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【連載小説】母娘愛 (28)

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前回 (27)までのあらすじ👇

 佐伯裕子(46)は、品川駅前の超高層の高級分譲マンションで、優雅に独り住まいをしている。生まれ育った故郷・広島では、実母・佐伯恵子(66)も、やはり独り住まいである。

 裕子は高校卒業を機に、男狂いに明け暮れる、恵子との諍いに疲れ、大学進学を理由に東京へ逃れた。

 ある日のこと、恵子から、一本の電話を受ける裕子。

「ええ人が見つかったんじゃけど・・・」との縁談話だった。ところが、その資産家だという福田誠(56)は、とんでもない悪党で、結婚詐欺師だった。

 おまけに、恵子ははまで、すでに騙されていたのだ。

未練がましく誠を追う裕子。きっぱりと忘れようとする恵子。そんな、母娘おやこの心の縺れもつれが、新しい母娘関係を予感させる。

 今度、テレビに出るのだ!と唐突に切り出す恵子。その話の胡散臭さに、よからぬ成り行きを憂う裕子である。

 録画撮影の当日、8月1日の蒸し暑い朝が明ける!

👆27話までのあらすじ


 月末の御前会議はいつものことだが湿気ている。

 壊れかけた安物のエアコンが猛暑の外気を、まるで会議室に吸い寄せるように、出席者全員に不快感を浴びせる。裕子は腹いせにエアコンを睨みつけた。

 経営陣の空回りするゲキが、そんな裕子の頭の上を通り過ぎてゆく。二言目にいう「社員一丸となって!」が、この疫病によるパンデミックのご時世に、余計に空虚感を助長するばかりだ。

<もう一つのヒロシマ>という企画を、サブチーフの松田香織とのタックルで、経営陣に無理矢理ねじ込んで、判を付かせたのは、ついこの間のこと。
予想外に長引く疫病の蔓延が、あのときの士気の低下を呼び寄せる。

 経営陣の空っぽの言葉の単なる羅列を聞き流しながら、裕子の頭に過るよぎるもう一つの憂鬱が蠢いていた。確か、明日だ。広島の母の声が心の中でリフレーンしている。

『裕ちゃん!わたしテレビに出るの・・・』
『8月1日が本番でね・・・』

 裕子は昨晩、思案に思案を重ねた末、始発の新幹線のぞみ99号に乗っている。仕事から逃げ出したようで辛い感情より、稚拙な母への感情が勝ったのだ。多分、母性愛の逆バージョンというところだろう。

 8月1日。

 長閑のどかな田園風景が、車窓を掠めて飛んでいる。もう、岡山あたりだろうか?裕子は恵子の屈託のない、恵子ははの声を思い出しては、うとうとと広島を目指していた。

 お金では幸せになれないということは、恵子が世界中の誰よりも、よく知っていることだ。生まれたときから、お金が当たり前のようにあった。

 左前になりかけた、老舗の海産物問屋を立て直そうと奔走する、婿養子の夫は、恵子に構う余裕もなかったのだ。日ごと蚊帳の外に押しやられる恵子は、自分の存在意義を見失い、男狂いに身を崩して行ったのだ。

 やがて、代々受け継がれてきた海産物問屋は、他人手ひとでに渡って、多額のお金だけが残った!

 二十歳前はたちまえの裕子にとって、母は色魔に狂う色女でしか思えなかった。同じ空気を吸っていると思うだけで、いたたまれなくなっていた青春時代は、ただ母から逃れることだけが目的だった。

 東京での生活は、いわば母親との絶縁宣言だったのかもしれない。いや、もっと正確に言えば、裕子には、はじめっから、母親という存在すらなかったのかもしれない。

 東京へ旅立つという朝。母は見送りにも来なかった。その前夜に、裕子名義の貯金通帳と印鑑を渡されのが、母なりのせめてもの見送りの儀式だったのだろう。

 東京へ向かう列車の中で、何度もその通帳を手探りしながら、泣いていたのは、もうひと昔もふた昔も前のこと。愛情は与えられて初めて、その存在を知り学び、自らも人を愛することが出来るものだ。

 東京でひとり、他人たにんの中で暮らすうち、裕子が体得したのは、あの時の母は悲しくも、哀れであったということだった。

「まもなく!広島に到着しま~す!」車内にアナウンスが流れ始める。

 裕子は微睡まどろみから、覚醒し車窓に広がる広島の空を仰いだ。

 そして思った。

 戦場へ向かう勇士はきっと、こういう気持ちなのだろうと。


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