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急に寒くなるな、地球

この記事は本当に読む意味が無いです!お時間ありましたら是非他の記事をお読み頂けると嬉しいです。


 なんか最近本当に書くことが無い。書くことが無いし、寒い。つい先月まで半袖半ズボンで過ごしていたのに、今は長袖長ズボンの上に着る毛布を着て、さらにその上には普通の毛布で体をくるんでいる。なんだか蛹になった気分だ。春に羽化できたらいいなと思う。
 寒いのは好きだと思っていたが、どうやらそうではないらしい。度々「冬は超超超、いい感じ、超超超超いい感じ」とあちらこちらで言いふらしていたのは、ただ単にこの辛さを忘れていただけだった。全然超いい感じじゃない。蛹悪い感じだ。

 人間にとって「忘れる」という行為は必要な機能だと聞いたことがあるが、そんな毎年冬の辛さを忘れるなんて欠陥でしかない。人は記憶し、学び、対策することで成長するけれど、私は全てを忘れ防寒を怠り、ただ冬が到来するのを傍観した。
 というか、秋が終わるのが早すぎるのが悪い。師が忙しく走り回る十二月を師走と呼ぶのならば、私は季節が目まぐるしく過ぎ去るこの十一月を、季走(きわす)と呼びたい。霜月みたいなあまりぴんと来ない名前より、ずっと危機感を持って一か月を過ごせる気がする。
 それに丁度、他の和風月明は全て「月」が付くのに、師走だけ仲間外れなのはかわいそうだと思っていたところだ。師の初めての友人は季節。なんとも雅な感じがする。

 ああ、それにしても寒い。事前準備を行う暇もなく、地球は私たちの頬に冷ややかな風を当てる。これが冬でなく夏で、風ではなくてカルピスウォーターで、そして地球ではなく気になる異性だったらどれだけ良かったことだろうか。あと私が高校生だったらどれだけ良かったことか。高校生に戻りたいな。もう秋とか冬とかどうでもいいから高校生に戻りたい。
 高校といえば、冬に席替えした際、ストーブから一番遠い席になったことがある。それについて嘆いていると、教師から「ストーブの近くだと眠くなって勉強に集中できないから、むしろそっちの席の方がお得だよ」と言われたのを思い出した。何もお得ではない。

 寒さというのは、集中力に関係してくると思う。手は悴んでキーボードは上手く打てないし、思考も「寒い」に占領されて何も考えられない。つい暖房器具に手が伸びるが、十一月に負けたのか、と思うとどうしてもスイッチを押すことができない。
 スイッチが押せないとどうなるかというと、それからは「いや、やっぱりつけよう。……でも本当に負けていいのか? いや、そもそも寒さに負けるとはなんなんだ?」という思考がループする。もはや仕事どころではない。身体も精神も寒さに凍え、固まってしまう。寒さの指標に体感温度を載せている天気予報もあるが、是非心感温度も載せて欲しい。人によるだろうけれど。

 しかしまあ、寒さについて非常に恨めしく思っていることをここまで述べたが、実は現在の気温は十七度らしい。全然あったかくて驚いた。十七度でここまで文句を垂れられるなら、真冬になった時は一体どうなるのだろう。ちょっと想像しただけで、背筋が凍る。
 それはそうと、私がこれだけ寒いと言っているのだから、地球にももう少し空気を読んで欲しい。こんな暖かくされては話の軸がぶれてしまう。これでは(どちらにしろ変わらないかもしれないが)「別に全然暖かいじゃん」という気持ちでこの記事を読まれることになり、それでは私の意図が十分に伝わらない可能性がある。私がOJTとして、空気を読むことについてしっかり教えてやらねば。

 ふう。とりあえずこのくらいにしておこうと思う。これ以上書くと、私が寒い理由は氷をガンガンに入れたアイスコーヒーを飲んでいるからだと判明してしまいそうだ。
 振り返ると、本当に意味の無い事を書いているなと思う。書くことが無いとはいえ、特に今日の記事なんてひどい。圧縮すれば「寒い(今日はちょっとあったかい)」で事足りる気がする。まあ今日の記事を読んで「ムダだったなあ」と思う方もいるかもしれないが、安心して欲しい。書いた私の方がその十倍は無駄な時間を過ごしているのだから。是非これからも無駄を楽しんで生きていきたいものですね、皆さん。

こんなところで使うお金があるなら美味しいコーヒーでも飲んでくださいね