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カンディード 他五篇 (ヴォルテール)

 ご存知のとおり、本書の著者であるヴォルテール(Voltaire, 1694-1778)フランスの代表的啓蒙思想家です。とはいえ、ヴォルテールの著作は、恥ずかしながら今回初めて手にしてみました。

 本書には、表題作の「カンディードまたは最善説(オプティミスム)」の他、5つの著作(コント)が収録されています。それぞれがヴォルテールの主張の表明・思索遍歴の開陳であり、その表現は、当時の社会・思想界の有り様を前提にした風刺的な描写によっています。

 風刺という点では、当時の社会常識や庶民感情等が理解できていないと、その隠された意味をつかむことはできません。が、こういう、分かりやすいくだりもありました。「ミクロメガス―哲学的物語」の一節、ミクロメガスが地上の人々に「霊魂とは何か」を問いました。

(p40より引用) 哲学者たちは、・・・みな一斉に話したが、意見はどれもまちまちだった。最古老の男はアリストテレスを引き合いに出し、もう一人はデカルトの名を口にし、こっちではマルブランシュの名を、向こうではライプニツやロックの名を挙げるといった有様だった。

 そして、アリストテレスを引いた逍遙学派の老人の説明に対するやりとりが続きます。

(p41より引用) 「・・・なぜ」と、シリウス星人はふたたび言った。「アリストテレスとやらをギリシア語で引用するのですか」
 「それというのも」と、学者は抗弁した。「自分が少しも理解していないことは、自分にいちばん分からない言葉で適当に引用する必要があるからです」

 これは当時の思想家・哲学者たちに対するかなり強烈な風刺(皮肉)ですね。

 さて、表題作の「カンディードまたは最善説(オプティミスム)」。この中からも、いくつか私の印象に残った部分を書きとめておきます。

 まずは、当時の代表的な権力層であった「修道士」を取り上げた場面。
 カンディードが、理想国家エルドラードで「聖職者」について尋ねたとき、その国の老人からは「国民全員が聖職者だ」との答えが返ってきました。

(p356より引用) 「なんですって!、ここには修道士がいないのですか。教え、議論をし、支配し、陰謀を企み、そのうえ自分たちと意見の違う人びとを火あぶりにさせるあの修道士です」

 当時の世相が髣髴とされますね。

 また、ヴォルテールは、物語の中で登場人物の口を借りて、自分の対立者の評価も語っています。当時のヴォルテールの論敵であったガブリエル・ゴーシャ師を指しているといわれるくだりです。

(p391より引用) 「・・・良識にもとる著作は山ほどありますが、それを全部合わせても神学博士ゴーシャの良識のなさには遠く及びません。・・・」

と、これはストレートでかなり辛辣な言葉です。

 この物語の中でカンディードは、彼の哲学の師であるパングロスから、予定調和に基づく「ライプニツの最善説」を教え込まれ、その考え方の正しさを信じ続けていました。カンディードの波乱万丈、数々の苦難に満ちた旅は、その正しさを追究する過程でもありました。その結末近くにこういうくだりがあります。

(p452より引用) パングロスは、自分がいつもひどい目に遭ってきたことは認めたものの、ひとたび万事はこのうえなく順調だと主張したからには、相も変わらずそう主張していた。そのくせ少しも自説を信じていないのだった。

 「この世に存在する悪は神の善性と矛盾しない」「すべては最善の状態にある」と説く最善説の放棄・否定であり、哲学者の本性に対する皮肉でもあります。

 最後に本書ですが、思ったより読みやすかったですね。
 哲学的な含意も豊富に盛り込まれているのでしょうが、そのあたり、残念ながら、私の知識では十分に判読はできませんでした。ただ、「ミクロメガス―哲学的物語」はSF小説のようでしたし、「ザディーグまたは運命―東洋の物語」や「カンディードまたは最善説(オプティミスム)」は、長大な冒険譚のようでもありました。

 ある種、私にとってはワクワクを感じる意外性のある読み物でした。



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