おじいちゃん、神社の鯉を茹でる。

元よしもと芸人の人生

2023年7月13日 20:44

おじいちゃんは優しい。

孫の僕にもこれ以上ないくらい可愛がってくれた。

そんなおじいちゃんは居酒屋を営んでいた。
自宅兼お店みたいな常連だけを相手する小さな店だ。

ただ、毎年春に神社にお店を出店している。

その神社の池に泳いでいる鯉は
出店する店の人が奉納するルールがある。

おじいちゃんは、今年も鯉を飼い家に持ち帰った。

ただ、奉納する日は３日後。
その間に小さなバケツに入れるのは可哀想だと
おじいちゃんが言い出した。

とても孫のペットを食べた人間とは思えない。
※【おじいちゃん孫のペットをたべる】参照

そこでおじいちゃんは
とあることを思いつく。

お風呂に水を溜めてそこに泳がそうという案だ。

自分はお風呂は銭湯に行けばいいから
鯉には少しでも広い場所で泳いで欲しいとの事だ。

「雄二、この鯉はな神様に仕える鯉やから
　大事に扱わなあかんのや！！」

当時、6歳くらいの僕に大事な事を教えてくれる。

おじいちゃんはお風呂に水を溜め、
そこに鯉を入れた。

まだ満タンに溜まってないが
鯉もバケツよりは伸び伸びしていた。

僕は、おじいちゃんって優しいなぁと
少し尊敬の眼差しで見ていた。

3時間くらいして僕も鯉の様子が気になり
お風呂場に向かった。

脱衣所のドアに手を掛け、鯉をびっくりさせては
いけないと思いそっとドアを開ける。

すると、脱衣所の奥にあるお風呂の扉が
なにか曇っている。

ん？おかしいぞ？

6歳ながら何かがおかしいと悟った僕は
急いでお風呂のドアを開ける。

すると、風呂場から大量の湯気が
僕に向かって襲ってきた。

風呂場はサウナくらい熱い。

鯉は？鯉は大丈夫か？

僕は湯気を掻き分けて浴槽を覗き込んだ。

そこには茹で上がって少し膨張した
鯉がプカプカ浮いている。

完全に茹で上がってる。

「おじいちゃん！！鯉が死んでる！！」

台所にいるおじいちゃんに
僕は走って報告に向かった。

鯉が茹で上がってる事を知った
おじいちゃんは僕に言った

「なんでじゃ！！！！」

キレられた。
完全に蛇口を捻ったのは、おじいちゃんだ。

おじいちゃんは風呂場に駆けつけ
茹で上がった鯉をすくいあげた。

おじいちゃん家のお風呂は
温度設定をしたらお湯が出てくるシステムではなく、

赤と青の蛇口が２つあり
その２つの蛇口を捻り、お湯にしたり水にしたりと調整する古いタイプのお風呂だった。

そう。おじいちゃんは赤の蛇口を回したのだ。

古いタイプだから、お湯が出てくるまでは
結構な時間がかかる。

だから、おじいちゃんが鯉を放った時は
まだ水だったから、気付かなかったのだ。

原因を理解したおじいちゃんは、
茹で上がった鯉を運びながら、

「えらいこっちゃ！えらいこっちゃ！」と

慌てている。

そうこうしてると、お店にお客さんが来た。

慌てながらも、おじいちゃんは
お客さんを席に案内して注文を聞き
台所に入った。

どうするんだろうと、呆然する僕。

おじいちゃんも焦っているが、
お客さんが来てしまった以上どうしようもない。

料理を何品か作り
ビールと料理をお客さんに出す。

少し落ち着いたおじいちゃんに僕は話しかけた。

「おじいちゃん鯉どうしたん？」

すると、おじいちゃんは少し間を置き
僕の目を見てしっかり言った。

「出した！！」

ん？、、、出した、、？

僕が理解できてない顔を見ると
おじいちゃんは更に口を開く。

「勿体無いからお客さんに出したわ！」

お客さんに出した、、？？

仮にも神社に奉納する鯉だ。
神様の分身の様なモノだ。

それを熱湯で茹でて、
しかもお客さんに出した。

罰当たりもここまで行くと気持ちが良い。

お客さんを見ると
美味しそうに茹でた鯉に醤油をかけて
食べている。

神様史上初だろう。

茹でられる神様。
商品にされる神様。
醤油を垂らされる神様。

恐らくブチ切れてるだろう。

6歳の僕は恐怖する覚えたもんだ。

事態を理解しきれてない僕は
そっともう一度おじいちゃんの方を見ると

おじいちゃんは
ペンを取り伝票にこう書いていた。

"鯉の煮込み 3.500円"

高い。

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