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「長女と退園とうさぎ」

うちの長女は、知的障害を伴う自閉スペクトラム症で場面緘黙。激しい人見知り。

何もつかまらずに歩き出したのは2歳4ヶ月の時。オムツが取れたのは4歳の時だった。一時保育に預けてもほぼ泣き続けて保育士さんの手を焼き、「あまり預けない方がいいかも」とベテランの保育士さんに言わしめた。

よって、当時住んでいた福岡の郡部の公立幼稚園に年中で入園した時も、わたしも毎日次女をおんぶ紐で背負って、退園する時間まで一日
一緒に幼稚園にいた。

そしてその状態のまま、入園から2ヶ月で熊本県に主人の転勤で引っ越すことになった。

次も地元の公立の幼稚園。初めて登園した日、「ひどい人見知りで」と園長先生に告げると、「大丈夫、大丈夫!」と朝の朝礼の全園児が並ぶ運動場の1番前まで嫌がる長女の手をぐんぐん引っ張っていき、あいさつをさせようとした。長女は抵抗しうずくまり、挨拶どころではなかった。

戻ってきた園長先生が一言。顔色を変えて、「これはただの人見知りではない。」じゃ、どんな人見知り?

それから私は毎朝、嫌がる長女をなんとか車に乗せ、バタバタ暴れて抵抗するのを小脇に抱えて園まで連れて行った。

唯一興味を示した、園庭で飼っているうさぎに毎朝ニンジンをあげに行くことで、なんとか登園した。うさぎにエサをあげる時は生き生きとしてとても熱心だった。

そして、教室に入ると相変わらずみんなの輪には入らず1番後ろに座り込んで、外から眺めているだけで1日が終わった。

給食もなぜかみんなと食べられず、隣の教室で先生と2人きりで食べていた。親切な子たちが話しかけてくれたり、お世話したりしてくれたが、長女はその子たちさえも受け入れることはなく、母親として申し訳ない気持ちで一杯になった。

こうしてたいした変化もなく、日々は過ぎ、夏から秋になった。状況は益々悪化して、登園できない日もあった。私も一歳になる次女を背負っての付き添いは体力の限界でたびたび休むようになった。

園長先生から、地域の保健センターの保健師さんを紹介してもらい、心理士さんの面接を受けることになった。結果、長女はとても人とコミュニケーションを取るのが苦手な性質があり、県の発達医療センターで詳しく診察してもらうことを勧められた。

県の発達医療センターはかなり混み合っており、やっと受診できたのは
数ヶ月後だった。

そこで診察と発達検査をしてもらうと、先生の診断があっさりとおりた。「知的な遅れを伴う自閉症」これから療育施設などで療育を受けたりして、発達を促すが、同じ歳の子たちに追いつくことはないでしょうと心理士の先生からハッキリと告げられた。

漠然と思っていたことが現実になり、私はしばらく実感が湧かなかった。これからどうしたらいいんだろう?追いつくことはないのに、なぜ療育を受けなければならないんだろう?

たくさんの疑問と将来に対する不安で一杯だったが、質問としてまとめることができなかった。

その日は「わかりました」と受け止めるのが精一杯で、会計を待つ間、センターにやってきている、さまざまな理由でそこにいるであろう他の子供たちをぼんやりと眺めていた。

保健師さんと園長先生に結果を報告し、そこから園に通うも、一向に長女は登園したがらずほとほと参ってしまった。そして園長先生からついに、「もう少し小さなところに移った方がいいかも知れない。」と言われてしまう。

もう少し頑張ってみようと思っていた私はガックリときてしまった。しかし、前向きに、と周囲の人に相談した。 

すると、長女のように一般的な園に馴染めない子たちを快く受け入れてくれる保育園の存在を知ることができて、保健師さんと訪ねてみた。

初めて相談で園を訪ねた日、あれほど集団の中にいるのを嫌がった長女が、保育士さんの「ポテトチップス食べる?」の一言につられ、そのまま一緒に砂場で遊び、園長先生からの「任せてください!」の一言でなんだかとてもホッとした。

そして1週間の体験保育を経て転園することになった。あれほど幼稚園に行きたがらなかった長女が、特に抵抗もせず、1週間その保育園に通うことができた。

幼稚園に最後の挨拶をしに行く日、長女はうさぎに最後の餌をあげたいと、いつものニンジンを持っていき、うさぎとの別れを惜しんだ。

お別れの時に、担任の先生が、長女が短い幼稚園生活で制作した数少ない絵や作品を1つの冊子にしたもの渡してくれた。

表紙には先生が長女の似顔絵を可愛く描いてくれていた。

そこには髪を腰まで伸ばして左右で三つ編みした長女が、擬人化された白いうさぎと手を繋いでいる様子が描かれていた。

ありがたいな、と思いつつふと、たくさんのクラスメイトがいたにも関わらず、うさぎにしか心を開かなかった長女を象徴しているようで、おかしいような、悲しいような気持ちで少し涙が出た。

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