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スノーフレーク雪合戦

久しぶりにたっぷりと眠り、目覚めた朝。なんとなく、ずっと閉めていた遮光カーテンを開けた。

「うわあっ!」

強烈な白い光に、酷使してきた眼球が悲鳴を上げた。両目を抑えて蹲っていると、周囲が騒がしくなる。まずい。皆を起こしてしまったらしい。

「……大丈夫?……うっわー、真っ白。積もってるねー」

「こんなに雪、降ってたんだ……全然気づかなかった」

「俺も」

「私も」

薄い毛布を体に纏った同僚たちが、感嘆の声を上げている。薄目を開けて、もう一度窓の外を見た。研究所の広い駐車場が、白い雪原と化していた。空は快晴。人類滅亡の危機に瀕していることを、忘れてしまう光景だ。

目蓋を少しずつ押し開き、ぼうっと外を眺めていると、研究所から誰かが走りでてきた。背中に星マークが付いている、特徴的な深緑色のブルゾン。所長だ。

所長は深い雪をかき分け、駐車場の真ん中に到達した。そして、急に背中から倒れた。あっ、と見守る全員が息を飲む。

「あははは!」

響き渡る、所長の笑い声。いつも冷静沈着な所長の信じられない奇行に、全員がざわつく。しばらくして、すくっと立ち上がった所長が、こちらに近づいてきた。雪まみれの笑顔が、怖い。妙な緊張感が走る。

「皆、起きたか。今日から無期限の長期休暇だ。すぐ家に帰りたい者は帰っていい。ただ、時間と体力に余裕がある者は、私の雪遊びに付き合ってくれるとありがたい」

所長が言い終わると、すぐに歓喜の嵐がやってきた。



今まで幽鬼のようだった同僚たちが、体力を持て余す子供のように、雪合戦や雪だるま作り、かまくら作りではしゃいでいる。冷静になって眺めると、不思議な光景だ。

「やぁ。疲れたか」

駐車場の隅で休んでいると、所長が近づいてきた。鼻先が真っ赤だ。

「所長のあんなに大きな笑い声、初めて聞きましたよ」

「ははは。私は笑い上戸だぞ。妻と子供たちからは、笑い声がうるさいって言われるし。まぁ最近は雪だるま星雲のせいで、笑いたくても笑えない状況だったからな。ずっと緊張していたんだ。今朝、気付いたよ」

ここ数年間、地球に急接近している雪だるま星雲。とうとう、回避不可能な距離にまで近づいてきてしまった。

宇宙に漂うガスが、恒星の光に照らされて星雲となった輝線星雲きせんせいうん。その星雲が2つ、どういうわけか雪だるまのようにくっついたものが、雪だるま星雲だ。

数年前のクリスマスは、6000光年先から雪だるまの星がやってくると、誰もがはしゃいでいた。しかし、地球と正面衝突のコースを辿っていること、ガスの星雲と言えど、地球と衝突すれば人類滅亡は不可避であることが分かると、皆慌てふたいめいた。

雪だるま星雲の観測のために、すぐに新しい宇宙望遠鏡が打ち上げられた。この研究所が開発したスノーフレーク宇宙望遠鏡だ。巨大な望遠鏡なので、ロケットに乗せて宇宙空間に設置するのが大変だった。

スノーフレークが定期的に送信してくる観測データには、人類滅亡を避けるヒントがあるはず。そう信じて、職員のほぼ全員が研究所内でずっと寝泊まりしていた。しかし、その長い闘いも、今日で終わり。

「私も、所長と同じです。久しぶりに大笑いして疲れました。笑顔忘れるほど緊張してたんだなって、今さっき気付いた」

「自分が一番、気付かないものだ。上手くいかない時は、一度諦めて緊張をほぐすっていうのも、良い方法かもしれない。探し物は、諦めた時に見つかりやすい。あの雪だるまと地球の衝突を回避する方法も、見つかるかも」

「……所長は諦めないんですね」

「ああ、私は最後まで、この研究所に残る。希望は捨てないぞ。諦めたふりをして、運命の裏をかく」

所長は、小さな雪だるまの量産に勤しむ職員たちを眺めている。ふやけた笑顔で。



雪遊びの道具を片付けて、シャワー室で身体を温めた。観測室に戻り、もう観ることは無いであろう、巨大なモニターを見つめる。赤色に発光する、巨大な雪だるま星雲が映っていた。

腕を伸ばして、画面に触れようとした瞬間、画像が切り替わった。スノーフレークからちょうど、新しい画像が送られてきたらしい。目を見張る。雪だるま星雲が、1つの大きな球体に変わっていた。

急いで、パソコンに画像データの数値を打ち込む。雪だるま星雲が球体に変形すれば、地球に衝突するまでの軌道や時間が変わるはず。人類滅亡は避けられるかも。

複雑な計算式に全ての数値を入れ終わり、祈りながらエンターキーを押した。

「は、はは!やった!所長!」

椅子を弾き飛ばして、走った。軌道を示す座標は、衝突が完全に回避されたことを示していた。運命との雪合戦は、どうやら私たちの逆転勝利に終わったらしい。


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