『十二人の怒れる男』と『ウーマン・トーキング 私たちの選択』~議論する映画の名作~

ここ最近映画を配信で観ることが多いのだけど、その中にちょっと変わった議論する映画の名作が2本あり、この2作が色々な意味で好対照なところが面白いと感じたので感想記事を書いてみる。2作はタイトルの通りで『十二人の怒れる男』と『ウーマン・トーキング 私たちの選択』。2024年3月現在どちらもAmazon Prime Videoで視聴可能。本当にいい時代になったものだ。

この2作品どちらも非常に良い作品なので、1度見て欲しいのだけど、2作に共通するのが議論する映画であるという点。どちらの作品も、大部分の時間が人々が集まって話し合いを行い、合意を形成する様子の描写に割かれている。映画というのは、大きなスクリーンやリッチな音響を使って、迫力のある映像見せたり、ドラマチックな展開を盛り上げ、作品を魅力的にすることが多いと思う。そういう意味で議論することに徹底して焦点が当てられたこの2作品は異色だ。

両作品の違い

異色の議論する映画という共通点がある2作であるが、色々な意味で好対照なのだ。以下に両作品の違いを挙げる。

いつ頃の作品?

『十二人の怒れる男』:1950年代の古い作品
『ウーマン・トーキング 私たちの選択』:2020年代の新しい作品

議論する人は誰か?

『十二人の怒れる男』:男だけ
『ウーマン・トーキング 私たちの選択』:女だけ

舞台は?

『十二人の怒れる男』:都会の狭い会議室
『ウーマン・トーキング 私たちの選択』:田舎の農場の屋根裏部屋

どんな問題について議論しているか?

『十二人の怒れる男』:自分たちと直接関係ない問題
『ウーマン・トーキング 私たちの選択』:自分たちの切実な問題

作品の扱う社会問題は何か?

『十二人の怒れる男』:社会における偏見
『ウーマン・トーキング 私たちの選択』:女性に対する暴力・女性の自立

本当に面白いように対照的なのが理解頂けたかと思う。
以下では両作品の簡単な紹介と優れた点について述べる。
具体的な内容に触れているので知らずに楽しみたい方は注意。

『十二人の怒れる男』

『十二人の怒れる男』は、アメリカの陪審員制度を描いたもので、集められた十二人の陪審員が事件についての評決に達するまで会議室で議論する内容。

肝心の事件は、スラム街で18歳の少年が父親を刺し殺した殺人事件で、評決が有罪だと死刑になることがわかっている。面白いのは、事件そのものはもちろん、裁判における尋問や証言、弁護などは基本的に作品の中で描かれない点。観ている側は、陪審員たちの議論から事件や裁判の様子を想像しながら物語を構築していく。

事件において少年の嫌疑は極めて濃厚で以下のような状況。
・少年は日常的に暴行を受けていて、殺してやると叫ぶ声を隣人が聞いている。
・少年は父親を刺した特徴的なナイフと同じものを、事件当日に購入。落としたと証言
・事件の際、映画を観ていたと証言するも、タイトルや内容を覚えていない。
・事件の際、向かいの建物の女性が少年の犯行の様子を目撃
・事件直後、階下の老人が倒れる音を聞いて、逃げていく少年を目撃
どう見ても有罪間違いなしというところから、物語は展開する。

集められた陪審員のほとんどは、さっさと仕事を終えて野球を観に行きたい様子だったり、自分の仕事の話を始めたり、ゲームをやり出したりと事件について無関心。また、被告人がスラムの不良少年ということで、状況や証言をろくに吟味することもなく犯人と決めつけて罰しようとする。このあたりの様子は何となく現代におけるインターネットやSNSを想起させた。深刻な問題であっても、自分に直接的に影響しない事件について無関心で、国籍や職業、属性など表面的な情報から偏見的な見方で叩く。このあたりの構造はほとんど同じではないだろうか。

作中では一人の良識ある陪審員の熱心な働きかけにより、次第にそんな無関心で偏見に満ちた陪審員の意識が変わっていく。そしてそんな議論の過程で、一人が気が付かないことを他の人が気づいたり、多角的に分析をしたり、議論することって大事だなと改めて感じさせられる。

終盤の展開もドラマチックで、作品全体を通して会議室でおっさんが議論しているだけで、こんなに面白い作品ができるんだと感嘆を禁じ得ない。

『ウーマン・トーキング 私たちの選択』

『ウーマン・トーキング 私たちの選択』は、キリスト教系の人里離れたコミュニティのお話。コミュニティの男たちが、薬物で女性を昏睡状態にしてレイプするという暴行を繰り返していたことが発覚する。やがてコミュニティに帰ってくる男たちに対して、どう対処するべきか被害者の女性たちは自分たちの取るべき道について議論する。

選択肢は3つ
・男たちに報復すべく戦う
・男たちを許す
・女たちだけでコミュニティから逃げる
封建的な社会で、主体的な生き方や選択をしてこなかった女たちが、危機的な状況のなかで、真剣に議論して選択に向かっていく。

問題は極めて深刻で多岐に渡っている。力で劣る女性たちが戦って勝てるのか?女性たちだけで逃げて生きていけるのか?女性の中にはレイプされて妊娠している人もいる、高齢の人もいる。女性だけで逃げるとして男の子はどうするの?連れて行くとして何歳まで?

キリスト教系のコミュニティの価値観も相まって簡単に答えの出せない難しい問題ばかりで、女性たちの間でも意見の対立が起こり、ぶつかり合う。議論に慣れた人たちでさえ難しい議題なのに、封建的社会で議論の経験がない女性たちばかりなのだからなおさらだ。それでも、どんなにぎこちなくても、真剣な議論は結論に向かって進んでいく。これを観ていると、ちゃんと議論することがいかに大事かを教えられる気がする。

本作は先に紹介した『十二人の怒れる男』と比べるとエンタメ性の低い作品だ。しかし牧歌的で美しい田舎の風景は美しく、その中で真摯に議論する姿は訴えかけるものがある。こちらも間違いなく観る価値がある作品だ。

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