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『月はキレイかもしれないね』③(創作小説)

↑続き

3.ユーゴ

自分は周りと違うかもしれない。
そういうことに気付くのは、自分を意識出来るようになってからだ。

僕の親はとにかく忙しかった。
両親とも働いていて、母さんは僕を生む時のためだけに実家に帰った。
この実家というのが、フランスにある。
おばあちゃんがフランス人だから。
お母さんは、大学生の途中までフランスにいたそうだ。
どういう経緯で知り合ったのかきくと、いつも途中で誤魔化されてしまうけど、父さんと大学の途中で知り合ってからは日本で暮らしているらしい。

母さんは家では日本語とフランス語を話していて、学校では英語を使っていた。そういう育ち方をしたそうだ。
だから、日本に行っても言語に特別苦労はしなかったそうだ。
母さんは外見はアジア寄りの顔をしているけど、中身は完全にフランス人。
父さんは、スイスに1年交換留学をしていたことがあるそうだ。
でも、そこで知り合ったわけではなさそう。
父さんと母さんが初めて会ったのは、グラスゴーらしい。
フランスでもスイスでもない場所。

僕といえば生まれたばかりの頃は、隔世遺伝じゃないかと思うほど、
おばあちゃんに似ていて、金髪の髪の毛と青い目をしていた。
今はダークブラウンの髪色と、茶色い目をしている。

僕は生まれてすぐ、母さんの実家で育てられた。
どんな仕事をしていたら、遠く離れた両親の家に生まれたばかりの
我が子を置いていってしまうのか。
理解出来なかった僕は小さい頃よく泣いていた。

おばあちゃんは、ユーゴと僕に名前をつけた。
日本でも通じる名前で、フランス語であることにこだわった。
だから表記はHugoとなる。
天使のようだ、とよく言われていた。
天使のようなユーゴ、そうやって周りから言われて育った。

僕は7歳で小学校に上がるまでは、フランスで育った。
家ではおばあちゃんとはフランス語、おじいちゃんとは日本語を。
外では、かつて母さんがしたようにフランス語と英語を使い分けていた。
長い休暇の時には、美術館で1日中過ごしたりもしたけど、
家の側にある海を見るのが好きだった。
遭難していないけど、海の向こうから誰かが迎えに
来てくれるんじゃないかと思っていた。
だけど、毎回来るのは仕事を終えた漁師と観光客。

両親と時々ビデオ通話をしても、なんだか虚しい。
触れているもの自体は、デバイスであることを思う。
次第に、そういうもの自体が好きじゃなくなっていた。
それよりは近くで抱きしめてくれる、おばあちゃんと過ごす方が好き。
デバイスより温かい体温、温かい言葉、温かいクッキー。
いつでも用意してくれるものは、あたたかい。

フランスに住んで、フランス語を話して、フランス文化の中に生きる。
こういうことが当たり前になってきた時に、
日本で暮らすことを知らされた。
いつでも来れるし、帰れる場所はあるのにやっぱり飛行機で泣いた。
慣れた場所を離れるのは、嫌でたまらなかった。
信じられないかもしれないが、この時が初めて日本に行く機会だった。

その後は、言葉も文化も食事も異なるストレスと戦いまくった。
ただそう、誰にも負けたくなかった。
サッカーの試合を観た後、おじいちゃんもおばあちゃんもよく怒っていた。
そういう中で育ったからかもしれない。

日本では、教会に行くことがなくなった。
その代わり、近くの公園で会った子たちとサッカーをするようになった。
それから、ゲーム機を買ってもらえたので最初は意思疎通に苦労したけど、
サッカーやゲームを通して友達に囲まれるようになった。

時は流れて、大学進学も決定。
中学から一緒のアオ、ルイ、カイルも一緒に進めることになった。
大学に入ったら最初に旅行をしよう。
行くなら絶対に海がいい。
3人が、これに賛成してくれた。

そう言われて実際に計画を立ててみると、圧倒的に自分達の弱点ばかり
知らされる。
「あ。」
思い出したユーゴは帰宅後、両親経由で親戚に連絡を取ってもらった。
良かった、大丈夫だ。宿泊先の心配はなくなった。

新しい世界に進むことのために、僕は何をしたら良いんだろう?
彼女も出来たし、サッカーも順調。
勉強もそれなりに順調。

何をしようか思い巡らしていると、なぜだか思い出せないけど
小さい頃よく泣いていたことを思い出した。
単に寂しかっただけなのだろうか?
なぜ海の向こうの世界をみていたのだろう?
誰かが来るかもしれないって思っていただけだろうか?
でも誰を待っていたんだろう?
あの時の感情を、ユーゴはもう思い出せない。

海の向こうの世界、それはきっと自分を受け入れてくれるような、
理想の場所を見つけることかもしれない。
もうフランス語も覚えていないけれど、自分らしくあることができる場所、
それはきっと美しい。

スマホには運転中にかけるための音楽を、ダウンロードしておく。
海の向こうから来たユーゴは、これから何かが起こるかもしれないと
少し笑った。


「海の向こうって、どんな新しい世界が待ってんだろうな…」


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