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日常の選択を友人にしてもらう。”変な実験”で知った「社会関係資本」という豊かさ

最近僕は、自分が着る洋服やコーヒー豆選び、そして、からだづくりまで、信頼する友人にまかせることにした。これは僕にとって、ちょっとした「実験」でもある。

洋服、コーヒー豆、筋トレを友人に頼んだら

 最近、日常の何気ない「選択」を人に頼んでやってもらっている。

 そのうちの一つが「洋服」。服を買うこと自体は楽しいのだが、どうしても似たようなものばかりが増えて、新鮮味は薄れるし、着なくなった洋服がゴミの山になっていくことにも嫌気がさしていた。

 そこで僕は、デンマークに住むデザイナーの友人に頼んで、服を選んでもらうことにした。自分のサイズやこれまで購入していたブランド、今の気分を伝えるファッションスナップなどを彼女に送る。

 すると、自分の好みや外見に合いそうなアイテムの写真、それが購入できるEコマースサイトのリンクがついた「スタイルブック」のようなものが送られてきて、そこには3パターンの着回しの提案も含まれる。

 友人が選ぶ服は僕にとって斬新で、中には「着こなせるのか・・・」という驚きのコーディネートもあるのだが、僕は彼女にすっかり影響を受けて、自分で服を選ぶときにも今までにはなかったものを選択するようになった。

 別の友人には、「コーヒー豆」をお願いしている。僕は主に自宅で仕事をしており、美味しいコーヒーで自宅勤務を充実させたいと常々思っている。

 近所のカフェで買うこともあるのだが、自宅に来て髪を切ってくれる美容師さんが実はすごいコーヒーマニアだということが分かり、彼に髪を切ってもらうタイミングで、コーヒー豆も持ってきてもらうことにした。

 彼はネットで卸からブラジルやエチオピアの豆を購入して、自宅でそれを焙煎するという凝りようで、煎りたての豆でうちでコーヒーを淹れてもらったこともある。散髪中の彼のコーヒー話も楽しい。

 商品の選択以外にも、また別の友人には「からだづくり」を相談している。元トレーナー志望のフォトグラファーの友人にお願いして、筋肉トレーニングのメニューづくりと、週2回の「リモートジム」を一緒にやってもらっている。

 最初の3回は自宅に来てもらってフォームを見てもらったが、今ではビデオチャットで遠隔トレーニング。代わりに僕は月一回のホームパーティーで、彼に美味しいワインをご馳走する約束。1人でやっていると続かない筋トレを、楽しく効果的にやれるのはありがたい。

共感でつながる人たちと築く、小さな経済圏

 僕に似合う服や好みのコーヒー豆の紹介、そして必要な筋トレメニューづくりなど、実はAI(人工知能)にもできることなのかもしれない。実際、そういうことはアマゾンやインスタグラムでもすでに起こっている。

 しかし、今僕がやっていることは、そうした消費のあり方とは違う。顔の見える誰かから何かを買うことは、AIによるパーソナライゼーションより普段の生活を豊かにする。少し大げさかもしれないが、共感でつながる人たちとの間で、小さな経済圏をつくっているような感覚だ。

 こういう共感、信頼関係に基づくネットワークは一般的に、「社会関係資本(ソーシャルキャピタル)」と呼ばれる。

 拡大し、富を生み出し続ける資本主義の限界が叫ばれる中で、人びとは “本当の” 豊かさや幸福を模索しているが、ポスト資本主義の幸福のあり方として、この社会関係資本が注目されている。社会の中で共感できるつながりが増え、そこで経済がまわり始めれば、幸福度は高まるかもしれない、と。

 社会関係資本に基づいた消費を始めてから、これまでの消費にもより自覚的になった。今までファストファッションの服を買っていたことや、近所のカフェでコーヒー豆を買うことの意味を意識し始めたのだ。

 最初は友人との間の取引に過ぎなかったが、徐々にその先にいる「誰か」の幸せも考えるようになり、少々高くても「意味のある」消費を心掛けるようになった。共感に基づいた小さな経済圏は、「ソーシャル・グッド」の連鎖も生み出すのかもしれない。

自分の仕事も社会関係資本で見つめなおせば

 社会関係資本は消費だけでなく、実は仕事にも当てはまるように思う。僕は社会関係資本に基づいた消費をするようになってから、仕事についても「これはやる意味があるだろうか?」「本当に誰かのためになっているだろうか?」と考えるようになった。

 いつだって胸を張れる仕事をしたい。もし社会関係資本で経済的にも潤うなら、それは理想的だ。ただ、現実的な問題もあり、顔の見えない誰かのため、大して共感できない仕事であっても、対価が高ければ引き受けてしまったりもする(そんな自分が嫌になる・・・)。

 しかし、ここで大事なのは、社会関係資本を意識しているかしていないか、である。仕事を受ける際には、クライアントの先にいる消費者のことにも思いを馳せたいし、ソーシャルインパクトなど、その仕事の意味を問い続けたいと思う。

 そのうえで、自分が共感できない、社会関係資本に基づいているとは言えない仕事を受けてしまうこともあるかもしれないが、自覚してやっていれば、そうした仕事はそのうち自然と淘汰されていくのだと思う。

 それに、今ある仕事でも、「この仕事をやる意味はあるか?」「社会的悪になってはいないか?」と見つめ直し、共感できる接点を見いだす努力も怠らないようにしたい。そうすれば、シビアな利害関係で結ばれるクライアントとも「社会関係資本」と呼べるようなつながりを築けるかもしれない。

 初めから共感できる人とだけ仕事、あるいは消費をしていくのでは、自分の世界をせばめてしまう。お互いに相手を理解、尊重し合う努力を続け、単なる仕事関係を「社会関係資本」と言えるようにしていければ、こんなに幸せなことはない。

編集者/Livit代表 岡徳之
2009年慶應義塾大学経済学部を卒業後、PR会社に入社。2011年に独立し、ライターとしてのキャリアを歩み始める。その後、記事執筆の分野をビジネス、テクノロジー、マーケティングへと広げ、企業のオウンドメディア運営にも従事。2013年シンガポールに進出。事業拡大にともない、専属ライターの採用、海外在住ライターのネットワーキングを開始。2015年オランダに進出。現在はアムステルダムを拠点に活動。これまで「東洋経済オンライン」や「NewsPicks」など有力メディア約30媒体で連載を担当。共著に『ミレニアル・Z世代の「新」価値観』。
執筆協力:山本直子
フリーランスライター。慶應義塾大学文学部卒業後、シンクタンクで証券アナリストとして勤務。その後、日本、中国、マレーシア、シンガポールで経済記者を経て、2004年よりオランダ在住。現在はオランダの生活・経済情報やヨーロッパのITトレンドを雑誌やネットで紹介するほか、北ブラバント州政府のアドバイザーとして、日本とオランダの企業を結ぶ仲介役を務める。

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