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マイホームあれこれ

※こちらの記事は、住まいにまつわる大事にしたいことを、
テクニックというよりはマインドに焦点を当てて書いていきます。
具体的に参考にできることはあまりないと思うのですが、
こういう考え方もあるんだなと読み流していただければ幸いです。

結婚して、夫の実家のある市と同じ市内に、夫の遠い親戚が持っていた古い空き家を借りて住んでいたのだけど、その家も相当ガタが来ていて、隙間風だらけ、暖房をガンガンかけていても底冷えするし(電気代がすごいことになる)、虫はいつでもどこからでも湧いてくるし、天井裏をネズミが走り回っているし(私の考えが甘く、なぜかその当時はアパートよりも一軒家に住みたいと思ってそこで暮らしていた)、子どもも生まれたので、夫の実家が持っていた海の見える見晴らしの良いぶどう畑の跡地にいよいよ家を建てることになった。夫は家にあまり頓着がなく、住めれば何でもいい、知り合いの地元の工務店に頼みたいと思っていたようだが、最終的には私に判断権を委ねてくれて、私は住んでいた空き家でだいぶ懲りたので、家を建てるなら子どもたちも安心して永く住める家を建てたいと思い、性能重視で、長期優良住宅を建てることに慣れている大手のハウスメーカーを選んだ。結果的にものすごく快適な家に住むことができて、古い空き家に住んだ経験はまったく無駄にならなかったと感じた。長い時間経った家の不都合を経験しないまま家づくりに臨んでいたら、家に対してもっとゆるい考えだったかもしれない。そして子どもがある程度動き回れるまで育った段階で建てられて、子育てを経験してみないとわからないことも反映できたので、決して遅くはないタイミングだったなと思った。家づくりのプランニング中に第二子を妊娠し、引っ越すころには大きなおなかを抱えて作業していたので、大変でしょうと言われたけど、たとえばまだ子どもがいないのに夫婦二人だけのために家をつくるというイメージは私のなかにはあまりなかった。
※追記:地方の工務店の質が悪いとは一概には言えないと思うし、そういうことを言う気はないのですが、(あまり詳しくは書きませんが)外構を夫と付き合いのある地元の工務店に頼んだら、実際の工事が事前の説明とは違う(というか、事前の打ち合わせや説明からして適当すぎた)ずさんなもので、トラブルに発展しそうになり、やっぱり家を建てたのと同じハウスメーカーにお願いすればよかったねとなった体験が。そういうケースもあります。
私が石川県の県庁所在地である金沢市から、夫の実家のあるかほく市に転居した結婚当初は、はっきり言って、かほく市に住むことを見下している人もいた。金沢市民には田舎というイメージがあるのか、「私はかほく市には住みたくないな~」と面と向かって言われたこともあった。その馬鹿にされているのを感じながらも、私は平気だった。夫からマイホームを建てる計画も提示されず、借家住まいでも、もともと転勤族の家庭で育ち、持ち家がないのが当たり前だったので、なんとも思わなかった。
それが、家を建てた、しかもその家からは海が一望できる、となると、それまで興味を持っていなかった周りの反応ががらっと変わった。「素敵~」「家にお邪魔してもいいですか?」などなど。もちろん、家づくりにはそれなりに力を注いでいたからうれしかったし、以前以後で私に対する接し方が変わらない友人もいたが、ちょっとあまりの変わりように、辟易してしまった。かほく市に住んでいるのは変わらないのに、家のことだけでこんなに反応が変わるとは思ってなかった。皆、わかりやすい利点がないと魅力を感じないのかもしれないと思った。(ちなみに海に面しているので、海風が激しいし、砂が飛んでくるし、障害物がないぶん、射してくる西日は強烈だし、家の外壁とか設備もろもろ、塩害対策が必要なので、良いことばかりではない)
そもそも、夫は自分の親と同居するか、親に実家のある場所(そこからは海は見えない)に二世帯住宅を建ててもらうことを望んでいたので、私には今の家がある土地(実家から少し離れている)があること自体知らされていなかった。(今思うと策士だなぁと思う)入籍してから半年経った結婚式の二次会で、夫の友人から今どこに住んでるかと聞かれて、当時住んでいた空き家があった周りに何もない辺鄙な場所を告げたとき、その人はとても理解があって、「そうなんだ~。でも二人ってお互いがいればそれでいいって感じだよね」と言ってくれて、まさにその通りだった。本当に好きな人と一緒に暮らす、(子どもがいるなら子どもを育てやすい地域かどうか)が一番大事で、それ以外のことは全部それにくっついてくる付随的なものでしかなかった。もっと計画性がないとだめだ、とか叱られそうだけど。よくいるのが、妻のため、子どものため、という大義名分を使って、「一家の主である以上、絶対にマイホームを建てなければだめだ」とこだわる人だけど、そういう人は、自分の家族が好きというよりは、「幸せな家庭という枠組み」が好きで、それに寄りかかっていないと家族を大事にできないのだと思う。家庭にはマイホームさえあれば幸せなんてわけもなく、べつにマイホームを持たなくても家族を大事にできる方法なんていくらでもある。私が学生時代に初めて付き合った人は、なぜか私と結婚する気満々で、しかも田舎出身でマイホーム願望が当然のようにあって、「俺、将来仕事が休みの日にかおりとモデルハウス巡りするのとか想像してるんだよね~」とか、「かおりの親は、将来子どもが戻ってこれるような場所をつくりたいと思わなかったのかな?俺たちはつくろうな」とか私の気持ちをよそに一方的に言ってくる人だった。正直、まだ学生でそこまで結婚願望がなかった私には重かったし、うっとうしかった。その人は、私と話し合いながら理想の家庭を作っていく気がなく、自分の思い描く「幸せな家庭という枠組み」が好きだったのだと思う。(なのでやはりうまくいかずに別れた)(ちなみに私の育った家庭は持ち家はなかったけど、季節の行事には母が七草がゆとかひな祭りのちらし寿司とかハマグリのお吸い物とか、私がどんなに大きくなっても必ず作って出してくれる家だった。私はそれがとてもうれしかった)どういう家族を「幸せな家庭」とするかは人それぞれいろんな形があるし、自分が思う形を他者に一方的に押し付けることはできない。あまりがっちりと理想の形を決め込みすぎずに、暮らしながらお互いの心地よいように作っていけばよいのだと思う。
今の家に住み始めて3年目に入った。夫が、今の家を結婚の条件としてダシにしたりしなかったように、でも建てるときは私の希望を最優先してくれたように、家を建てただけで終わらせずに料理や掃除などの家事をしてくれるようになったように、私も何が子どもたちにとっての幸せなのかを子どもたちと一緒に考えつつ、見つけながら、マイホームというものが形だけ、枠組みだけのものにならないように、生活していきたいと思う。


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