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小説 ふじはらの物語り Ⅱ 《陸奥》 7 原本

一行は、それから武蔵国に入り、これを北上し、下野国に至った。

武蔵野という所も、それまでになく木立が生い茂り、草原(くさはら)も豊かで、かような土地は今まで見たことが無く、また、その情趣深さが一行の者達の感興をひどく誘ったが、下野国も、那須なる原野において、武蔵野におけるものとは一味も二味も違うところが、皆の心底に強い印象を植え付けたものであった。

確か、富士の頂からも、煙りが東の方へ長々と棚引いているのが目に出来たはずであるが、那須の連山の武骨な山容のどこぞの裂け目から立ち上(のぼ)る噴煙の生々しさが、一行の者どもの心根に、やけに取り付いて止まない具合であった訳である。

まさか、時期的に、今の今当地で「秋風が吹く」などとは、到底道理に合わないのであるが、一行の者達は、眼前の光景から、そのような思いが各人の胸の内に去来するのを押し止(とど)め得なかったものである。

それほどに、今までの道のりは果てしなかった。

彼らは、到頭白河の関に至った。



これまでの旅路で、男も女も子供も、それぞれ健脚に磨きがかかったのは間違いないが、皆、疲れを知らない身であり得たなどとは、毛頭言いようがない、

どうにか、体力が二進(にっち)も三進(さっち)も行かなくなるのを、回避する方便に長けたものではあるが。



よくやく、ようやくにして、陸奥国に入った一行は、在庁官人による『坂迎え』を受けて、あとは、一路国府を目指すのみであったが、彼らの話しによると、その道のりはまだかなりあって、気を抜かぬことに越したことはないという。

けれども、ここまで皆無事にやって来られた、という自負心が、彼らの足取りを心持ち軽やかにさせたのは事実であった。



陸奥介ら一行は、国府に至った。



新任の国司を迎える方も鵜の目鷹の目なら、一行の者どもも、目をさらにして辺りを見回す。

そこは、存外京の官舎と変わったところが見受けられないように、皆には思われた。規模こそ違えど。

そして、似たような家並みを越えた先にある空の青さが、京のそれとは違うのだと、じっくり感慨を深めるのであった。

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