって言うんです、帰ったらいなくて、事故にでもあったらどうしようって心配で…」
 涙声で一方的に話す声を聞きながら、春を感じた良き日であった。

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