言葉の代わりに歌を

学校が嫌いな高校生だった。
指折り数えて待った卒業のその日は解放感に包まれていた。

一言ずつみんなの前でお別れの言葉を、と言われ何人かの女子生徒が涙ぐみながら、時折言葉を詰まらせながら別れを述べた。
担任の教師が期待しているのは、おそらくそういう光景だったんだろうな。
「私は高校生活が苦痛でたまらなかった」という旨を図々しくも晴れの場ので表明した私は、どう映ったんだろうか。

やっとこの忌々しい環境から解放されるんだという思い、誰にも話せなかった「学校が苦痛だった」という思いを吐露したとたん、惜別とは別の涙でまっすぐ前を見れなかった。

「この人たちとこの先何年かゆっくり時間をかけて疎遠になっていき、ついには、会うことも言葉を交わすこともなくなっていくだろうな。」とぼんやり考えていた通り、ほとんどの者たちとはその後あっていない。

クラスメイト達が何を話したかも覚えていない。思い出せるのはY君だけだ。

「僕はみんなのためにうたいます!」

小柄で華奢な彼の、鈴のような声で、愛好しているクラシックのオペラだか何だかの一節が歌われた。

Y君は結局、嘘くさい惜別の辞もなく、激情の吐露もなく、言葉の代わりに歌だけを残した。

かなわないなあ、と思った。Y君は元気だろうか。

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