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観音経を読む生活

観音経を音読する生活を始めて
約1週間過ぎました。

般若心経とはまた違った感覚です。

体が中から熱くなる、
懐かしくも温かくなるような、

不思議な感覚です。

観音経はとても長いです。

ただ、字を追って読んでいると、
途中で疲れたり、飽きることがない。

むしろ、引き込まれるように
読んでしまいました。

初めての時は、文章が長いから、
息を吐き続ける時間が長く、
かなりゆっくりと読んでいました。

般若心経は今となっては、
もう読む目線よりも先に
口が進んでしまう状態です。

内容の理解が不十分であっても、
文章の形は覚えてしまいました。

そのため、観音経は新しく、
でも何か親しみ感があります。

なぜ急に観音経の音読かというと、
ふと三十三間堂を思い出したこと、

岡本かの子(岡本太郎のお母さん)が
観音経についての
本を書いていることを
偶然知ったからです。

こういう偶然は、ちょっと大事に
した方がいいかと
最近は思うようにしました。

実は、以前に気功治療の
片野貴夫さんが、
がんの患者には毎日30回以上の
般若心経の音読を進める、という話が
気になってました。

読経、一年半以上毎日
実践してきました。

読経の良さに関しては、
やっと意味が体感できてきたと思っています。

何がいいかというと、呼吸する力が
深まってきていることです。

今も成長過程ですが、
まだまだ不十分です。

呼吸が深まると、ばてにくい。
20代の頃よりも明らかに
息切れしない。

年齢を重ねれば、体力は
落ちてくるという常識を
崩せた、と今は思っています。

以前は呼吸の意識が全くなかった
ということです。随分と損をしていました。

呼吸が深いと睡眠時間が
仮に短くなってしまっても、
眠りが深くなる。

また酸素を吸う力が増えたのか、
翌朝の体が楽です。

そして空気がおいしく
感じるんです。

空気をよりよく味わえる、
という感じです。

生き物の空気感を
感じる、ということが近いかも
知れません。

表現はうまくできません。

ヤマユリです。以前とは見え方が
変わってきています。
単にきれいではなく、神聖な気持ちになれます。


読経続けて、呼吸が快適に
なっている感覚です。

息を吐く時間が吸う時間よりも
般若心経ではとても長い。

呼吸はどうやら、吸って吐く、ではなく、吐いて、吐ききって吸うのが
良いらしいです。

そうすると、吸い入れる力がつく。

呼吸関連の本を複数読んでいましたが、
吸って吐いては、逆だそうですね。

呼吸さえ深くできていれば、
と以前に思うことがあり、
いざ実践してきたわけです。

飽きっぽい私でも、
読経をする生活は続けることが
できています。

読経、今住んでいる地域のおばぁさん、
おじいさんは
ほぼ皆、何種類かのお経を
暗唱できています。

初めは驚いたのですが、どうやら、昔から読経する習慣があったようです。

自然と覚えた、体で覚えているそうです。

般若心経は毎日30回を例外なくしていると、
だいたい3、4ヶ月くらいで覚えてしまい、
いつしか暗唱できるようになりました。

内容は全然理解できていないのですが、
だからこそ続けるのかも知れません。

覚えることは、大事ではありません。

文字を追って、文字にだけ集中して
音読する。

息を吐く、といったことが
大事な点です。

そうすると、呼吸が徐々に深まり、
雑念にとらわれることがない。

読経に集中できます。

文字にだけ集中、この状態は、実は
瞑想そのものと同じだと思います。

実は、丹田呼吸、丹田音読にずっと以前から
関心と興味がありました。

腹式との境が今ひとつ掴めず、
丹田呼吸・音読ができているか、よくわかりませんでした。
これは今でも同じです。

そんな中、観音経です。

長い。文字を追うだけでも、
意味が頭に入ってこない。

でも、読んでいると吸い込まれる。

そして、観音経を読み終えた時、
体が内側から温まっていること
に気がつきました。

あ、これだって思いました。

要はガンやその他の病気でもそうですが、
体を温めろ、と言います。

そして、温かい飲み物、温かい格好、
また温泉などが
いいと言われ、生活に取り入れます。

でも、それらは全て外からの熱、
外から取り入れる
熱です。もちろんいいと思います。

でも、内側から、体の内部から
湧き上がるような熱さ、温かさ、
ってもっと大事ではなかろうかと
思っています。

温泉に行かなくても、
自分が温泉になるような、感覚でしょうか。

内側から熱くなる感覚です。

言葉でもそうですね。

肝から出るのは、口先や
頭から出る言葉とは全く違います。

(山本五十六さんが似たようなことを
言っていたと思います。)

込み上げてくる熱さがあれば、
何か明るい兆しを感じます。

観音経を読み終えた時は、
体が内側から熱くなってきました。

これなら、呼吸と合わせてなおいい、って思いました。

観音経は、文章が長い上、
まだよくわからない。

ふりがなの文字を追うことが、
何とかできるくらいです。

朝から、謙虚な気持ちになれることにも
気がつきました。

瞑想も丹田呼吸のトレーニングも、
体を温めることも同時にできてきたわけです。

また、観音経の読経を始めたからと言って、
般若心経30回以上、をやめるわけではありません。

観音経の後にすぐ、般若心経の
読経にはいりますが、

その時はもう、体が熱くなっており、
般若心経の読経を深く、しっかりと声に出せています。

エンジンで暖かくなった、
車のような感じです。

おへその下10cmあたり、丹田の位置に
空気が入っている実感があります。

朝の読経の時間は概ね約30分程度
になりました。お線香、約1本分が燃えるくらいです。

時間は早めに起きて、必ず読経を
できるようにしています。

朝の読経、午後、そして夜。
それでも内容はよくわからない。

わからなくてもいい。
これからも、わからないから、
ずっと続けるようです。

三十三間堂で買った冊子は、
紙の質感がよく、
読みやすいです。


きれいな字で、紙の使い心地も完璧です。観音経意外も色々印字されています。読み方はたまにYoutubeなどで参考にしています。


もちろん、朝は他にしたいことも
あるのですが、

読経やお祈りに約30分くらいかけるのは、決して悪くはありません。

むしろ、もっと早くやっていれば、よかった。
呼吸の力を早くつけてこられたと
思っています。


徐々に丹田呼吸に近づけてきた、と
やっと思えるようになりました。

でも普段の呼吸はまだまだ浅い。

だからまだまだですね。

ただ思ったのは、読経はいい。

というのも、近所で読経できる
(昔から読経してきて、
覚えているような人たち)は、みなさん至って強そうです。

多少、腰等を痛めても、体が丈夫で
たくましく見えます。

お経は、お坊さんだけが
読むものではない。

もっと日常に溶け込んであったもの、

いつしか、簡略化か、しなくなったようです。


どれだけ読んでも、まだまだ内容がわからず。
般若心経は続けます。
ろうそくの火も、あると何かといいです。

食べ物、運動以上に大事なのは、
呼吸じゃないだろうか、とさえ最近は思うようになりました。

日本人ならではできるのが読経で、
読経と呼吸は共通点がある。

さらに思いのほか、良いことが
さらに含まれている。

でもまだまだよくわからないのが
正直なところです。



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