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日本の音楽ストリーミングサービスは、”アーティスト・セントリック”で”ファン・パワード”なロイヤリティ分配モデルを導入すべき理由

*この記事は2022年8月に日本音楽制作者連盟が発行しているメールマガジン「Digital Business Insight」より転載、加筆、修正を行った記事です。
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■ストリーミングの成長とそれによる歪み

コロナ禍に起きた様々な音楽市場の変化で大きいのが、ストリーミングの成長です。日本レコード協会が発表した2022年1−3月の音楽配信売上の数値では、ストリーミング計の金額ベースで前年同期比28%増の成長となっています。またフィジカルも含めた市場全体でもストリーミングが占める割合は28.9%となっています。またグローバル全体*でもストリーミングは73.4%と音楽消費の大半を占めています。
*IFPI発表からPerforming Rights, Synchronizationを除いて算出

こうした市場環境の中で、ストリーミングの分配方法について各国で議論が起きています。
その中のトピックの一つが「(聴かれた)アーティスト毎の支払モデル」です。従来のストリーミングの収益分配は、全てのユーザーの視聴回数を楽曲ごとに合算し、それを元に音源部分の支払原資を分配するものでした。私も2009年にレコード会社で働いている時にこのモデルを初めて知った時、「とてもフェアな方式かも」と考えました。

その後のストリーミング市場の拡大と、音楽制作と音源流通の民主化=簡便化、低コスト化により大量のアーティストが音楽リリースを可能になったことで、それぞれのアーティストがそれなりのロイヤリティ支払いを受けるようになるには、多くの再生回数が必要になりました。その為、従来から名が知れていて配信曲数が豊富な”エスタブリッシュ・アーティスト”や、”バズった”ために大量の再生回数を稼ぐ楽曲に有利な構造になっており、新人や成長途中のアーティストには不利なモデルとの声が大きくなっています。

■アーティスト・セントリックの支払モデルとは?

こうした枠組みを修正するために議論され、一部で導入されはじめているのが「アーティスト・セントリックの支払いモデル 」です。
これは月額980円の料金を支払っているユーザー各々が聴いている楽曲の再生回数で980円を楽曲分配原資として分けるというものです。極端な例だと、Aというアーティストの楽曲しか聴いていないファンが100人いれば、手数料などを加味しても約49,000円がアーティストに入ってきます。1,000人いれば49万円です。当然、原盤権の持ち方や分配をする他のアーティストやクリエイターの有無にも左右されますが、このモデルであれば着実に自分のファンベースを築くことでストリーミングからの収益も見込む事ができます。

Deezerのページから引用

1枚目の画像は現状の再生回数按分による分配モデルです。
これを見ると、再生回数の多い少ないでファンが支払う料金がアーティストに分配される時には大きな差が出てしまいます。

こちらの画像は、”アーティスト・セントリック”による分配モデルで、再生回数の多少に関わらず分配されています。

■新ロイヤリティ分配モデルの導入は始まっている

新たなロイヤリティ分配モデルを導入しているプラットフォームがあります。それは「SoundCloud」です。

SoundCloudは”音楽版YouTube”的なイメージが強い方も居るかも知れませんが、数年前に無料⇔有料のストリーミングサービスとして進化し、一部では”自由闊達な音楽発表の場では無くなった”と言われていますが、公表されている2020年までの業績を見ると堅調に推移しています。
SoundCloudは2021年4月に業界初のUCPと似たモデルとして「ファンパワードロイヤリティ」を導入しました。そして2022年7月にグローバルメジャー・レコード会社の一角である、ワーナーミュージックがこのモデルに合意したと報じられています。
ファンパワードロイヤリティ・モデルの基本は、ファン毎の月間の再生時間に対してどのアーティストを聴いているか、から算出されます。
SoundCloudの発表によると、SoundCloudで楽曲を配信しているインディペンデント・アーティストは、ファンパワードロイヤリティにより平均60%多く収益を上げているとのことです。

そして2023年に入り、世界最大のレコード会社ユニバーサルミュージックは、音楽ストリーミングサービスDeezerとセントリックによる収益分配モデルの採用で合意しました。
こちらは上で説明したモデルと異なるようで、概要はこちらの記事に詳しいです。

・Deezerは「プロのアーティスト」(最低500人のユニークリスナーによって、毎月最低1,000回以上再生されるアーティスト)の再生を「2倍」に増やします(UMGとDeezerは「Double boost」と呼んでいます)。

・Deezerは、「ファンが能動的にエンゲージする楽曲」の再生を「2倍」に増やします(アルゴリズムによってレコメンドされた楽曲やプレイリストなどの経済的影響力を弱めます)。

フランスの音楽著作権管理団体のSACEMとDeezerとアーティストセントリックの導入を目指しています。

■日本でもトライすると良い理由

日本には国内の音楽ストリーミング・プラットフォームが多数あり、他国に比べて多様性のあるストリーミング・マーケットが築かれています。プラットフォーム毎に特徴のある機能や、グローバル・サービスではどうしても拾えない日本ならでは音楽ファン層が音楽を楽しんでいます。

そこで、”ファンパワード”で”アーティスト・セントリック”なロイヤリティ分配モデルを取り入れるのはどうでしょうか?

日本の音楽ファンの特性を反映して、多くの分配を得るアーティストが変化するかも知れません。SoundCloudのようにインディペンデント・アーティストの収入が増え、より多様なアーティストが音楽でキャリアを築くことができるかも知れません。一方で、ストリーミングからの収入が減るアーティストが出てくるかも知れません。

国内のストリーミングサービスは他国に進出していることが少ないため、ロイヤリティ計算のギャップも出ません。これは国を跨いでロイヤリティの条件を決めているメジャーレーベルと大手プラットフォームも乗りやすいのではと考えます。

日本ならではの起こりうる変化では、自分が課金しているお金がダイレクトに好きなアーティストに行くと分かっていれば、より多くの”コアファン”がストリーミングに入ってくる可能性もあります。音楽ストリーミングが分かりやすい「推し活」となり、ライブハウス等で知ったアーティストを100人、1,000人の初期サポーターが支える未来も見えてきます。

事前にシミュレーションを行い、日本ならではの音楽エコシステムに良いモデルであれば導入を議論すると良いのではと考えます。

「日本の音源市場がいくらデジタル化してもV字回復しないたった一つの理由」で指摘したように、日本の音楽市場をトータルで伸ばすにはストリーミングの月額を値上げすることが一つの方法です。更に今回紹介した新たなロイヤリティ支払いモデルの導入を通じて、音楽ファンのストリーミング人口を増やしアーティストの収入を改善できれば、より良い形でエコシステムが発展すると考えています。


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