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月面から月ピザ

「CQ、CQ、CQ……フォーティーメーター、こちらトライアングルマイク……」

久しぶりに無線機を使う。十数年ぶりだ。通信を呼びかける声が震える。ああ、今夜はどんな人と出会えるだろうか。応答を待っている間、窓の外を見る。満月だった。そうだ、今日は十五夜だった。

高校生の頃に出会い、はまったアマチュア無線。すぐにアマチュア無線技士の資格を取り、暇さえあれば無線機で遊んでいた学生時代。仕事で忙しくなってからは縁遠くなり、2回目の引っ越しで、ついに無線機を実家に預けてしまった。

今年の正月に帰省し、実家の大掃除を手伝った時、その無線機と偶然の再会を果たした。見つけた瞬間、応答願う、という声が聞こえた気がした。懐かしくてたまらなくなり、念入りに無線機を整備して、自分のアパートに持ち帰ったのだ。

「CQ、CQ、CQ……うーん、誰も来ないかぁ」

まとまった休みがやっと取れて、アマチュア無線でじっくり遊べる状況になるまで、半年以上経ってしまった。張り切って通信を呼びかけているが、誰も応答してくれない。

こんなこともあろうかと、今回は奥の手を用意した。個人的に、ずっと挑戦してみたかったことでもある。

「よし、月面反射通信、試してみよう」

月に向かって電波を発し、返って来る電波を利用する無線通信だ。地球上のすべての無線局と繋がることができる。これならば、どこかから応答が来るだろう。

この無線通信をするために、アンテナを屋上に設置させてほしいと、大家さんに頼み込んだ。快諾してくれた大家さんには、感謝しかない。

「CQ、CQ、CQ……フォーティーメーター、こちらトライアングルマイク……」

ついに月面反射通信を開始。届いているだろうか。誰か、応答願う。細い電波の糸に託した声を、掴んで欲しい。煌々と輝く満月に祈った。

「はい、月の宅配ピザ、コーナーキューブです。ご注文、承ります」

スピーカーからハキハキとした若い女性の声がして、驚いた。無線なのに、雑音が一切入っていない。クリアすぎる音声。おかしい。宅配ピザ屋さんの電話回線と混線してしまったのだろうか。そんなこと、あるわけないのだが。

「あー、あの、こちらトライアングルマイク……アマチュア無線でコンタクトを取っているのですが」

「?そうですか。地球からのご注文は大体、無線機で承っておりますので、特に問題はありませんよ。こちらからも、地球に向かって電波を飛ばして応答しております」

「え?地球に向かって?」

「ええ。月で営業しておりますので。月の大地の恵みをふんだんに使った月ピザは、地球でも人気ですよ。特別製の配達バイクで、地球にも速やかにお届けいたします」

悪戯だろう。しかし、お姉さんの声は澄み切っていて、悪意は感じられない。戸惑いながら、満月を見上げた。なんだか、ピザに見えてくる。黄金色のチーズがたっぷり乗った、焼き立てのピザ。ぐーっと、お腹が鳴った。

「……あの、Mサイズのピザを1枚、注文していいですか?」

「はい!ありがとうございます!どのメニューになさいますか?」

「あ、メニュー、全く知らないもので……。初心者向けの、おすすめメニューはありますか?」

「そうですねぇ。プラジオクレース、というマイルド風味の鉱物をたっぷり使った『爽やかミルキーチーズ月ピザ』が、おすすめです。カンラン石という緑色の爽やかな鉱物が味のアクセントになっていまして」

「え……?鉱物って、あの硬い、鉱物、ですか?」

「?そうですよ?ちなみに、このピザにはイルメナイトのトッピングがおすすめです」

恐らく、私が想像するようなピザではないのだろう。頭の中に浮かんでいた満月のピザが消えていく。しかし、ますます気になってきた。頼んでしまおう。

「じゃあ、それで。トッピングは無しで、お願いします」

「かしこまりましたー。サイドメニューはいかがいたしますか?新メニューのペリドットパフェが今人気ですが」

サイドメニューもあるとは。気になるが、今回は様子見だ。

「すみませんが、それも無しで」

「かしこまりましたー。『爽やかミルキーチーズ月ピザ』Mサイズが1枚で、合計1,280円になります。ピザの到着までに1年半ほどかかってしまうのですが、よろしいでしょうか?」

「い、1年半?!」

「なにせ、月と地球は38万km離れておりますので……。お急ぎであれば、30分ほどで到着する特急サービスをご利用になれますよ。しかし、その場合は2,000円ほど、追加料金がかかってしまうのですが」

「さすがに1年半は待てないので……。特急サービスお願いします」

「かしこまりましたー」


「どうもー。コーナーキューブでーす」

「あ、はーい!」

注文した後は、もう無線通信どころではなくなり、財布を握り締めながら玄関で待っていた。普通の配達員のお兄さんから、至って普通にピザを受け取る。重い。鉱物のピザ、だからだろうか?

代金を支払うと、お兄さんはお礼を言いながら素早く去って行った。

店名が大きく印刷されている箱を開ければ、キラキラと乳白色に輝くピザが現れた。黄緑色の透明な石が全体に散りばめられていて、美しい。触ってみると、やっぱり硬い。

こんがりと焼けているような色合いの縁を、少し齧ってみる。

「あがっ!硬い……」

やっぱり鉱石の塊だった。なんとなく丸いピザを持ち上げ、満月と重ねてみる。まさに、月ピザだ。



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