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130日目 「数字が全てではない世界」にたどり着くためには?【カンパ歓迎(全文無料)】

割引あり

どうもこんにちわ!こんばんわ!
100日後に人生を変える副業サラリーマンです。


119日目から「数値化」について
学んだことをアウトプットしてきました。


では、成長するためには、
数字がすべてなのでしょうか?


数字はあくまでツールでしかない
と僕は考えています。
(お金も同様です。)


ロールプレイングゲームでは
腕力・魔力・体力などの
ステータスがレベルアップにより
数字で客観的に成長を判断できますが
現実世界では
そのようなステータスの数字は
存在しません。


だからこそ、客観的に成長を評価
できる数字が必要なのだと
思っています。


もし僕たちが無人島で1人で暮らしていたと
するならば、客観的、という考え方は
不要でしょう。

また、動物には内面的な成長という概念が
存在しないため、成長を「客観的」に
評価することはありません。
(外見的な見た目で強い・弱い、などの
生命活動に直結する判断はあります。)


しかし、
僕たちは、社会という中に存在しています。
その社会に生きるための一つの意義として、
「貢献すること」があると考えています。


さらに、この「貢献すること」は、あくまで
他人からみて「役に立った」ということが
「貢献すること」
だと思うのです。
すなわち、貢献できることというのは
「客観的な視点」
が必要だと、僕は
思うのです。


この、「客観的な視点」を表すために
使われるツールこそが
「数字で表すこと」だと考えています。


僕たちは資本主義という中で
生きています。
生きていくためには、最低限のお金を
稼いでいく必要があります。


このお金を稼ぐ、という行為は
「貢献すること」により手に入れられる
ものだと思っています。


ということは、
生きていくためには、
「客観的な視点」すなわち
「数字で表すこと」が必要に
なってくる
と思います。


ただし、一方で数字で表されない
ものもこの世にはあると思います。


「やりがい」
「思いやり」
「ボランティア精神」

などはその一例といえるでしょう。


このような考えも
災害の場面など
必要な場合もあると思います。

できるなら、僕はずっと
ボランティアで生きていきたいと
思っていました。
人のために無償で力を尽くしたい、
それで生きていきたい、
そのように思った時期もありました。
そこには、
「やりがい」
「思いやり」
もあったのです。


ただ、そうすると残念ながら
生きていけないのです。
ボランティアは自分が豊かなときに
自分の富を分け与える行為です。
もっと言えば、自分を犠牲にして
人を助ける行為です。

こんなことが続けられる
わけがなく、自分の家族すら
守れなくなる状態になりそう
だったので、やむなく辞めました。


少し話はそれます。


仏教徒でもある僕は
お釈迦様の話をよく聞きます。

お釈迦様は昔、苦行により
人々を救済されることを
望んでおられました。

しかし、いくら苦行をしても
人を救済できないと悟り

苦行をやめて、
自分の知識を提供する代わりに
食事などの施しをいただくよう
になった
のです。


・・・どうでしょうか?
お釈迦様ですらできなかった、
この、「自己犠牲」が
僕に続けられるわけもありません。

そこに、僕は気が付いたのです。


だからこそ、
生きるためには物事を
「数値化」でとらえることが必要

と思います。

その数値化で自分も、人も豊かに
できたその先に、
「やりがい」「思いやり」
「ボランティア精神」
といった、
「数字がすべてではない」
世界にたどり着ける
のではないか
と思っていますし、
その世界に行きたい、と
願ってやみません。


それでは、また明日。
楽しい1日をお過ごしください。

(前回の記事)

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