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トリコロール・ドキュメンタリーの賞視期限

テレビ画面いっぱいに映る、赤と白と青の帯。螺旋状に回転している。カメラが引いていくと、レトロな美容院の店先によくある、鮮やかなポールだと分かった。

なんて名前だったっけ、と記憶を探っている内に、年季の入った外観の小さい美容院のシーンになった。外観のシーンから、店内のシーンに切り替わる。店内では60代くらいの割烹着姿の女性が、忙しそうに開店準備をしている。

ドキュメンタリー映画なのだろうか?しかし、ナレーターによる説明は一切無い。美容室の中にいる透明人間の視界を、そのまま切り取ったような場面が淡々と続く。

あ、サインポールだ。思い出した。トリコロールカラーのぐるぐる回るやつの名前を思い出して、すっきりした瞬間。カランカランとベルの音が鳴った。お客さんが来たようだ。リアルでテンポの速い世間話。

お客さんが鏡の前のイスに案内されると、お客さんと女性を横から眺める視点に切り替わった。特に注文を聞かずに、女性はお客さんの髪を軽快に切り始める。きっと常連さんなのだろう。

しばらくしてから、巨大なヘルメット型機械装置が、お客さんの頭に被せられた。パーマをかけるのだろう。

そのお客さんが帰った後も、他のお客さんが数人来た。特に、変わったことは起きない。閉店時間を迎えて、女性が店内を掃除し始めた所で、画面は真っ暗になった。


仕事帰りに久々に立ち寄ったDVDレンタルショップで、何となく手に取ったDVD。赤と青と白のストライプ柄が全体に施されているジャケットには、内容のあらすじも、よくある注意書きも印字されていなかった。

記されているのはバーコードと「賞視期限」という謎めいたタイトルのみ。妙に惹かれて、借りてしまった。

数日後に待ち望んでいた予定の無い休日の午後が到来して、わくわくしながらDVDを再生し、最後まで見続けた今、衝動的に借りたことを後悔し始めている。

のどかな下町の美容院の営業風景は見ていて癒されるが、さすがに飽きる。後半に驚きの展開があるはずだと信じて2時間、注視し続けてしまった。

自分の集中力と忍耐力を鍛えられた。そう思うことにしよう。




掃除中に思い出した、あの奇妙なDVDの存在。返却日は明日か明後日までだったはず。気付いて良かった。すぐに返却しようかと思ったが、何となく面倒で、そのままにしていた。

棚からDVDを取り出して、「賞視期限」という文字を見つめる。相変わらず、意味不明なタイトルだ。掃除機を置いて、ディスクをDVDプレーヤーにセットした。

もう一度、観ておこう。早送りで。もしかしたら、隠された意味があるのかも。重大なヒントを、私は見逃していたのかもしれない。探偵になった気分で、再生ボタンを押す。

サインポールをズームしたシーンから、美容室の中のシーンに切り替わった時。あっと声が出た。

店の中に、サインポールがぎっしりと並んでいる。あの店主の女性は、いつまで経っても登場しない。登場人物は、無数のサインポールだけ。

ひたすら、整列しているサインポールがぐるぐると回っている。夜になっても、サインポールは強烈に発光しながら回転し続けていた。

店には誰も入って来ない。大きな窓にはカーテンが無い。これだけの光が店の外に漏れているのに、近所の人は不思議に思わないのだろうか?

唖然としたまま、早送りし続ける。結局、最後までサインポールの群れを眺める無声映画になっていた。エンドロールもなく、ぷつっと映画は終わる。

私の記憶が間違っているのだろうか?いや、そんなはずは。確かに、美容室のドキュメンタリーのような映画だったはず。しかし、借りたDVDの内容が自然に変わるなんてこと、そんなこと、あるはずない。

とりあえず、プレーヤーからディスクを取り出す。手が震えて、上手く戻せない。なんとかケースにしっかり収めて、ジャケットをもう一度、しっかり確認した。

賞視期限。初めに、タイトルを何度も読み返す。賞視期限。頭の中で、繰り返す。賞視期限、賞視期限……。

ジャケットの裏面の下の方に、小さい文字で何か書いてあった。

”※賞視期限:ディスクを入手してから1週間”

”適切な状態で保管した時に、楽しく鑑賞できる期間を示しています。賞視期限内に楽しくご視聴ください。賞視期限を過ぎますと、内容が変質していきます。ただし、賞視期限を過ぎても鑑賞できなくなるとは限りません”


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