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映画『孤狼の血 LEVEL2』感想~今作最強の悪役は童貞

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 魅力あるヴィラン(悪役)が登場する映画はたいてい良い映画である。今回紹介する『孤狼の血 LEVEL2』にも強くて怖い魅力的な悪役が登場する。そこに清々しさすら私は感じてしまうのだ。


 広島県の架空の町、呉原市を舞台にヤクザの抗争を止めるべく刑事・日岡は奔走する。前作で非業の死を遂げたベテラン刑事大上の遺志を継いだ日岡は、呉原の治安を(時に非合法なやり方で)維持していく。対立する広島仁正会系五十子(いらこ)会と尾谷組は、日岡の暗躍により手打ちが行われた。そんな時、「悪魔」と恐れられる五十子会の上林が刑務所から出所してくる。


2
 出所した上林はすぐに尾谷組に戦争を仕掛けようと組の幹部たちに進言する。しかし、手打ちが済んだことを理由に止められてしまう。もうそんな時代じゃない。これからはビジネスだ。フロント企業の社長・吉田は国からの公共事業を受けられるくらい大きな会社に成長したことを自慢する。ヤクザが「公共事業」を自慢するたびに笑って良いのかどうなのか分からなくなってくる。不満をふつふつと溜めた上林は広島仁正会の綿船会長に直談判しに行く。しかし、会長の右腕である溝口に叱責をくらう。

 この宇梶剛士演じる溝口の絶妙な中ボス感。あまりにも安っぽい怖さに思い返すと笑ってしまう。絶妙なキャスティングだろう。それと対比するように鈴木亮平演じる上林の狂気が本物のように感じられる。

 叱責された上林は、一瞬で不満を爆発させる。溝口のこめかみにアイスピックを思い切り叩き込む。気持ち良いくらいの殺しっぷり。清々しさすら感じる。


3
 前作同様ストーリー、特に後半の展開が秀逸で、いかにこの悪党を懲らしめるのかにワクワクしてしまう。スーパーヒーロー映画なら強大なヴィラン・悪役を倒す(=殺す)ことでカタルシスを得ることができる。しかし、現実的な本作ではそういうわけにもいかない。必殺技や魔法は存在しない。どのようにして刑事である日岡が圧倒的なヴィラン・上林を懲らしめるのか。

 バイオレンス描写が手加減なしなのも前作同様で、ちゃんと「見せて」くれる。もはやこだわりなのかと思うが、大物俳優を殺して死体としてきっちり見せてくれるのも良い。テレビドラマなら手や足の一部を映してそれとなく分からせたり、顔を出すにしてもきれいな状態で映す。そういった「配慮がない」シーンを見ると映画って良いなと私は感じるのだ。(三池崇史監督の『十三人の刺客』の斬首シーンはこちらが心配になるくらい配慮がなくて最高なのでぜひ!)そして、そういったバイオレンス描写のひとつひとつが上林の圧倒的な悪役感を際立たせていく。


4
 今作において上林の悪役としての存在感は圧倒的で、それは肉体的な強さだけではない。他の作品に登場する暴力で解決するタイプの悪役が持つ強靭な肉体や狂気性とはまた違う魅力を彼は持っていると思うのだ。それは何か。純粋さと破壊衝動。他の悪役とは違う上林の魅力とは童貞中学生的マインドではないだろうか。


 ストーリー的には13歳の頃の家庭環境の劣悪さからくるトラウマに今でも囚われていることがうかがえる。精神性が成長していないのだ。もっとも象徴的だと私が感じたのが、SEXシーンがないことだ。極めて現実に近い世界観の作品で暴力で欲望を叶える悪役の場合、殺しと強姦はセットである。上林の場合それがない。出所して舎弟に「スケ用意しました」って言われた時も何もなし、序盤の女性殺害シーンは絶対そういう展開になるんだろうなって思っていたのに!前作では役所広司演じる大上が、思いっきりおっぱいを揉んでいる。いまさらお上品ぶる映画なんかじゃない。そういうシーンを入れれば狂気性を演出できるし、観客へのサービスにもなる。「サービス悪いなぁ」なんて邪な気持ちを抱いていたが思い返すと正に童貞(=純粋)である証拠ではないかと思うのだ。(終盤、強姦の証拠が出てくるがそれも上林本人なのか回りの取り巻きなのかはっきりとしない。)極悪なヤクザが女性を前にして劣情を催すシーンがないなんて普通ありえないでしょ。上林と関わる女性も出てくるがそのほとんどが殺されてしまう。殺すことがSEXの暗喩として取れなくもないが、女性の扱い方が分からない説を私は推したい。


 「尾谷組と戦争だ!」という上林に対して「これからはビジネスの時代だ」という幹部たちは、夢を追いかける若者と働きなさいという親のように見える。だからうるさい溝口を殺したときスカッとしてしまう。終盤、上林がある女性に発砲するシーン。「うるせぇ!ババア!」と子が親に歯向かう時のような感情の爆発を発砲音で表しているかのようだ。ここにも爽快感を私は感じてしまう。(書いていて思うが40歳にもなってまだ「そっち」側なのかと少し落ち込む。)

 先ほど「清々しい」と書いた。感情が爆発する道程は理解できる。まるっきり理解できない異常者というわけではない。しかし結果、純粋な暴力という解決方法を取った。話し合いとか妥協点を探るだとか大人の論理は通用しない。純粋さ故の暴力。ビジネスだ、公共事業だと言う人間と合わないのは当たり前だ。それは彼が中学生だからだ。金も権力も尾谷組を潰すという夢・ロマンの前には何の意味もない。


5
 最後に、この映画のやさしさ、誠実さを感じたシーンがある。

 上林は昔なじみの焼肉屋で舎弟のチンタをボコボコにする。みかねた店主のおばちゃんが、「いい加減にしなさい」と𠮟りつける。今までの残虐性を観ている観客はドキッとするが、上林はお代を置いて店を出ていく。悪魔のような男にもきちんと叱ってくれる人がいる。そのやさしさに彼が気付いているのか分からない。ただ、おばちゃんを黙らせたり、暴力を振るったりはしなかった。それは、現実に上林のように家庭環境に苦しむ人たちへのメッセージでもあるように感じた。


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