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この人に会えたから東京に来てよかったー夜空はいつでも最高密度の青色だ

⑮『映画 夜空はいつでも最高密度の青色だ』 石井裕也 4/5


「舟を編む」の石井裕也監督が、注目の詩人・最果タヒの同名詩集をもとに、都会の片隅で孤独を抱えて生きる現代の若い男女の繊細な恋愛模様を描き出す。
看護師をしながら夜はガールズバーで働く美香は、言葉にできない不安や孤独を抱えつつ毎日をやり過ごしている。一方、工事現場で日雇いの仕事をしている慎二は、常に死の気配を感じながらも希望を求めてひたむきに生きていた。
排他的な東京での生活にそれぞれ居心地の悪さを感じていた2人は、ある日偶然出会い、心を通わせていく。

『映画 夜空はいつでも最高密度の青色だ』
原作:最果タヒ 監督:石井裕也
映画 夜空はいつでも最高密度の青色だ : 作品情報 - 映画.com (eiga.com)


本当は先に詩集を読んでから、と思っていた。
でも、あまりにタイミングが今すぎてPrimeにも入っていないのに観てしまった。

都会を好きになった瞬間、自殺したようなものだよ。
塗った爪の色を、きみの体の内側に探したって見つかりやしない。
夜空はいつでも最高密度の青色だ。
きみがかわいそうだと思っているきみ自身を、誰も愛さない間、きみはきっと世界を嫌いでいい。
そしてだからこそ、この星に、恋愛なんてものはない。

詩集『夜空はいつでも最高密度の青色だ』より「青色の詩」



東京は感性を全開にして生きるには辛すぎる。

東京に来てからの自分は、心が不感症になっている自覚がある。
嬉しい、悲しい、悔しい、そういった自分の感情すら一瞬で消費して、感情の濃度が随分薄くなった気がする。じっくり感情を味わう暇もなく、いつも追い立てられているような気持になる。
目に映るだけ、心の表面をざわっと撫でて通り過ぎていくだけ。深く滲み込んでこない。
心が動く頻度も減った。感性が摩耗して喜びも悲しさも長くは続かない。深く物事が考えられない。

東京で出会った大事な人は、自分の好きな自分でいて、と言ったくれたけど、東京で生きてる自分は半分死んでるみたいで、自分の中の大切なものが現在進行形で損なわれていっている気がする。


そう思っていたから、目を突き刺すネオンの光と四方八方から襲ってくる騒音と排気ガスと、舞い上がる土埃の中で耐えるように生きる主人公達にシンパシーを感じた。
自分と同じだ、と思った。


たまに挟まれる半分の映像は、片目がほとんど見えない慎二の視界。
「半分見えるなら上出来だよ。普通は半分も見えないもん。」という美香の言葉。
確かに、私は目に映しているだけで半分も「見て」いない。感じていない。


自分の感受性くらい自分で守れ
ばかものよ

とは、茨木のり子の詩で、小学生の教科書で出会った時は上から目線のような言い分に反発したけれど、本当にその通りすぎる。
自分の感受性が守れないことを、「ぱさぱさに乾いてゆく心」を、東京のせいにして受け入れた自分が悪い。

と書いて、もう何度目か分からないけれど東京に来てから感じるようになった、泣きたくなるような悲しさがまたこみあげた。



「俺は変てこだ」と世間との埋まらない溝を抱える慎二と、母の自殺によって「どうせいつか捨てられる」と諦めを抱える美香。

埋まらない不安や欠落を抱えた彼らが出会って、”暮らす”というよりは”生き延びる”ような毎日の中で、何かが劇的に変わるわけではないけれど、何となくこの人といるとこの街で生きていける気がする、そう思うようになるまで少しずつ、少しずつ、関係が変わっていく。

これは台詞として作中で言語化されたものではないけれど、私はこう読み取った。



月を見上げて「嫌な予感がするよ」と言っていた慎二が、物語の後半、「今でも嫌な予感が続いてる?」と尋ねる美香に対して、「とてつもなくいいことが起きる気がする。」と返せるようになる。

「朝までにニュース速報が入って、地震や戦争や悪いことが起きる気がする。そうなったらどうする?」と聞く美香に対して、「募金する」と慎二は答えて、「そうだね。」と美香が笑う。

朝の光の中でサボテンに花が咲いているのを見つけて二人で微笑む。

このくらいでいい。
このくらいがあれば漠然とした不安はなくならないけれど、生きていける。
と思った。



タヒさんの詩で繰り返し出てくるのは、

他者と根本的にわかりあうことはできない。
自分と他人は全く別の生命体だから。

というような思想だと思うけれど、この二人もお互いの考えを理解し合うような会話をしているわけではない。でも、一緒にいることで街の見え方も、明日への予感も変わってくる。

この人に会えたから東京に来てよかった、こんな考え方をする人がいるならこの街も悪くない。と思えるひと。
ここでもう少し頑張ってみようと思わせてくれたひと。

最近そういうひとに出逢えて、だから今このタイミングでこの作品を見れてよかった、と思った。


最後に、元気をもらった主題歌の歌詞。

天才になんてなれるわけないけど
生き延びるために生きるのはやめようぜ
新しい時代にマニュアルはないぜ
世の中不景気でも心は無関係
夢ならいつでも無料参加だ
どうせ見るならデカい夢見ようぜ
世の中変えるくらいのことしようぜ
明日死んでも構わないくらい今を生きよう

足でもRUNでもチャリでもカブでも
PINOでもバスでも小田急線でも
ロマンスカーでもつばめでものぞみでも
ひかりでもこだまでもカヌーでもフェリーでも
タイタニックでも海賊船でも
ANAでもJALでもスプートニクでも
ノアの方舟でもなんでもいいや

今ここからが新しい世界だ

The Mirraz 「NEW WORLD」



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