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『月はキレイかもしれないね』②(創作小説)

↑の続き。

2.カイル

カイル。
この名前は、祖父がつけたんだ。
物心着く頃には、いつも島酒ばかり飲んで酔っ払っていたイメージ。
寡黙というか、置物なんじゃないかと小さい頃は思っていた。
食べるものといったら刺身ばかり。
しかも多分、同じ種類の魚ばかり食べていた。

「カイル。」

たまに、俺を呼ぶその声はかすれていた。
近づくと嬉しそうにしていたんだ。

「カイルはな、海峡って意味があるんだ。小さな島と島をくっつける。
お前は人だから、人と人をくっつける。帰る場所にも困らない、
カイルだからな。」

冗談なのか、本気なのかよく分からなかった。
寡黙な上に、あまり表情のない人だったから。
嬉しそうだというのも、じいちゃんの空気が変わる感じで
俺がそう思っていただけだ。
だから、じいちゃんが本当に嬉しがっていたのかは、今も分からない。

地元で育って、そのまま生きてきて初めての大学生活。
1年生で、落とした単位は外国語だけ。
マジか。
苦労しなくても進んできた分、初めて単位を落としたのは衝撃的なことだった。
大学生になったら最初の夏に旅行をしようと約束していた。
出鼻を挫かれるような気持ちだ。

でもな…なんの言語について学ぼうか。
言語は興味ないんだよな、自分で言ってはみたものの。
考えては見るものの、すぐに気が逸れてしまう。

自室でなんとなくスマホをいじって、本当に楽しんでいるのか
よく分からない動画を未漁っていた時だ。
動画に写っている女の子を見て、不思議な夢を思い出した。
あれは大学に入って、新しい環境にも慣れずによく眠れなかった時期に
よく見ていた夢だ。
何度も何度も同じ夢を見る。
そういうことがカイルにはあった。

自分の姿は7歳くらいだろうか。小学生の頃の姿に戻っている。
ずっと昔に通っていた小学校。
いつもと違う出入り口から学校内に入る。
普段学校は誰もいない時にしまっている。
誰も入れないように門は施錠されているし、それは学校も同じだ。
しかし、やっぱり夢の中。
自分だけしかいなくても、学校に入ることが出来る。
なぜだか俺は行く先をしっかり把握しているのだ。

2階建てなのに、どこまでも螺旋状に続く階段。
登っても登っても、先が見えない。
でも息も切れない。
ただ、ずっと続くのが辛くて帰りたいと思っても階段は続くのだ。
登り切ることも、戻ることも出来ない。
急にそこで、自分が1人ぼっちでいることに気付いて泣いてしまう。

急にピアノの音がする。
やっぱり1人だけれど、階段を登るとグランドピアノが音を立てている。
短音で、なんの曲でもない。
さらに言うなら、誰も弾いていない。
それでも、もう階段を登らなくて良いと思うと安心した。
すぐに恐怖心も襲ってくるけれど。

ここで急に場面が変わり、訳のわからない薄暗い場所に立っている。

この場所…
女性が泣いている。
あぁ、泣かないで。
悲しくさせてしまったのは僕だけど、あなたに泣いて欲しくない。
頭の中ではドイツ語で話している。
まったく普段は話せないけど、ここは夢の中だから。

場面がまた変わる。
同じような薄暗い場所。
目の前には女の子がいる。
俺の名前は今アランなんだ。
なぜだか、それが分かる。
そして目の前にいる子は大好きなエミリー。
気持ちを言えないんだ。
あぁ、でもごめん言えないんだ。
だって俺はアランじゃないから。
嘘をつくことになるよな?
なぁ、なんで何も言ってくれないの?

俺はカイルなんだよ。
薄暗い景色の中には色鮮やかなプリュメリアの花。
さっきの女性が置いて行ったんだね。
エミリー、また会えるなんて奇跡が起きたら君を必ず探しに行くね。
今度こそ言うよ、君が好きだって。
必ず探しに行くから待っていて。

同じ動画が相変わらず流れ続けている。
動画に写っていた子は、よく見たら夢の中で見たエミリーに
似ていなかった。
だけど、何度も繰り返し見た夢を思い出した。

スマホをポケットに突っ込んで本屋へと向かう。
夏休みの間に新しい世界に進ために、新しく取得する言語が決まった。
本屋で、テキストをいくつか購入してスーツケースに入れた。
もしかしたら、行く先でエミリーに会えるかもしれない。
そんなこと、どうやって分かるんだって話だ。
でも髪の毛を切って、少しオシャレだと自分で思う服も入れておいた。


「夏休み、ドイツ語を学んで新しい世界に進むかな。」


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