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適材適所

「協調性がなく、自分のこだわりが強いひとがいるんです。」

こういう相談でした。

仕事を依頼しても依頼した人の想像を遥かに超える、質の悪い看護をする。医師からの依頼でも、自分が納得しないと違うことをする。患者さんからもクレームが多くて他のスタッフからも、クレームが多くて困っています。

ため息が出そうですね。


1.本人を諭すことは無駄なので、今すぐやめましょう。


なぜなら、こういうことをする人は相手の気持ちを汲んで、察する能力がないので、そういうことを期待される組織で働くことに、絶対に向いていません。

こちらが腹が立ったり、悔しくなったり、なんで?と困ったり、感情が乱れます。

上記は、周りが、困っているだけで本人は何ら困っていません。
怒らせた患者のクレームを本人に後始末させたら、大変なことになるからと周りがヤキモキして、常に代わりに対応しています。

常に酷い目にあうのは、周りです。

周りが振り回される時間が大変ですよね。

ちょっと言えば、ハラスメントって言われる時代です。

言いたくなりますよね。上司なので。管理者としては。

どんなことなのかと思い、話を聞く時間を確保し、仕事が止まる。毎日その人が勤務するだけで、
最短で1時間(クレーム対応とその人への聴取)最長なら2時間半ぐらい取られ

それが週に3回約3~7時間取られ

ひと月に12時間~28時間取られ

1年間に、144時間~338時間取られ

勤務日にして、

ひと月2~4日はその人の対応に取られ

年間24日~48日は取られます。

諭して話しても、全く分かり合えず、絶対に自分が正しいと思っている人に、これだけの時間が取られるんです。

なんなら、共感的姿勢で話しても「師長には、分かりませんよ。」と言う結末が毎回訪れます。

どれだけの労力をかけますか?

仕事を教えても、周りと協調できず、勝手にやる人を、なぜ看護基礎教育の中で大学や専門学校で気がついて貰えないのか。

そう考えますよね。

私もそう思ってました。

学校は、入学させたらさせた分だけ、卒業させないといけないのです。本人が辞めると言わない限り。

学校側が「あなたは向いてませんよ」と言ってはダメなのです。気がつけるように言う場合はありますけどね。

大体は高校の先生や親御さんが勘違いしていて「あなたは看護師に向いてると思うよ。部活で副部長とかやってたし、特にやりたいことがないなら、看護師とかどう?」と言っています。

これは実際に、教えた学生が高校の先生に推薦が取れず、大学にも入れず、就職も決めず、何したいのかも分からない学生に、看護師さんはいいよー!と諭している言葉です。

学校の先生や親御さんは看護師になったこともないなら、いいなんて無責任に言わない方がいいと思います。

医療の世界は大変なんです。

覚えることも多い。

スポーツだけやってきて、勉強してこなかった人は看護師とかやめた方がいいです。勉強の習慣がない人は、辛いのですよ。

そこに打ち勝って頑張れる人は、他責じゃなくて自責の考えなので、高校の時に勉強してこなかった自分のせいとなります。

他責の人は、あの教員の教え方が悪いと平気で言ってきます。親もそう話してきます。

大体そういう学生は、本当は宇宙関係に行きたかった。声優になりたかった。とか、アニメーターになりたかったって、学校生活が上手くいかなくなると言いだします。

しかし、学校生活が上手くいったとして、社会にそんな気持ちで出たら、上手くいくわけが無い。実習だって無理ですよ。勉強しないんだもの。人の命預かるのに、勉強したくないなら、来なくていいって思っていました。

他の職業に行ったらいいんですよって。

だってそう言う人は社会に出ても他責して、人に迷惑かけるじゃないですか。

この看護師のように。

協調性がない時点で、チーム医療のメンバーになるのだから自覚して欲しい。って思いますよね?自覚できないから、周りが振り回されます。

自覚できてたら、変われますよ。

だってチーム医療ができない人がいたら、困るのは患者なんですよ。組織もですけど。

結局、こういう人は他責(自分では決められなかったのに、人に決められたと言い出す。)の思考は、元々なので変えられません。

そういう人の親も大抵他責の傾向があります。モンスターペアレンツもこれですよね。

自分の子供が悪いと思っていない。

あなたのお子さん相当酷いですよ!って思っていましたけどね。

私はそのことに気が付かない人は仕方が無いと言うより、周りが諦めて言うのを辞めるのがはやいと思っています。

でもその間は、相当苦痛ですよね。

しかし、朗報があります。

他責の人は、他者からの目が気になります。失敗しても、患者の家族がクレームを言ってきた場面でも、自分には何も言ってこずに処理していることに気がついたら。

どうなると思いますか?

師長さんは言ってこない。ってなります。

まあここでも他責なんで、言われてない、聞いていない、教えて貰っていないとなります。

なぜ自分に言わないのかなんてことを考えたりはしません。言われてないので、知りませんでしたが関の山です。

でも、期待されないことには敏感に気が付きます。

そうなると、勝手な思い込みで孤立し始めます。そしたら居場所がなくなったと思い込み「自分のいる場所はここじゃない」と言って、散々病院の悪口を言ってやめていきます。

結局次に行っても、同じですけどね。

そういう人間関係しか築けないので。

自分で変わることをしない。と言うより、できない。

あなたが変わった方がいいと思うのは、余計なお世話でしかない。自分は自分と思っているし、そう育てられてるので、協調性がなくても、相手に共感できる姿勢がなくても、朝来て仕事を時間内に終わらせればいいんでしょ。と思っています。

親御さんは、自分の子供のことよく見た方がいいし、自分で決められるように、あなたはどう考えているのかという、自尊心を育てて、自分以外の人のことも大事にしようとしなければ、働けないのですよ社会では。

だって、その人は自分の行動や言動の何が相手を怒らせるのか、そんなことを想像していませんよ。

自分のこだわりで看護(看護というのも怪しい)してるだけで、相手を思いやるとか協力するということを義務教育を受けて来ても、理解出来ていないのに。

自分は自分。

協力しない仕事ならいいと思うのです。

一緒に働くのに、挨拶もできず、人の話も聞かず、失敗したら人のせい。というのは、最低限の社会生活に必要なことが、身についていないだけだと思います。

だいたいこう言いますよね。人見知りなんで。

相手に人見知りだから、そういう自分を受け入れろ。と言ってるのですけど。

なぜ?あなたが人見知りであることに、周りが合わせないといけないのか。

人に認められたいなら、受け入れられる自分作りがいるのではないでしょうか。

大人になって、社会人になったら急にできるようになるわけないです。だから、高校や大学や専門学校で義務教育以降に、必要なスキルをさらに獲得するのだと思います。

まあ。それが出来ないのなら、そんな人の特性を早めに見抜いて、適材適所に配置をするのです。

難しいですけどね。

話すことが少なく、対人しなくて済む、そんなところは、看護師の仕事として国家資格の免許証を取るのに3年から4年費やしなくても、免許なくてもいいのでは?と思います。

その人に、発達障害だとか学習障害だとかラベリングする人がいますが、その人の個性(特性)ですから、そんなこと(ラベリング)をしたところで何ら変わりません。ラベリングすることに満足して、ハラスメントになりかねないので、ラベリングすることに意味はありません。

ラベリングして、その人を理解し組織として育てる覚悟があるのであれば、良いと思います。

が、

無理じゃないですか?

自分の内省もできず、他責思考です。そういう人の多くは、自分のことをわかってくれず怒られてばかりだと言います。

怒られている原因が、自分にあるだなんて一欠片も思っていません。

もっと言うなら、相手のことを馬鹿にした態度さえ取ります。「今自分がやっていることは、何も間違っていないのに、患者の家族がそう言ってくるほうが、おかしい。それに対して、謝っている師長は、自分のことを守らないなんて、なんでそんなに理解のできない無能なんだ」とさえ、思っています。実際に言われたので。


2.ここからは私の実体験です。

こういう人、増えていますよ。

自分は間違っていない、間違っているのは他の人。

そのクレームで驚いたひとつの出来事を話します。

ある家族
「師長さん。この病院では、お茶を看護師さんに頼んではダメなのですか?A看護師さんに父が頼んだら、断られたというのです。」

ちょっと何言っているかわからないですよね?

頼んでいけない、わけないです。

どこの病院にそんなところがありますか?

病気を患って入院していて、不自由なことがあって、普段できることもお願いしないといけない辛い経験になっている場合が多い。

そんな中、上記のように、言われたら「えっ?」となるのは当然ですね。

ではなぜクレームが来たのか。

クレームのきた看護師(Aと表現)にどんなことなのか聞いてみました。

「 Aさん、家族から上記のように言われたのだけど、どんな場面だったの?」

「あの患者に、自分はお茶を持ってきて欲しいと頼まれましたが、看護師はお茶くみじゃないので、他の人が来たらお茶を貰ってくださいと言いました。」

私の思考が停止しそうでした。

もう分からないことだらけですよね。

どこから何をつっこむべきか。

①あの患者
②お茶を持ってきて欲しいと言われた
③看護師はお茶くみじゃないと伝えた
④他の人が来たら貰ってくれと言った

以上が、Aさんの理解している場面。

まず、
①あの患者。優位性が分かりますね。自分が上かどうか判断しています。
②何を頼まれたのかは解釈していますが、なぜ頼んできたのか確認しているように思えないですね。
③確かに看護師はお茶くみという職業ではないですね。でも、なぜそのことを頼んできたのか確認はしていないですね。
④病棟の勤務者で「お茶くみ」という職業の人はいませんね。

ここまで確認してきましたが、Aさんに言ってみました。
1.患者さんは、お茶がどうして欲しいのか。聞いてみましたか?
A看護師の答え、聞いてません。お茶が欲しいなら自分で取りに行けばいいですよね。近いんだし。

私:Aさんには、なぜ欲しいと考えているのか聞くという選択は無かったのですね。わがままだと思ったの?

A看護師の答え、そうです。歩けるのにそれ以外に何があるんですか?

Aさんには、患者のわがままに思えていて、相手の置かれている状況は、関係ないのだと分かります。

2.患者さんの担当でしたね。今日得ている、安静度に関する情報を教えてください。
A看護師の答え、手術前日入院で今日大腸カメラしています。カメラの後、2時間休んでいる必要があります。私が行った時は3時間はたっていました。師長はなんでそんなこと聞くんですか?

私:私なら、検査が辛かったのか、検査後水分を初めて飲むのか、立ち上がれるのかなど、確認して、足に力が入らないとか、入院してお茶の場所が分からなかったのかなとか、様々な理由を考えて、次に自分で行えるのかも考えて、対応します。

上記のように伝えると、

A看護師の答え、そんなんだから患者が甘えるし、看護師を小間使いだと思うんですよ!師長は、私たちの業務を増やしてるんです。

大抵の看護師は、これまでの経験があれば大腸カメラの後で身体が辛かったのかなと考え、歩いて入院してきたとは言え、今どのような調子なのか確認すると思います。そのうえで、お茶を飲んでも良いのか、絶飲食で飲んではいけないのか、色々考えると思うのです。

Aさんは新人看護師では無く他の病院からきた、3年目の看護師で消化器内科の経験者でした。経験から様々なことが推論できることを期待されていたと思います。しかし入職後に周りのスタッフと上手くいかないことが多く、前の病院はこうだったと言うことが多くなっていました。

私は、Aさんに
「Aさんは安静度として問題ないと判断したのですね。では患者さんが、どんなことを思っているか聞かなかったことに、理由はありますか。」
と聞いた途端に、怒りだしました。

「私が聞けばよかったんですか?聞いたところで自分で取りに行けばいいのに、なんでそんなことも分からないのですか?手間がかかる患者が多すぎます。ホント面倒」声を荒らげて話してきました。

驚愕でした。

何の情報から推論をしているのか。

もはや、A看護師に何を言われたのか、分からない自分がいました。

患者の置かれている状況を注意深く観察し、支援が必要であれば、手を差し伸べる。

そんなことすら、面倒。

難しい指導をしなければいけないと思いました。

あなたはなぜこの仕事を選んだのか。

人の世話が嫌なら、しなくて済む職業を選べばいい。

売り言葉に買い言葉になりそうな考えがよぎりました。

こういう人に、何を言っても、諭しても、ダメなのだとわかった経験でした。

色々説明はしましたが、私のそこからの仕事はA看護師がトラブルを起こす度に、A看護師と話をしましたが分かり合えることはなく、時間が取られるのみでした。

すぐに限界が来ました。

他の病棟師長にも相談したり、その人への対応を考えることへ、たくさん時間を要しました。
私は、初めこそA看護師が変わることへ期待していましたが、何度となく起こるクレームに、Aさんに話すことさえ難しい状態になりました。

そのような状況で、思い出したのがパレートの2.6.2の法則です。組織には2割のできる人、6割の普通の人、2割のできない人が存在し、できない2割の人は自分ができない2割に含まれていることを知らないし、まさか自分ができない2割だということすら、わかっていない。

冒頭でラベリングについて述べましたが、ラベリングするだけでは意味がないのです。2割だと分かれば、A看護師への対応を自分が変えれば良いことに気がついたのです。

組織の中で、できない2割の人へは期待しないことにしました。A看護師にはクレームがあったことだけ伝え、その対応は自分が行いました。自分がやったことでは無いが、自分の指導が行き届かず、申し訳ないと何度となく頭を下げました。患者にも、家族にもスタッフにもです。

もちろんできなくても、素直に謝れたりする場面がある人は変わることが出来るのかもしれないと、成長を支援しますがA看護師には全くと言っていいほど、そういうことはなく、パレートの法則(2.6.2の法則)がピッタリでした。

そしてA看護師に対し、私から注意をすることをやめました。話しても、結局理解はされないし、平行線なので、向こうから話してこない限り、話すことは最低限にしました。医療安全に関する指導は、マニュアル遂行でなければ指導もしますし、連絡や管理者としての相談は行います。管理職なのでもちろんそれは、私情とか感情は混じえません。ただ、何を言っても、行動を変えようとしないのを指摘はしても、それ以上には関わりませんでした。それ以外改善も期待できないので、私の中では、期待できないスタッフと言うことだけになりました。
目標管理シートも粛々と伝えました。
他者とより良い職場環境を作ることに貢献しているという部分は、Dを本人の前でつけました。
クレームも入職してからの8ヶ月分を、数値でだし、名前が出ているものについては、Aさんの名前のまま記載のあるものを見せました。
それでも、A看護師は自分は貢献していると話したため、看護職では無い人事に立ち会ってもらい、評価を伝えてもらいました。

突然。

A看護師は退職したいと入職して9ヶ月後の1月に言ってきました。

内容は、「私は看護師に向いていないし、高校の先生や母親に言われて看護師になったが、人の世話はイライラするし、できないことがわかった。みんなのように、患者が辛いと思っているかなんて、私にはどうでもいいことがわかった。前の病院も1年続かなかったし、ここが4回目の病院だった。ここまで来て、母親ももう何も言わないと思う。明日で辞めます。」

と。

社会人としてとかA看護師にとって、どうでも良いことが分かりました。

無責任とか世の中のルールとかそんなものはA看護師には、通用しません。

自分が常に王様であり、それ以外は無能ですからね。

帰属意識もないし、看護師という職業への気持ちもない、患者や同僚への配慮など、A看護師には何も無いのです。  

私は今のタイミングは逃せられないと思いました。辞めたいと言われるのを待っていたのだと思います。

やめさせられず、手間だけがかかり、指導のかいもなく、一緒に仕事をする達成感も感じられない。クレームのない日はなく、スタッフのストレスはMAX。

私の中の感情を見せるのなら、相当疎ましい状況だったと思います。

念の為、他の部署で、他者と余り関わらない場所で働きたい考えがあるかを確認しました。

旅行代理店で働くのが夢なので、もう病院にはきません。と話しました。

私は、看護師の経験が生きるといいですね。と伝えました。これが余計な一言だったとあとから気分が悪くなりました。

A看護師は、

「ありえません。看護師のことは思い出したくもないので。自分にとっては、母親の言うことを聞いただけなんで。この病院に世話になったとも思っていません。なんなら働いてやってたのに、私が言うことは理解されないじゃないですか。旅行代理店で、働くようになったらオムツ交換みたいなクソみたいな仕事もしなくていいんで。」

A看護師には、退職願いは1か月前とかも通用しないと思い、そのまま看護部長に面談を取り付け、退職になりました。

いやー。実にたくさんのことを学びました。本当に。この人以上のことは今まで起きていないので、もうどんな人でも対応出来る自信になったのは間違いないです。

この出来事から、適材適所という考えを真剣に考えたものでした。

私は看護師として、難しいなら無理にそこで働いてもらう必要は無いのだと考えます。看護必要度に応じた看護配置が必要なので、そんなこと言い出したら大変なことは分かりますが、A看護師のように、毎日のようにギリギリに出社し、遅刻も多く、無断で休み、気分が乗らないと休憩室で休んだり、クレームがあると注意すると癇癪を起こしハラスメントだと言うことが日に日に増えていました。

私が教育学を学んだ今なら分かります。

無理なことを強いていたんですよね。

やりたくないのに。

辞めればいいのに、辞めると言わないA看護師も辛かったのだと理解したいと思っても、そんなことおかしいと思う自分がいました。

その人という状況を、周りが理解しないと受け入れられないと成り立たない、周りのストレスを軽減しないと他のスタッフが辞めて、患者のクレームは止まりません。

それって健全ですか?

成人学習者へ教育することには限界があって、親や義務教育が教えて、身につけなければいけないことを、社会が教えてくれると思っていたら、大きな損失をうみます。なぜなら、本来共通するはずの国民として身につけておいて欲しいことがあるから、義務教育なのに。それが身についていなくとも卒業はできるので、仕方がない人達なのかもしれません。

親がそのことを教える教員を迫害していく世の中に、人を育ててくれる人への尊敬の念がないから、人が育たないと思ってしまう。

経済産業省がかなり前から言っている、社会人基礎力については、働いている人は知っているでしょうが、高校でも教えていると思います。しかし、それらをまともに覚えて、自分にはそういう能力が不足しているから、社会に出るまでに獲得しないといけないと考える人はどのくらいいるのでしょう。
そしてA看護師のように、その人のことを考えている時間も、患者やスタッフからのクレームの対応の時間もこれまでに述べたように、相当かかりました。

このA看護師は、普段からマニュアルにない仕事や先を見越す仕事はできませんでした。更に、A看護師は相手の気持ちを汲んで、察する能力がないので、患者が辛いとかは関係なく、時間内に仕事が終わればいいので、そういうことを期待される組織で働くことに向いていなかったと思います。

3.体験から気がついたこと。

自分のことを内省できる力を育てていない人生を歩んでいる人は、社会生活は無理だと思います。

小学校の頃から、
作文で自分という人はどういう人なのか、
客観視できる力を養い、
自分にできないことがあるのなら、
自分が努力していないせいだと考えたり、
やり方を変えてみたり、
自らの考えを言語化して、
他人に分かりやすく説明できたり、
相手に自分ができなかったと感情をぶつけない、相手のせいにしない、
相手の考えも大事にする、
一緒に成し遂げる、
など。

小学生のうちに身につけることを、
親がきちんと学校だけのせいにせず、
教えないから、
親御さんと同じミニチュアが育つのだと思う。

そんな状態で社会に出て、協力しあって組織として作るのは、誰が考えても無理です。

そういうことができないのなら、しない世界で頑張ればいいのですよ。

全て人の手を借りず、他者と関わらず、協力しなくてもできる、シングルプレイのゲームのような世界で生きていけば、誰にも迷惑とならず、争うことも起きない、自分が納得出来ないことも起きない。

きっと、そういう仕事、あると思うんですよ。

私にはわからないですが。

適材適所。

私ならAさんのような看護師をもう一度、同僚にするぐらいなら、辞めます。

やめて違う人間関係のところで、自分にあったところを探します。

本当に疲れたのです。

その人のために1年間に24~48日も、楽しく仕事することに使えないなら、そういう人がいない所で楽しく働きたいです。

その後、1年後ぐらいにAさんと偶然、ショッピングモールの本屋で会いました。

髪はボサボサで看護師をやっていた時とは違い、プライベートでは、こういう感じなのかと思って、見ていたら。向こうから私に気が付き、近付いて来ました。私は心拍数が上がったのを感じながら、向こうから声をかけてくるのを待ちました。
「こんにちは。〇〇師長ですよね?」
「Aさんですか?」
このやり取りだけなのに、まるでPTSDのようでした。気分が悪くなりそうでした。
「病院でまだ働いていますか?」と聞いてきたので、
「はい」と答えたら、
「やめた人が働くのは、難しいですか?」
と聞くので、
「人事のものでは無いので、分かりません。また看護師をするつもりなんですか?」
「次に行ったところで、いじめにあいました。おかしいと散々言われ、やめたんです。自分たちができないくせに」
私は、この言葉に恐怖を感じました。やっぱり人は中々変われないし、内省できない人は、社会では無理なのだと感じました。

私の口から出たのは「Aさんのこと、わかってくれる人がいるところで、働けるといいですね。」
Aさんは、「師長さんには、無理ですよね。能力ないんで。」失礼だなー。と思いましたが、もう話すのも嫌なので。
私:「そうですよね。ないのでやれてるのかもしれませんね。じゃあ、頑張ってね。失礼します。」
Aさんは、「怒ったんですか?」と言ってきたので、
私:「怒りませんよ。私のことをバカにする人と話す必要は無いので。ただそれだけです。もう話すことは二度とありません。」
Aさん「・・・」
私:「では。元気でね」

うちに再就職してきませんように。祈りました。

自分がそう思われないように、日々自分という人を内省し、言語化しています。人を育てるのも、自分を育てるのも難しいけれど、変わることは自分にしかできないし、それに気がついた自分はまだいいのかもしれないと思って生きています。

自分がどうしたいのかだけで、できる仕事では無いので。患者のために、組織のために何が出来るかも同様に考えられる人と楽しく仕事がしたいですね。

かなり長文になりました。

読んでくださり、ありがとうございます。

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