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トリオの音楽隊はアドリブで

のっしのっしと、砂ぼこりを舞い上げながら歩く。低い木がたくさん生えている餌場にたどり着いた。今日も枝先に様々な果実や野菜が刺さっている。

少し香りを確かめてから、口に運ぶ。美味しい。咀嚼しながら周囲を見回すが、僕以外のサイはまだ来ないようだ。

お腹をしっかり満たしたら、また歩きだす。水辺の近くを探検してみよう。なんとなく、今日の予定を決めた。



半年くらい前に、僕は足を怪我した。あまりの痛みに気を失って、気づいたらここにいた。

おそらく、人間が治してくれたのだろう。目覚めた時には足がほぼ治っていた。今も時々、人間が僕の足の様子を見に来る。

ここは僕の故郷とそっくりだが、やはり何か違う。同じ格好をした人間たちが毎朝、せっせと僕らの糞を掃除していたり、決まった場所に食べ物が用意されていたりする。

きっと故郷そっくりな、まったく別のどこかなのだ。最初は戸惑ったが、ここでは食べ物に困らない。危険な目に逢わない。見慣れた動物もたくさんいるし。最近は群れから離れて散歩できるほど、落ち着いてきた。

ぼうっとしながら歩いていると、キリンやライオン、シマウマなどが大集合している大きな水辺に着いた。

今日は特に混雑している。水辺の探検を諦めて引き返そうとした時、集団から離れて空を見上げているゾウに気づいた。

見つめていると、あちらも気づいたようだ。こっちに向かって近づいてきた。

どうしよう。ゾウと話すのは初めてだ。緊張と好奇心で、僕はどうしたらいいか分からない。

「あの……あなたはサイ、ですよね。私はゾウ、と申します。えっと……初めまして」

内気そうなゾウだ。きっと、僕より緊張している。肩の力が抜けた。



のっしのっしと、二匹並んで話しながら散歩する。時々会話が途切れるけれど、気まずさは感じない。

「サイ君は、音楽、好きですか?」

「音楽?あぁ、嫌いじゃないよ。故郷にいた頃は、夜な夜なこっそり人間の集落に近づいて、人間の奏でる音を聴いてた。歌声と楽器のメロディが重なって、面白かったなぁ」

「歌!私も大好きです!」

「いいよね、人間の歌。なんで僕らは歌えないんだろう。仲間たちに聞いても、歌う必要なんてないって言われるだけ。確かに必要ないけど、だけど、僕は歌ってみたかった。今はもう諦めたから、どうでもいいんだけど」

ゾウ君は無言だ。ああ、なんか暗い話をしてしまった。謝ろうとした時、ゾウ君が口を開いた。

「サイ君、私はここに来る前、サーカス団という賑やかな場所にいたんです。色々な楽しい遊びをしました。たくさんいたゾウの仲間たちと、合唱したこともあるんです」

「合唱?ゾウは歌えるのかい?」

「ええ。きっと、サイ君も。指揮者をしていた人間によると、私たちの鳴き声にも音階というものがあるそうです。それを人間に調べてもらってから、どのタイミングで、どのゾウが、どのくらい長く鳴くか、人間が決めます。そして、指示通りに私たちが鳴くと、美しい合唱になるのです。歌うって、こんな感じなんだなぁって感動しました」

僕は押し黙った。諦めた夢が叶うかもしれない可能性を、信じたいような、信じたくないような変な気持ち。

きっと僕はゾウ君みたいには歌えない。僕の鳴き声はお世辞にも綺麗とは言えないのだ。ああ、でも、歌えるのならば。一度だけでいい。いつか、歌いたい。

「あっ!」

ゾウ君の驚いた声にはっとする。

「機械仕掛けの怪獣がいますよ!ほらっ、あそこ!」

視力が弱い僕は耳を澄ました。確かに、遠くのほうから、機械仕掛けの怪獣の、ブロロロロという独特な足音がする。

「本当だ。人間が移動用バスって呼ぶ、無口なあいつだね」

「あの子も鳴くんですかね」

「ああ、一回鳴き声を聞いたことあるよ。ブッブーって急に大きな声で鳴くから、ナマケモノ君が驚いて木から落ちちゃったんだ。僕が背でキャッチしたから大丈夫だったけど」

「へぇ~。面白い鳴き声なんですね」

機械の怪獣がいる辺りから、なんだか綺麗な音がする。きっと何かの弦楽器だ。懐かしい、人間の奏でるメロディ。無意識に足が音のするほうへと動く。

「あっ!サイ君、どうしたんですか?」

ゾウ君には聴こえていないようだ。

「聴こえるんだ、音楽が」



機械怪獣から少し離れた場所で、女性が一人、バイオリンを弾いていた。女性の後ろのほうにも人間が数人いて、女性を心配そうに見つめている。

二匹並んで、直立不動で演奏に聴き惚れる。ずっと弾いていてほしいのに、女性はついに手を止めてしまった。

「やぁ、サイさん、ゾウさん。私は動物生態学の研究者でね。音楽と野生動物の関係を研究してるの。バイオリンの音、気に入った?」

ゾウ君と僕は高らかに鳴いて、必死に賛辞を伝える。

「ふふ、ありがとう。なんだか、君たち鳴き声がいいハーモニーになってる。歌えるんじゃない?歌ってみる?」

伝わった、と安堵していたら、思いがけないチャンスがやってきた。女性が再び、弾き始める。弾けるような、軽快なメロディ。ちらりとゾウ君を見ると、頷いてくれた。意を決して、鳴いた。

僕たちの鳴き声が、歌声になっている。信じられない。楽しい。ゾウ君は嬉しそうに鼻を高く上げた。

夢中になって歌っていると、女性も歌い始めた。合唱になった僕らの鳴き声は、高い空をぐんぐん昇っていくように響き渡る。



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