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「新装開店。」/ショートストーリー

「ママ。ここに空き地があったのなんて知らなかった。」
「空き地になって、そんなに時間たっていないもの。」
「ここって何だったの。普通のおうち?」
「洋食屋さん。あなただって小学生の時行ったことあるのに忘れたの。」
「そうだったけ。忘れた。」
「古くからあるお店だったから、外見とか内装は古びていたんだけれど、お味は美味しいお店だったわ。」
「なんで辞めちゃったの?」
「ママも最近は利用していなかったから詳しくは知らないわ。でも、跡継ぎの方がいないというのは聞いていたから、それが理由じゃないの。」
「とても品のよいご夫婦がやっていたけれど。お年で引退なさったかしらね。」


「いらっしゃいませ。」
若い店主とその妻が来店するお客に明るい声で挨拶している。
何故か、その声だけで美味しい食事ができると確信が持てる、そんな出迎えの挨拶。

「この度はおめでとうございます。」
「おめでとう。また来店できるなんて夢にも思わなかったよ。」
店主夫婦に祝いの言葉をかける客も少なくなかった。

そう、この洋食屋は今日新装開店したのだ。以前の店は40年前に開店して大した改装はせずにずっと営業していた。それで、外観や内装はどこを見ても古臭かったが、清潔感はあったし、何よりどのメニューも味がとても良かった。
夫婦の間には子供がいなかった。そのせいか、若いお客には大盛りにするので通い詰めていたものが多くいた。

それでも、年月とともにお客の数は減っていく上、店主夫婦の方も昔のようには無理はきかなくなっていた。店主が70になる前に病気であっというまに逝ってしまった。残された妻はなんとかひとりで店を切り盛りしていたが、それも限界というところで店をたたんだ。店をたたんですぐに妻は夫のもとへ逝ったのだ。

店の奥で食事していた客が手のあいた店主夫婦と話している。
「おめでとうございます。今、食べているオムライス、絶品ですね。ところでどうです。気に入りましたか?新しくなったお店は。」
「ありがとうございます。なにからなにまでお世話になって。」
「私。こういう品があるけど可愛いお店が夢だったんです。」
店は以前の店を感じさせるものはどこにもない。変わらないのは美味しいメニューの数々。夫婦は結婚した当時に若返っている。
「メニュー表を内容は同じですけど、品があるデザインを変えてみたんです。」
「うん、良いですね。」
「全て、なんでも屋さんのおかげです。」
若い夫婦はにっこりすると同時に頭をさげた。
「とんでもありません。対価としてこの店の食事代がサービスなんだから。こんな美味しいお店はそうそうなくて。」
「そう言ってもらえると料理の作り甲斐があります。」
「ここは生きた人は来られない店で、たまに人でないものも来店すると思いますが害をなすものは入れないようになっていますから。どうぞ、安心して商いしてください。」

ふたりはまた頭を下げると、店主は厨房に戻ると注文された料理を調理し始めた。妻はニコニコと接客している。

洋食屋の夫婦は、生前になんでも屋と契約していた。ふたりが死んだら、この世でもなくあの世でもない時空で店を新装開店することを。一度開業したら、永遠にこの場所でお店をしなきゃいけないのは承知だ。夫婦は生まれ変わるというのを放棄しても、ふたりで洋食屋をやりたいとなんでも屋に相談したのだ。


ママの話しを聞いたせいかな。この空き地の前を歩くとき、たまにすごく美味しそうないい匂いがするのだけれど。それに、この空き地はよく管理されているのね。普通だったら草ぼうぼうになるのに。不思議にいつも陽ざしがさしているような明るい場所に見える。

空き地の前で立ち止まっていた女子高校生は彼氏との待ち合わせの時間が迫っているのに気づくと慌てて駅の方へと走り出した。



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