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已己巳己事変(いこみきじへん)


自分と瓜二つの人間が、同じタイミングで同じおかずに箸を伸ばして口に運び、同じ回数だけ咀嚼する。

やっぱり、妙な光景だ。

目の前にいる私の分身も、箸を止めて私を見つめ返してきた。ああ、きっと、今この瞬間に考えていることも、同じなのだろう。



友人から勧められて登録したSNSに画像を上げていく。少数の友人たちだけで共有しているので、顔が映り込んでいる画像も、それほど気にせずに上げている。

飽きっぽい自分が、ここまで長く続くと思わなかった。意外と楽しい。

作業を終えて、今まで友人たちと作ってきたアルバムを眺める。画像の中に、私が1人で映っている画像があった。全身を横から撮った画像。こんな写真、誰がいつの間に撮ったのだろうか。まったく、撮られた覚えが無い。

画像の中にいる普段着姿の自分は、無表情。友人たちに見られて困るような画像ではない。でも、なぜか気になる。

ピンポーン

そういえば、今日は宅急便が届く日だった。スマホをそのままテーブルに置いて、玄関に向かう。


玄関から部屋に戻ろうとして、通販で購入した洋服が入った段ボール箱を、その場に落とした。

自分と同じ顔をした不法侵入者は、私を見て驚愕の表情を浮かべている。驚きたいのは、こっちだ。固まった足を動かすのは諦めて、狭まった喉から声を出す。

「……え?……あの……誰……ですか……」

「……え?……私、ここ、私の家……誰……ですか?」

え?え?という疑問符を何度も返し合って、気付いた。不法侵入容疑がかかっている女性の服に、見覚えがある。あの、今さっき見ていた画像の中の私が来ていた洋服、そのままだ。

気付いて、また疑問符が頭の中に増えた。あの服は、かなり前に捨てたはず。この部屋に、あるわけがない。偶然の一致だとしても、上下の服の組み合わせまでそっくりなんてこと、あるだろうか。

ローテーブルに置いてあるスマホを掴む。表示していたはずの画像から、自分の姿が消えている。あるのは灰色の背景だけ。まさか。

突然部屋に現れた女性を、改めてよく見る。髪形も地味な化粧も、画像の中にいた自分と同じ。困ると片手で軽く髪を撫でる癖は、今の私とも一緒。

画像から、出てきた?そんな馬鹿な。でも、もう、そうとしか思えない。

「あの、お名前は?」

「あ、九十九つくも、九十九慶子です」

私の名前は南雲なぐも慶子。名字だけ違う。なぜ。増える疑問符で頭が破裂しそうだった。


お互いに気が済むまで話し合った結果、しばらく、一緒に暮らすことになった。どうやら、産まれた時から今までの記憶も、完璧に同じ。家族のことも聞いてみたが、丸っきり同じだった。唯一異なるのは、苗字だけ。

九十九さんとの奇妙な共同生活に慣れてくると、記憶も内面もまったく同じなので、色々助かるということに気付いた。仕事は日替わりで行くからお互いに楽だし、食事内容や生活リズム、家事のやり方などで衝突しないし、何でも話し合える。

細かい記憶まで同じという点では、私たちは双子よりも、クローンよりも似通っている。1ヶ月経つと、九十九さんはもう、ごく自然な存在になっていた。

しかし、何気ない時に、圧倒的な不自然さを思い出す。例えば、日曜日のブランチ時。



九十九さんと黙ったまま見つめ合って数分。自分と同じ顔。やっぱり、おかしい。

九十九と南雲。身体は別々なのだから、別人だ。いつか、別人だと大家さんにも会社にもバレる。その時、九十九さんはどうなる?あれ、九十九さんの戸籍はどうなっているのだろう。そもそも、九十九さんは、どこから来た?帰れるのか?

「南雲さん、今日、お出かけしませんか」

「……へ?」

「一緒に、実家に行きませんか。私、この世界の両親が本当に私の知ってる両親なのか、確認したいんです」

「ああ、そうだね、そうだよね。行こう」

「不安なんです。元々いた世界と、この世界は何もかもが同じです。でも、不安なんです。あなたは南雲、私は九十九。その違いだけが、強調されていく。その違いが、怖くて、たまらない」

俯いて、ぽろぽろと涙を零す九十九さんを、私は呆然と見ていた。



電車の中で、九十九さんと並んで座る。さっき、母にこれから行くと電話で伝えた。母は、かなり浮ついた声だった。完璧に、恋人を連れてくると思われている。まさか、分身を連れてくるとは思わないだろう。

九十九さん、と何となく呼んでみる。隣の九十九さんが、私を見た。私たちは生き写し。そっくりだ。でも、やっぱり違う。違うけど、きっと上手くやっていける。きっと大丈夫。私たちはそっくりなのだから。



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