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手仕事の日本 (柳 宗悦)

実用の美

 著者の柳宗悦(やなぎむねよし 1889~1961)は、東京生まれで民藝運動の提唱者として有名です。

 柳氏の説明によると、民藝は「民衆的工芸」の略語で一般の民衆が日常つかう実用品をさし、家具調度・衣服・食器・文房具などが含まれます。また、基本的に機械を使わない手作りの工芸品で、ひとりの芸術家による一品制作品ではなく、無名の工人の集団分業作業によって多量に生産され廉価で売られたものだとされます。

 本書は、柳氏による、全国の雑器(陶器・磁器・漆器等々)、織物、紙その他の実用的な民藝品を広く渉猟した記録です。
 淡々とした筆の中に、地方の地道な隠れた仕事への暖かい気遣いが感じられます。

(p12より引用) その優れた点は多くの場合民族的な特色が濃く現れてくることと、品物が手堅く親切に作られることであります。そこには自由と責任が保たれます。そのため仕事に悦びが伴ったり、また新しいものを創る力が現れたりします。それ故手仕事を最も人間的な仕事と見てよいでありましょう。

 柳氏は、民藝がもつ、華美な通俗に流されない「実用の美」を重んじました。民藝は、手仕事であるがゆえに、機械にはない「心」が底流に流れていると言います。

(p14より引用) そもそも手が機械と異る点は、それがいつも直接に心と繋がれていることであります。・・・手はただ動くのではなく、いつも奥に心が控えていて、これがものを創らせたり、働きに悦びを与えたり、また道徳を守らせたりするのであります。そうしてこれこそは品物に美しい性質を与える原因であると思われます。それ故手仕事は一面に心の仕事だと申してもよいでありましょう。

 機械による工芸は、「品」としては退歩していると指摘します。

(p43より引用) 作り方には長足の進歩がありますが、作られる品にはむしろ退歩が目立つのは大きな矛盾といわねばなりません。

 柳氏は、たとえば、東北の山村に見られる風俗の美を賞讃します。笠・頭巾・背中当・手甲・蓑・藁沓・脛巾・・・

(p92より引用) いたずらに都の風を追う安っぽい身形よりも、土地から生れたこういう風俗の方が、どんなに美しいでありましょう。借物でも嘘物でもないからであります。

 この本が書かれたのはまさに戦時中です。昭和15年前後の日本の手仕事の現状が著されています。
 柳氏は、戦後の日本復興の中での工芸の役割に想いを巡らせます。日本の手仕事を、戦後の日本に活かさねばとの気概です。

(p185より引用) 本当の仕事を敬い本当の品物を愛するという心がなくなったら、世の中は軽薄なものになってしまうでありましょう。・・・嘘もののなかった時代や、本ものが安かった時代があったことは、吾々に大きな問題を投げかけてきます。これに対しどういう答えを準備したらよいでしょうか。

工芸の堕落

 柳氏は、本書の中で、工芸の堕落の原因をいくつか挙げています。
 ひとつには、「商業化の波」です。
 陸中の増沢村の漆器の紹介でこういう記述があります。

(p88より引用) この村で面白いことは今まで商人と取引したことがなく、いずれも在家から直接注文を受けて仕事をすることであります。世にも珍らしい生産の形で、これがどんなに仕事を実着なものにさせているでありましょう。多くの場合工藝の堕落が問屋や仲買の仲介によることは、歴史の示す通りであります。作る者から用いる者へ、直ぐ品物が渡ることは最も望ましいことだと思います。

 また、浜松の機業の評価についても以下のように記しています。

(p111より引用) 遠江の都は浜松で、・・・これとて目星しい手仕事の跡を見ることは出来ません。むしろよい仕事を希う人は、取り残された状態にあります。周囲は余りにも多くの量と早い時間と、少ない費用とを目がけて進むからであります。仕事は悦びで為されるよりも、儲けのために苦しみを忍ぶ方が多くなってしまいました。

 商業化への対応は、多くの場合、機械化の進展を伴います。
 柳氏によると、機械化は、手仕事のもつ「誠実さ」を壊すものだと見なされています。
 そのあたりは静岡の評価にも表れます。

(p112より引用) 静岡は昔は色々な手仕事の栄えたところと思います。・・・安く早く多く作る技の上から見れば、進んだ土地でしょうが、それが誠実なものでない限り、遅れた土地ともいえるでしょう。

 また、工業化、とくに自然の素材にとって代わる化学材料の浸透にも疑問を投げかけます。
 徳島の名産「藍」の記述です。

(p184より引用) 時勢といえばそれまででありますが日本人は人造藍で便利さを買って、美しさを売ってしまいました。この取引は幸福であったでしょうか。そうは思えないのであります。・・・美しさにおいても正藍を越える時、始めて化学は讃えられてよいでありましょう。化学は天然の藍に対しては、もっと遠慮がなければなりません。

 工芸は、その純朴な仕事に歪みが加わったときにも堕落が始まります。
 たとえば、焼物における茶趣味の悪影響です。

(p165より引用) 長門の国には「萩焼」と呼ぶ名高いものがあります。・・・さすがに昔のは素直な出来で、温い静な感じを受けます。しかし段々茶趣味が高じて来て、わざわざ形をいびつにしたり曲げたりするので、今はむしろいやらしい姿になりました。自然さから遠のくと美しさは消えてゆきます。

 柳氏は、有名な南部鉄瓶に関しても、無理やりに凝った形に陥るとかえって美しさを損ねてしまうと指摘しています。

(p85より引用) 南部といえば誰も鉄瓶を想い起します。・・・しかし、現状を見ますと、大変見劣りがするのはその形で、これは江戸末期の弊を受けたのでありましょう。いたずらに凝って作るため形に無理が出来、美しさを殺してしまいます。もっと単純に素直に作ったら、どんなによく改まることでありましょう。

 美しさは、質素な中にあります。

(p197より引用) 質素な性質があればこそ、美しさが保障されて来るのだという真理が分ります。・・・贅沢や遊びはとかく悪の原因になることを工藝の世界でも学ぶことが出来るのであります。

職人の誇り

 柳氏は、自分の足で全国各地をくまなく歩き、実物に触れ、日用の安価なものであっても手間を惜しまない正直な仕事を拾い上げています。

(p82より引用) 羽後の国にはたった一ヵ所だけ焼物の窯場があります。神宮寺という駅から少し南に行ったところに楢岡と呼ぶ村があります。ここにわずか一基の窯があって親子水入らずの仕事であります。・・・最も貧しい窯の一例でありますが、出来るものを見ますと誠に立派で活々した仕事であります。雑器のこと故、極めて無造作に作りはしますが、中から選べば、名器と呼ばれてよいものに出会います。・・・貧しい安ものを焼く小さな窯でありますが、東北第一と讃えても誤りはないでありましょう。

 各地に残る正直な仕事は、無名の職人の手によります。手仕事には心がこもります。私が作ったものだという自負です。

(p186より引用) 仕事をする人たちも、自分の名誉にかけて作る風が残り、・・・古鍛冶に見られるような銘を刻むことを忘れません。伝統が今も続いていることが分ります。このような品物は、いわば職人気質が残っていて、粗末なものを作るのを恥じる気風があって、仕事の裏に一種の道徳が守られているのを感じます。

 世の美術家は名を売ります。「署名(銘)」により作品に残します。
 巷の職人は、決して「名」で仕事はしません。

(p228より引用) 彼らにも仕事への誇りがあるのであります。ですが自分の名を誇ろうとするのではなく、正しい品物を作るそのことに、もっと誇りがあるのであります。いわば品物が主で自分は従なのであります。・・・彼らは品物で勝負をしているのであります。物で残ろうとするので、名で残ろうとするのではありません。・・・この世の美しさは無名な工人たちに負うていることが、如何に大きいでありましょう。

 職人は伝統を重んじます。伝統の力は仕事に現れます。

(p87より引用) 荒屋新町などの仕事で眼を引くのは絵附けであります。銀杏だとか桃だとか富士山だとか、三、四の定まった模様が古くから伝わり、今も描き続けます。慣れているので筆がよく運び、絵に勢いがあり、新柄のものに比べて段違いに活々したところがあります。伝統の力で模様に成り切っているので自由さがあるのだと思われます。

 時に「伝統」は窮屈なものとして捉えられます。伝統は「ある種の制約を課するもの」のように考えられるのです。しかしながら、柳氏は、一見「制約」とみえることが、実は「理に適った道」であると説きます。

(p232より引用) 実は不自由とか束縛とかいうのは、人間の立場からする嘆きであって、自然の立場に帰って見ますと、まるで違う見方が成立ちます用途に適うということは、必然の要求に応じるということであります。材料の性質に制約せられるとは、自然の贈物に任せきるということであります。手法に服従するということは、当然な理法を守るということになります。人間からすると不自由ともいえましょうが、自然からすると一番当然な道を歩くことを意味します。・・・美と用とは叛くものではありません。用と結ばれる美の価値は非常に大きいのであります。

 伝統は決して「停滞」ではありません。積極的な姿勢です。

(p225より引用) もとより伝統を尊ぶということは、ただ昔を繰り返すということであってはなりません。それでは停滞を来したりまた退歩に陥ったりしてしまいます。伝統は活きたものであって、そこにも創造と発展とがなければなりません。・・・吾々が伝統を尊ぶのはむしろそれを更に育てて名木とさせるためであります。





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