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単身急増社会の衝撃 (藤森 克彦)

標準世帯は単身世帯

 今後の日本社会においては、非婚化の拡大による単身世帯の増加、特に「中高年独身男性を中心とした単身化」が急速に進むと予想されています。著者の推計によると、総世帯数に占める単身世帯数の割合は現在の31.2%から2030年には37.4%になるとのこと。

 本書は、具体的統計データをもとにした状況の紹介とそれを踏まえた対応策を論じたものです。

(p4より引用) 単身世帯が増加する中では、社会保障を拡充して一人暮らしの人でも安心して生活できる社会を構築していく必要がある。これは家族を軽視することではない。なぜなら、現在家族と暮らしている人も含めて、誰もが一人暮らしになる可能性を抱えているからだ。「公的なセーフティネットの拡充」と「地域コミュニティーのつながりの強化」が、現在単身世帯でない人を含めて、私たちの暮らしを守ることになる。

 2005年の全世帯に占める世帯類型別割合をみると、トップは「夫婦と子供からなる世帯」の29.9%ですが、「単身世帯」は29.5%と僅差で2位でした。2006年以降は、おそらく「単身世帯」の割合が最も高くなっているとみられています。

(p33より引用) 社会保障制度を含め、様々な公的制度は「夫婦と子供からなる世帯」を「標準世帯」として政策などで用いてきた。「標準世帯」が、全世帯の中で最も世帯割合の高い世帯類型を意味するとすれば、もはや「夫婦と子供からなる世帯」が「標準世帯」とはいえない時代に入っている。

 ちなみに、日本でも単身世帯の増加が顕著ですが、従来から北欧・西欧諸国では単身世帯の比率が高いようです。
 著者は、その背景を、①文化的・規範的要因、②制度的要因、③家族以外の人々の支援といった観点から考察していますが、その中の「制度的要因」-高齢者向け住宅 の紹介は興味を惹きました。
 デンマークの高齢者向け住宅に関する記述です。

(p213より引用) 住まいとケアが固定化された「施設」ではなく、「住宅」において高齢者の機能変化に応じてケアの量が柔軟に対応できるようにしたことがある。そこで、住まいとケアを分離して、必要に応じて介護サービスを受けられるようにすることで、要介護高齢者が介護のために住まいを移転せずに、できる限り継続居住できるようにした。

 ここには「高齢者は介護の対象ではなく、生活の主体である」という基本コンセプトがあります。こういうコンセプトを不動の軸として確定し、各種施策をそれに基づいて構築・具現化するというスキームは非常に重要です。
 得てしてコンセプトベースの取り組みは日本は苦手ですね。「軸がぶれる」という習いです。現政権与党(注:2011年当時)のマニュフェストをめぐる一連の動向は、まさにその典型です。

家族介護の崩壊

 日本の介護の現状には、北欧・西欧諸国と比較して大きな相違があります。

(p219より引用) 米国は公的介護費用負担の割合(対GDP比)が最も低い一方で、私的な介護費用付負担の割合は最も高い。・・・
 これに対して、スウェーデンのようにGDPに占める公的費用負担の大きな国は、富裕層と貧困層の間で所得再配分がなされるので、富裕層も貧困層もある程度平等に介護サービスを利用できる。・・・
 ・・・日本は、公的にも私的にも介護サービスにかける費用が小さい。これは、家族介護が中心的な役割を果たしているためと考えられる。

 しかしながら、昨今の単身世帯の急増は、この日本的な「家族介護」の基盤自体を無くさしめていることになります。

 では、家族以外による介護はどうか、これも日本では期待薄です。欧米と比較しても、友人・知人・近隣住民・ボランティア団体による支援の厚さには大きな落差があるのです。

(p220より引用) 欧米主要先進国では、家族以外の「その他」の人によるインフォーマル・ケアの割合が高く、3~5割程度を占めている。これに対して日本では、「その他」の割合が3%にすぎず、インフォーマル・ケアの大部分は家族に依存した構造になっている。

 著者は、介護者の不足を補うための方策として、「生活支援ロボット」の活用を紹介していますが、これはなかなか面白いアイデアだと思います。
 100%の作業完遂は無理だとしても、介護には「力仕事」も多くあります。少しでも介護者の負担軽減ができれば、今後予測されている大幅な介護者不足対策のひとつになるでしょう。
 また、ロボットは、日本が得意としている技術分野ですから、将来の主要産業としての拡大にも期待が持てます。

 さて、本書は、多くのページを割いて、単身世帯の増加という2030年時点での日本社会の大きな変貌に警鐘を鳴らしています。
 ただ、この点については、すでに(誰が考えても)予想されていることであり、本書の意義といえば、詳細な調査情報に基づく統計的裏づけを示したことで、そのリスクに対する信憑性が高まったということでしょう。

 問題は、そもそも社会保障制度を拡充するために、どうやって財源を確保するかです。その点について、著者は最終章にて言及しています。

 結論から言えば、「増税と社会保険料の引き上げ」は不可避とのこと。また「社会保障の拡充」も必要との立場ですが、これについては、「経済成長の足枷」というよりは、むしろ「経済成長の基盤」になるとの考えです。

(p344より引用) 日本には1400兆円にも及ぶ個人の金融資産があり、国が将来不安の軽減に向けて社会保障を拡充すれば、個人の金融資産の一部が消費に回ることが期待できる。社会保障の拡充は人々に安心感をもたらし、「経済活動の基盤」になりうると考えられる。

 ただ困難なのは、具体的にはどうやって実現させるかです。
 それが巻末の「中長期的な社会保障ビジョンと、それを賄う財源についての議論から始めなくてはいけない」という提言に止まっているのは、やはり研究所のリサーチャーの方だからでしょうか。
 課題認識は非常に重要なポイントを突いているだけに、抽象的な結論は少々残念です。



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