「恩返し。」/ショートストーリー

「さとうさんっていうの?」
「あっ。はい。」

お客さんは私の名札を見たのだろう。うちのお店の名札はひらながで多分系列の他店舗より大きめに名前が印刷されている。
クレームだろうかと一瞬身構えてしまう。
そして。
お客さんの顔をまじまじと見てしまった。

「さとうさんのレジでの接客はいつも感心する。どんな客に対しても笑顔っていうのは当たり前っていうなら当たり前なんだけど。」
お客さんの顔は笑顔だったし、クレームでなくて良かったと思った。

それにしても。
なんて端正な顔立ちなんだろう。肌なんか女の私より白い上にすべすべしている感じがする。相当女性にもてるじゃないか。

「笑顔より誰に対しても同じに対応しているところがね。すごいなって思う。無意識に見た目で反応してしまうところがあると思うのだけれど。」
「ありがとうございます。」
私にはお礼の言葉しか言えない。

「それに、常連さんにだけ対応が良いと言うのもなくて。公平な接客というのは変な言い方かもしれないけど。」
「私。実は人の顔覚えるのが苦手で。だから。」
そう言って私はぺこりと頭を下げた。

お客さんが私に話しかけているのをしばらく眺めていたと思われる店長が様子を見に来てくれた。
「さとうがなにか?」
店長もクレームだと思ったのだろう。

「いや。ここずっとの間、このお店を利用しているのですが。さとうさんの接客に感心しまして。」
このお客さんはいつも店内を観察していたのだろうか。
うちのお店の売り上げは系列店のなかではトップを争うぐらいだ。立地も良いから利用客も多い上に割と客単価が高いのだ。
もしかしたら。
ライバル店の人?それとも本部からの?

いや。違う。こんなイケメンがそんなはずはない。

「店長。私のことを褒めていただいていたところです。」
「それはお店としても嬉しいです。これからも心地よくご利用できますようにスタッフみんなで励みます。」
「私。お客さんが俳優さんみたいでボッーとしてしまってちゃんとしたお礼の言葉が出なくて申し訳ありません。」

その俳優顔のお客さんはにっこりと笑った。
「こちらは24時間営業ですよね。」
「ええ。スタッフの確保が大変です。でも。しばらくは本部から研修を兼ねて数人来るので安心しています。」
それを聞いたお客さんは笑顔で店内から出ていった。

店長はすぐに警察と本部に電話していた。
案の定、翌日近くの店に強盗が押し入ったと聞いた。
最近頻繁に強盗事件が近くで発生していた。
うちのお店を中心に警戒していた警察にその強盗はすぐに捕まった。
けが人はいないと聞いて私は安堵した。
そして。
その強盗はあの俳優顔のお客さんだった。

「良かったよ。佐藤さんが俳優さんみたいだって言ってくれたから。ほんと、不思議な能力のおかげだよ。」

そう。私には店長と家族しか知らない能力がある。
だけど。
普段は困ることも多い。

だって。私は。

人の顔が認識できない失顔症の私。
生まれつきではない。大学生時代に道の真ん中で震えていた猫を助けようとして猫ともども車に衝突。私は頭を打ってしまい、失顔症になった。
決して悔やんではいない。猫が無事だったから。今は実家にいる。

それに。
恩返しをしてもらった。
親の顔も見分けられず、この先どうしたら良いのかと落ち込んでいた時。
病院のベットの傍にいつの間にか現れたあのひと。
名刺には「なんでも屋」と書かれていた。
私が助けた猫に頼まれたと言う。おかしなことをいうひとだと思ったが。

「あのあなたが助けた猫に頼まれたのです。あなたになにかお礼がしたいからって。」
「あなたのその失顔症は治せません。だけれど。あなたの身に危険が及びそうな時、あなたに危険なひとの顔だけははっきりと見えます。認識ができます。顔が見えるひとは危険なひとです。あなたの知恵でなんとか逃れてください。」
それを聞いて最初は信じられなかったのだが。
今までも何度かその力で救われた。今回もだ。

失顔症だから、逆に公平に接客する。誰にでも笑顔で接客すれば間違いないのだから。ああ。常連客はもしかしたら不満かもしれない。

「なんでも屋さんはボランティアとか?」
「いいえ。対価はいただきますよ。あの猫は9つある命のひとつを対価にしました。」
なんでも屋さんがどんな顔していたのか、私にはわからない。
ただ。
なんでも屋さんの声が私をとても温かくさせて、私を明るいところへ導いてくれた。もちろん猫のお礼も。
だから。
私はいつも笑顔でいられる。

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