【旧ジャニーズの穴、どう埋めた?】第74回NHK紅白歌合戦をマーケティング視点で考察
うーん、今回の紅白歌合戦も面白かった。毎年なんやかんや見てしまう。
せっかくこういうnoteを書いているので、今回は紅白歌合戦をマーケティング的に考察してみることにした。
全体としては、前回の紅白で視聴率が下げ止まったこともあり、大幅な方針転換はせず、既存路線の中で進化を図っている印象。旧ジャニーズがごっそり抜けた穴をどうするかが最大の課題だったと考えられるが、どう解決を図ったのかも注目ポイントだ。
紅白歌合戦の目的と目標は?
今回の紅白歌合戦は第74回。
NHKには番組スポンサーの概念がないので、視聴率が高くても低くてもビジネス的にはさほど影響がない。それでもNHKが視聴率アップに躍起になるのは、「年末恒例の国民的番組」のポジションを守りたいからだろう。
近年では紅白出場を断るアーティストも多いようだが、それでも他の歌番組より豪華な顔ぶれを用意できるのは、「国民的番組」だからこそ。たくさんの人に見てもらうことが権威性の根拠であり、来年以降のコンテンツパワーにつながるという意味でも、視聴率は重要だ。
2022年の視聴率は以下。
第1部:31.2%(前年比-0.3%)
第2部:35.3%(前年比+1%)
目標値は公表されていないが、NHK的には2022年比プラスは死守、あわよくば2部で40%くらい欲しいというのが目標水準だろうか。しかし、後述のようにジャニーズ系のグループがごっそり抜けたので、前年維持ですら高い目標と言えるだろう。
紅白歌合戦のターゲットと提供価値は?
ターゲットの考察
紅白歌合戦のビジネスターゲットは言うまでもなく「全ての日本国民」だ。
一般企業のマーケティングに比べると途方もなく大きなターゲット設定を宿命づけられているのだから、大変だ。
とはいえ視聴率は30%台なので、6割捨てて良いと考えれば、もっとターゲットは絞れる。番組の特性上、「歌番組や音楽に関心があり、年末を家族や親族で集まって過ごす世帯層」がコアターゲットだろう。全年代を狙うとどうしても単身者をとどめておけないし、そもそも歌番組に興味のない人は狙いにくい。
音楽の好みは年々多様化している。若者向けのアーティストを出せばおじいちゃんが文句を言うし、演歌歌手を出せば若者がしらける、しかも期待値はめちゃ高いという、どうしたらええねん的な状況の中で毎年30%以上の視聴率を叩き出すのだから、心底尊敬する。
ニーズと提供価値の考察
さて、マーケティング的には「ターゲットは大晦日の夜に何をしたい(見たい)のか?」という問いが非常に重要になる。紅白歌合戦はある程度国民全体に共通する大きなニーズに応える必要があることから、
家族共通の話題で団欒したい → 世代共通の話題の提供
2023年のハイライトを振り返りたい → 当年トレンドのコンテンツ提供
毎年恒例の何かをしたい → 「お約束」的なコンテンツの提供
好きなアーティストの曲を聴きたい → 各年代の人気アーティストの出演
作業しながらBGMをかけておきたい → 不快なコンテンツを提供しない
といった点を押さえて全体が設計されていると思われる。提供価値を一言で表すならば、「家族で楽しめるいつもの大晦日」という感じだろうか。このような視点で全体のプログラムを見ると、各コンテンツの必然性がなんとなく見えてくる。
紅白歌合戦のライバルは?
紅白歌合戦の裏番組は上記の通り。戦略的アプローチとしては下記の3パターンに分かれると思われる。
① 歌番組でかぶせ、ターゲットに特化する
「年忘れにっぽんの歌」「ももいろ歌合戦」が該当。それぞれが特定の年代や趣味クラスターに特化しており、「歌番組」の中で紅白歌合戦の視聴者層を切り崩すアプローチ。「視聴率10%で万々歳」的な考え方だからこそできることで、単身層やDINKSだとこちらを選ぶ人も多そうだ。
②「音楽」に匹敵する王道カテゴリーをぶつける
「笑って年越し!THE 笑晦日」「WBC2023 ザ・ファイナル」が該当。それぞれお笑い、スポーツと、音楽に対抗できる「世代を超えて楽しめるカテゴリー」で勝負。「歌番組にあんまり興味がないんだよなあ」という世帯層が主要ターゲットか。紅白歌合戦からのザッピングも狙いやすそうだ。
③固定ファンのいる既存番組を放送する
「ザワつく!大晦日」「逃走中~お台場リベンジャーズ~」が該当。普段から番組を視聴しているファンを少数でも良いので手堅く囲い込むアプローチ。番組のフォーマットがあるので企画が省エネで済むと思われ、積極的に高視聴率を狙いに行かない消極策と言えるだろう。
まあ実際のところ、これらの番組よりも紅白歌合戦の方が先に企画が始まっているだろうし、横綱たる紅白歌合戦がライバルとの差別化を強く意識してプログラムを作っているとは思えない。内容にはほとんど影響していないと考えて良いだろう。
前回の紅白と比べてどう変わった?
出場アーティストの変化
紅白歌合戦の出場アーティストを2022年と比べると、以下のようになった。
真っ先に目につくのは旧ジャニーズ系のグループがごっそり抜けたことか。関係者の苦労は想像に難くないが、Stray Kids,SEVENTEENなどの韓国系と、キタニタツヤ、マンウィズ、10-FEETなどのアニメ系を手厚く、そしてすとぷりで穴を埋めにかかったと見られる。
それ以外では、昨年adoはいなかったがウタはいたし、YOASOBIはいなかったが幾田りらはいた。櫻坂はいなかったが日向坂はいたし、MISAMOはいなかったがTWICEはいた。そう考えると、旧ジャニーズの穴埋め問題以外は大改革した感じはなく、昨年踏襲ベースでのちょっとしたメンバー入れ替えに見える。
ちなみに近年の紅白歌合戦は若者を意識した改革を積極的に進めているが、世帯視聴率40%を狙う=60%を捨てるのであれば、人口構成比率が高く、なおかつテレビの視聴割合も高い中高年層を狙うほうが効率が良い。紅白歌合戦のブランドが刺さりやすいのも中高年だ。
それでも紅白歌合戦が若返りを図るのは、中長期的に世代を超えて愛される「国民的番組」であり続けたいからだろう。他のビジネスでも短期的な目標達成が本来の目的を損なうことはよくある話で、紅白歌合戦は目標が目的に従うことの好例だと感じた。
なお、男性司会は大泉洋から有吉弘行へ、年々毒舌さが増している辺りに脱・予定調和の意気込みを感じる。女性司会は前年に引き続き橋本環奈、そして新たに浜辺美波と華やかな顔ぶれ。(浜辺美波は顔ちっちゃくてびっくりした)
テーマの変化
2023年のテーマは「ボーダレス-超えてつながる大みそか-」。
ちなみに2022年は「LOVE & PEACE-みんなでシェア!-」だった。
ボーダレスってなんやねん、という点については公式サイトで以下のような記載がある。
また、具体的な企画レベルでは、「見どころ紹介」の中で以下のような言及があった。
うーむ、ちょっとこれは一言言いたいのだが、「紅組」「白組」の枠組みを超える=女性と男性が一緒にパフォーマンスすることが「ボーダレス」でいいのか?それって紅白歌合戦側の課題だし、毎年やってるし、視聴者からするとなんの目新しさもないんじゃなかろうか。
本当は顧客側=日常生活や個人の価値観、あるいは社会に存在する「ボーダー」を超えていく取り組みでなければ、提供価値として成立しないはずだ。
全体的に「ボーダレス」という言葉自体が出てこなかったので、今回はあまり重要ではなかった様子。
ちなみに今回の特別企画は「ディズニー100周年スペシャルメドレー」「テレビ放送70年 テレビが届けた名曲たち」をはじめ、ハマいく、NewJeans、Yoshikiと、あまりテーマとの関連を感じなかった。(強いていえばクイーン+アダム・ランバートは国境を越えた?)
個人的ハイライトシーン
「けん玉メソッド」の横展開
水森かおり×ドミノ企画は昨年の三山ひろし×けん玉(瞬間視聴率2位だったらしい)の成功を応用した企画と思われる。もはや歌がBGMになっているものの、アーティストのパワーに依存せず注目を集める手法はまさに発明だと思う。
若者の注目度の低いアーティストの方があの手この手で凝った工夫をしているので、逆に期待してつい見てしまうという逆転現象すら起きている気がする。ドミノの次は何だろうか。
「非アーティスト」の歌唱枠拡大
かまいたち濱家(一応歌手?)、大泉洋、有吉弘行(まあ歌手要素もあるか?)、橋本環奈、浜辺美波と、今回は非アーティストがかなり歌った。
2022年にはなかった傾向なので何か新しいチャレンジと考えられるが、どういうプラスがあるのか自分はわからなかった。(もしくはジャニーズの穴埋め策の一環か?)
けん玉絶対失敗してたやろ!!
と思ったらやっぱり失敗してた。16番さん、元気だしなよ・・
YOSHIKIやっぱすげー
もはやマーケティングと何の関係もないただの感想なのだが、めちゃ感動した。ここ最近は歌番組で審査員をやっている姿か、オーディション番組で誰かをプロデュースしている姿しか見ていなくて、正直現役のアーティストとして全然期待してなかったので衝撃だった。
歌の上手さというより、仲間を失った悲しみの感情が画面からどわーっと伝わってきて、こちらも感情が溢れた。Hydeやら清春やら、往年のビジュアル系アーティストが勢揃いしたのも胸熱だったよね・・・。
YOASOBIのトリ前抜擢
元々売れていたが今年は世界規模で最大のヒットを飛ばしたYOASOBI。レコ大が候補にも入れなかったことで話題になったが、紅白はしっかりトリ前に抜擢してきた。イケてるベンチャーの人事のような、こういう瞬発力はとても大事だと思う。
歌唱力はもとより、演出面でも紅白に出演したアイドルグループは総動員で超豪華だった。ここ数年は越智志帆とMISIAが実力枠でポジションを確立しているが、YOASOBIもそうなっていくのかなと感じた。
(僭越ながら)今後の課題
①大物アーティストをツモる
実際のところ、紅白歌合戦の良し悪しは(テーマや演出よりも)出演アーティストの顔ぶれで決まってしまう部分が大きい。
大物アーティストの出演は「世代によって嗜好が違う」という紅白歌合戦の大きな問題を一発で解決できる可能性もあり、「アーティスト側への営業」が引き続き大きな課題になるだろう。
あらゆる事情を無視して個人的な願望でいえば、B'z、ミスチル、サザン、Bump of Chicken、玉置浩二、宇多田ヒカルあたりが勢揃いで出てくると、「豪華だなあ、さすが紅白だな」と感じると思う。
②旬なアーティストにちゃんと旬な曲を歌わせる
「流行枠」で出ているアーティストや、彼らが歌う「流行曲」が微妙に古い、というのは誰もが感じているだろう(NijiUファンの奥さんはMake you happyを歌わせていることに怒っていた)。
紅白歌合戦の「流行枠」については、流行して広まって、「定番曲」の領域に片足を突っ込んだくらいでようやくセットリストに入る感がある。しかし、妙齢の方々はどうせわからないのだから(失礼)、一番旬なアーティストに一番旬な曲を歌ってもらう方向へ振り切ったほうが若年層の関心度と満足度を上げられるように感じた。
③副音声チャンネルを使って視聴者層を広げる
現状、副音声は「番組の楽しみ方のいちオプション」という位置付けだ。今年の「紅白ウラトークチャンネル」の司会はパンサーで、トークも安定の面白さだった。
ただ、副音声は「苦情が入らないよう、守りに入らざるを得ない」という番組本編の弱点を補える可能性があるように感じる。つまり、副音声によるコンテンツの「汚し方」によって、番組本編に興味を持ちにくい色々な視聴者層を取り込めるのではないか。
テレビのチャンネルは一つしかないが、副音声チャンネルはいくつあっても良い。NHK単体でやる必要もないので、例えばドワンゴと組んでも、ホロライブと組んでも良い。クリーンさが求められるNHKとは対極にある、ネットカルチャーとの結節点として、副音声が使えると感じた。
④紅白全体の面白さを底上げできるテーマを開発する
今回は(も?)せっかく設定したテーマが機能していなかったように感じる。「ボーダレス」は解釈の幅が広く、直感的に理解するには難しすぎた。
紅白歌合戦はその年の社会情勢や世の中の空気を反映してテーマを設定しているが、おそらく年の前半から企画が始まっているはずなので、プランニングの時間軸が合っていないのもあると思う。
個人的に好き勝手いうと、あまりこねくり回さずに、「お祭りだぜ、イエーイ!」みたいな単純なテーマでわっしょいわっしょい盛り上がる感じの方が楽しいんじゃないかと思っている。
いやー、こんなに紅白歌合戦について真面目に考えたのは初めてだ。
来年も楽しみだ、皆さん今年もよろしく。
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